第4話 ドラゴン肩ロースのかつ丼
「ふはぁ~~これは特大の魔導冷蔵庫が必要なわけですねぇ……」
コレットがぎっしり食材の詰まった冷蔵庫を見上げて、ひと声漏らした。
そういえばこの子が来てからドラゴンを狩ったのは初だったか。まあ設備が整ってないと、すぐに食材をいためてしまうからな。
「お疲れのところ悪いが、コレット仕事だぞ。レイナはお客さんだからな」
「……はっ! 本日初のお客さんですね!」
「いらんこと言わんでいい。お冷とおしぼりな」
「はぁ~~い。やた~~お仕事♪ お仕事♪」
この子はよく驚くけど、なんか妙に切り替えが早い。順応速度が人一倍早いって言うか。
まあ前の職場でなにがあったのかは知らんけど、うちで働くには合っているかもな。
それにもうレイナと談笑してるし。
コミュ力は俺より上だな。不思議な子だ。
さて、まあそれはさておき……
俺はあらかじめ出しておいたドラゴン肉をまな板にのせた。
ふはぁ~~惚れ惚れする肉だぜ。
「わぁ~~すごくキレイ~~」
コレットがいつのまにかカウンター越しに調理場を興味深く覗き込んでいた。
「こ、これがドラゴンの肉……」
つられてレイナまでもカウンター席に移ってきて。まな板の肉をマジマジと見る。
まあいいか……調理前の食材を見せるってのも全然アリだしな。これで出来あがりへのテンションをあげてくれるなら、それにこしたことはない。
ふふっ……なんか勝手に口が緩んだ。
前世では客前にも立てなかったからか。こういうのは新鮮な感じがして……良い。
さてまずは使用する部位だが、かつ丼と言えばロース肉かヒレ肉を使用することが多い。
「ふぁ~~綺麗な赤身のお肉ですね~なんだか白い線がたくさん走ってます~」
そのとおりだ。
今回使用するのはロース肉。かつ丼の定番ではあるのだが、ドラゴン背部分のロースではない。
「ああ、今回は肩ロースを使う」
赤身の引き締まったドラゴン肉に網目状の脂肪が広がっている。脂が固まってのる通常のロースよりも濃厚でコクのある部位だ。
レイナの様子をみるに野営で携帯食などが続いているように見える。パーティーを組んでいれば料理のできるやつやサポーターがいたりして、なんとかなるんだが。
彼女1人だと、どうしてもおざなりになってしまうのだろう。
だが、これは大きな問題だ。
飯はすべての原動力。S級冒険者と言えどそれは変わらない。
それに、野営時の楽しみと言えば飯だ。飯が美味くて文句言う奴なんかいないしな。
「レイナ、ちょっと待ってろ。とびっきり美味いの作ってやる」
「あ、ああ……にしてもシゲルはドラゴンの肉に詳しいし、調理にも慣れているのね」
「そりゃ随分と作ってきたからな。ドラゴンは食材の宝だぞ」
各部位でいろんな料理ができるし、まだまだ新メニューに挑戦することもできる
牛のような特徴も豚のような特徴もあり、本当に面白い食材だ。
俺はまな板の上に置いたドラゴン肩ロースに視線を向けると、包丁を滑らせるように筋切りを入れる。
無駄のない迷いのない動き。肉の繊維を断ち、余計な縮みを防ぐのは職人として当たり前の習慣だ。
「ほ、本当に食堂の店主なのねシゲル……まだ信じられないわ」
俺の包丁さばきをみてか、ポツリとレイナが呟いた。
「さっきも言っただろ、ただの料理人だと」
「でも、かつては冒険者だったのよね?」
「ああ、そうだな。世界中の食材探し回って、その場で調理して、まあ料理旅みたいなもんだったな」
「ふぇ~~店長ってもしかして凄い人なんですかぁ? 伝説の元勇者さまとか!」
コレットがその琥珀色の瞳をキラキラさせている。
「悪いが、俺はコレットが想像しているようなやつじゃないよ。ただの料理バカなおっさんだ」
勇者なんか本当に勘弁して欲しい、そんなことやるために転生したんじゃないからな。
好きな事をしまくる。生まれ変わった俺はそれしか頭にない。
2人と会話しつつも、俺の手は止まらない。
「……よし」
下ごしらえした肉に薄く塩胡椒を振り小麦粉をまとわせる。さらに卵液をくぐらせたあと、パン粉をふわりと押しつける。
手早く、だが丁寧に。
熱した油鍋に、衣をまとった肉を静かに落とす。
じゅわぁっ……!
一瞬で広がる香ばしい音と香り。俺はわずかに色づいていく衣を鋭く追い続ける。
「「ごくり……」」
チラッと目線を上げると、レイナの視線が完全に鍋一直線だ。コレットなどもうカウンターから身を乗り出しちゃってる。
まあでも……出来上がるまでの楽しみってあるよな。こうなんかワクワクする感じ。
すぐに衣に目線を戻した俺は、衣が黄金色に輝く瞬間を見逃さない。
サッと油から引き上げた。網に立てかけることで、余分な油が落ち衣は驚くほど軽やかになる。
続いて、玉ねぎを薄く切り鍋に敷き詰める。
だしと醤油、みりんの混ざった香りがふわりと立ちのぼり、玉ねぎの甘みと重なり合って鼻腔をくすぐった。
そこへ熱々のとんかつを切り分け、玉ねぎの上にのせる。中火のまま溶き卵を一気に流し入れ、俺は蓋を閉めた。
「ドラゴンを討伐して、こんな料理を作れる男……」
レイナから言葉が漏れた。俺にというより、無意識に漏れたというかんじだ。
ちょっと気になっていたことを聞いてみるかな。
「レイナ。なんでパーティーを組まずに討伐クエストを受けたんだ?」
「え? ぱ、パーティーか」
ハッとしたようにこちらを向くレイナ。
「そうだ、S級冒険者ならひっぱりだこで選び放題だろ?」
俺は冒険者ランクに全く興味がないが、そんな俺でもわかる。この若さでS級にまでなったんだ。相当の努力を積み重ねてきたんだろう。ならばこそ、パーティーを組む重要性も知っているはずだが。
「それは……」
だが、彼女はその赤毛の先端をいじりつつ、言い淀んだ。
なるほど、なんかあるんだな。
「ああ、まあ無理に答える必要はない。ここは飯を食う場所だからな」
「ていうか、いまサラッと言いましたけど、レイナさんってS級冒険者さんなんですかぁ! す、凄いですっ!」
「いや、コレット。そんなに食いつかれても……あたしは」
俺は興奮するコレットに、すでにできている汁物をよそうよう指示を出す。
まあレイナが言いたくないないなら、これ以上は聞かないほうが良いだろう。
さて―――
俺は鍋の蓋を外す。黄金の輝きと香ばしさが一気に広がった。
「よし、良い半熟具合だ」
その絶妙の具材を丼に盛られた白米の上へ、迷いなくすべり落とす。
「ふはぁ……(じゅるり)」
「あふぅ……(じゅるり)」
湯気の向こうで、玉ねぎの甘みとだしの香りに包まれたかつ丼は、レイナとコレットの食欲を強烈に刺激しているようだ。
お盆に汁物を添えて。
「―――ドラゴン肩肉ロースかつ丼、おまち!」
レイナが箸をとり、緊張した面持ちでかつ丼を覗き込む。
ちなみにこの異世界は洋風ファンタジー世界だが、多少和の要素も含まれた世界なので、箸などは普通に流通している。
「こ、これが……かつ丼……」
かつと煮汁を吸った白米を同時に口に入れるレイナ。
綺麗な食べ方だ。もしかして実はいいところのお嬢さんなのかもな。
そんな美人剣士の口がピタリと止まった。
「ふはっ――――――はぅあああっ!!」
なんか変な声でた。
そっから無言でかつ丼をかき込むレイナ。目が若干血走っているが、夢中になってるんだろ。
うんうん、美味そうに食ってくれるな。
「コレットも待たせたな。食ってくれ」
「わぁ~~い。いただきま~~す!」
こちらも箸の使いかたに慣れている。以前は王都のレストランでホールをしていたらしいし、色々と食べてきたのかもしれんな。
そんなコレットもレイナと同じく、ひと口食べるとピタリとフリーズした。
「――――――あふはぁああああ!!」
また変な声出た。
と思ったら、猛烈な勢いでドンブリをかき込み始めた。
……こっちも無言かい。
でも……2人とも今日一番の笑顔だよ。
辺境にあるド田舎食堂で、かつ丼をかき込む音だけが流れていた。
へへっ、最高じゃねぇか。
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