第11話 弟の面影

 急に金髪碧眼の青年が走ってきたかと思うと、するりと俺の陰に入る。

 日本の都会ほどではないとはいえ、この人ごみの中を走ってきたのだとしたら、なかなかに逃げ慣れているな。


 いや、そんなことはどうでもいい。

 それより、こいつは誰だ? 何から逃げてる?


「――くそっ、見失った!」

「――探せ! 首が飛ぶぞ!」


 首が飛ぶ、って、ずいぶん物騒なワードが聞こえてきたな。

 一瞬見えた雰囲気からして、孤児や浮浪者の類いには見えなかったが……。


 できれば面倒ごとには関わりたくないんだけどな。


「行ったぞ」

「みたいだね。いやー、助かった助かった。感謝するよ、お兄さん」


 背中から出てきた青年は、少し長めのくせっ毛を揺らしながら、垂れ気味の猫目を細める。

 どこかで見たような顔だ。見たような顔だけど、こんな遊び歩いてそうなイケメン、貴族時代の知り合いでも思い当たらないぞ?


 小柄ではあるけど、革鎧姿からして、冒険者だろうし……。


「ところでお兄さんたち、冒険者だよね? 良かったらさ、一緒に依頼受けてくれない? 受けたいのがあるんだけど、ちょっと一人じゃ厳しそうでね」


 依頼の協力要請?

 会ったばかりのやつに?


 これは、騙そうとしているのか、それとも他の連中によほど嫌われているのか……。


「ずいぶん人を見る目に自信があるんだな」

「まあね」


 これは、どっちだ?

 ルナにも視線を向けてみても、肩をすくめるばかり。


 そんな反応をしていれば、疑っているのはさすがにバレる。彼はばつの悪そうな顔をして、頬をかいた。


「僕の親、ちょっと有名でさ、みんな遠慮しちゃうんだ」


 嘘は、ついていないように見える。

 完全に信用するかは別として、依頼の内容だけ聞いてみてもいいかもしれないな。


「ここじゃなんだ。どこか落ち着ける場所に行こう」

「ああ、それならオススメの宿に案内して上げるよ。着いたばかりでしょ?」



 青年に連れられて来たのは、王都レフティアーナの冒険者ギルドから少し中心部側に行ったところにある宿だった。

 大通りから路地に入らなければならないから、休むにはちょうどいい静けさだ。


 中に入ると、まずそれなり以上に清潔で広いロビーがある。

 右手の方には食堂も見えるから、最悪ここで全て済ませることも可能だろう。


「いらっしゃい……て、また抜け出してこられたんですか?」

「まあまあ。それより、この人たちに部屋を用意してほしくてね」

「ええ、それはもちろん構いませんとも。寝室が別になっている角部屋を用意しましょう」


 この対応、こいつもしかして、貴族の息子かなにかか?

 だとしたら、さっきこいつを追いかけていた連中は、護衛だろうか。


 これは、話を受けた方がいいかもしれないな。

 もし本当に護衛なら面倒ごとではないし、欲しい情報を持っている可能性もある。


「うん。ありがとう。案内は僕がするよ」


 ともかく、部屋で諸々の話をしよう。決断はそれからでいい。


 女将さんに礼だけして、ルナと二人、金髪の青年に続いた。



 案内された部屋に入り、荷物を置いてテーブルに着く。

 部屋の案内もずいぶんと慣れた様子でしていたし、女将さんの反応もあれだったし、常習犯なんだろうな。


「さて、自己紹介がまだだったね。僕はルーク。よろしくね」

「……アレクだ」

「ルナリスよ」


 変な反応をしてしまわなかっただろうか。

 正直、驚いた。


 いや、愛称としても名前としても特別少ないものではないし、被ることもあるだろう。

 しかし、まさか弟と同じ名前だとは……。


「それで、一応確認するけれど、さっき追いかけて来てた人たちは護衛でいいのよね?」


 動揺する俺の代わりに聞いてくれたらしい。本当に助かる。


「あー、まあ、そう、だね」

「そう、それならいいわ。じゃあ、依頼内容について聞きましょう」


 本題はそれだ。

 情報は欲しいところだけど、内容がよほど酷いものなら断わらなければならない。


「初めに言っておくとね、報酬が美味しいわけでも、凄く楽なわけでもない依頼なんだ。そのせいでもうずっと掲示板に張り出されてるような、いわゆる塩漬け依頼ってやつ」


 普通の冒険者ならこの時点で断わりそうな話だな。


「内容は、近くの森の奥にある村付近での魔物討伐。討伐対象は、コカトリスだよ」

「コカトリス……。なるほど、それは楽じゃない。低位の竜とはな」


 Bランクの複数パーティでも危険な相手だぞ。

 単独なら、Aランククラスの実力が無いとまず死ぬと思っていい。


「で、報酬がこれ」

「……コカトリスとなると、Aランクの依頼だよな? 安すぎないか? これじゃあCランクの依頼と変わらない」

「だから塩漬けになってるんだよ」


 なるほどな……。


 一応Bランクの俺たちもAランクの依頼を受けられはするが、ルークを連れてとなると、まず止められるだろうな。


 こいつの実力はせいぜいでAランクにギリギリ届かないくらいだ。

 ギルドも当然把握しているだろうし、そこに見知らぬBランク二人。


 死にに行かせるようなものだと判断されるだろう。

 ルナも意見は同じらしい。


「そもそも受けられるの? この依頼」

「うん、大丈夫だよ。ていうかもう受けてある」

「まさか……」

「そう、護衛も一緒って言ったからね」


 思わず溜め息が漏れてしまった。


「なら、どうして護衛をまいた」

「だって、護衛たちが許してくれるわけないでしょ?」


 それは、そうだ。間違ってはいない。

 護衛たちの首が飛ぶという言葉の意味が分かった。


 そんな死地に護衛対象を向かわせて、その上物言わぬ状態で帰ってきたら、当然のように責任をとらされる。


「やっぱりだめ、かな?」


 ああ、くそっ、その笑い方、困ったときの弟にそっくりだ。

 その表情を見ていると、助けてやりたくなってしまうだろうが。


 名前だけじゃなくて仕草まで弟と同じなのは、さすがにずるいだろう。


「……どうして、その依頼を受けたいんだ?」

「これはさ、村の人たちが一生懸命お金を集めて、どうにか王都までやって来て、依頼していったんだって。騎士に任せられたら良かったんだけど、ほら、ギルドと騎士団の間には色々あるから……」


 ……これは、いわゆるお人好し、というやつなんだろうか。

 そんな理由で依頼を選ぶ冒険者なんて、聞いたことがない。


 貴族か何かで余裕があるからだろうか。

 それなら、分かる。


 気持ちも、分かる。

 俺も、元は領主の息子だ。

 将来守るべき領民たちのために、何ができるかは、常に考えていた。


 ……どうするべきか。

 

 復讐には寄り道になってしまうかもしれない。

 むしろ近道になるような繋がりを得られるかも知れない。


 でも、これを断わって、俺は家族に顔向けできるのか?

 ルークの自慢の兄でいられるのか?

 

 答えは、決まっているな。

 

「……なあ、ルナ。俺は、この依頼受けたいと思っている」

「そう。じゃあ受けましょ」

「いいの!?」


 ルークが驚くのも無理はない。

 こんな割りに合わない、どころか普通なら死にに行くような依頼、受けるやつはバカだ。


「ええ。別に急ぐ旅はしてないもの。アレクが受けたいって言うなら、私に断わる理由はないわ」

「二人とも、ありがとう!」


 融通の利く主人で助かるよ、本当に。

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