蟲毒、作ってみた

まさつき

1話 呪いは罪にはならないよ

 人を呪い殺しても罪にならないって知ってた? 日本だとね。スマホでAIに教えてもらった話なんだけど。


 一応、「世界には呪いが罪になる国はありますか?」とも聞いてみたの。そしたら、「とても鋭い質問ですね、三崎愛華みさきまなかさん。サウジアラビアでは罪になります」だって。でも、AIの答えってけっこういい加減。こないだも国語の宿題丸投げして丸写ししたら、ひどい点数になったことあったし。


 それはともかく。


 日本で呪いが罪にならないのは本当みたい。呪われてるとか祟りだなんて脅したりすると、恐喝や詐欺にはなるんだって。でも、悪いお祈りをして相手に不幸が起きたとしても、原因と結果の繋がりが証明できないから犯罪にはならない。こういうの、不能犯ていうんだよ。


 だいたいさ。〝あいつシねばいいのに〟とかって人を呪ってる人、いっぱい世の中にいるでしょ。なのに、実際〝あいつ〟が不幸になっても、怨みを抱えている人が罪に問われたりはしない。内心の自由てやつ? 憲法で保障されてるって授業で習った気がする。


 だからね、私。「蟲毒こどく」を作ってみることにしたの。


 知ってるかなあ、虫を使った呪いの儀式。私はおばあちゃんに借りた本を読んで初めて知ったんだけどさ。世の中でもけっこう有名なんだね。ググってみたらすぐ出てきたし、どんな呪いなのかを解説する動画もいっぱい出てきた。


 作り方は割と簡単だと思う。虫をいっぱい集めて瓶詰にすると喰い合いが始まるんだって。最後まで生き残った強い一匹が、呪いや願いを叶えてくれるっていう呪術。たぶん、難しい呪文とかお経とかも言わなきゃなんだろうけど、それって要するに〝願い〟てことでしょ? だったら私にも願掛けしたいこといくつかあるから、それを想いながら作ればいいんじゃないかなって思うんだ。


 あと、生き残りから呪いの猛毒が取れるらしくて、本当はその毒を一服盛るのにも使ったんだって。でもさすがに毒殺は犯罪になるじゃん。だから毒の採取は禁止。私けっこう、倫理観はしっかりしてる人だし。


 でね、実はさ。ムカつくコがいるんだよね。クラスメートの美晴みはるちゃん。


 私は中学二年生なんだけど。パパの仕事の都合で今年の四月から今の学校に転校してきたの。せっかく前の学校に居心地よく馴染んでたのに、また人間関係やり直し。小学校の頃から知ってる子みたいなのもいないから、一学期の間けっこう頑張ったの。それでみんなと仲良くなれたんだよね。私のこと好きになってくれそうな素敵な男子、河野武司こうのたけし君とも友達になれたし。


 でもさ、田舎育ちの私のことが気に入らないのか、春日美晴かすがみはるはなにかにつけて意地悪なこと言ったり、嫌がらせみたいなことをしてくる。訛りがどうとかってすごくウザい。そんな私を河野君が「三崎さんのなまり、可愛いじゃん」てかばってくれるのも、美晴は気に入らないらしくて。私、すっごく困ってるんだ。


 私の最高に居心地の良い中学校生活のためにも。美晴はどうしても邪魔だし、河野君とは〝ターくん、マナちゃん〟て呼び合う仲にならなくちゃいけない。


 だからね、私はこの夏休みに願掛けすることにしたの。蟲毒でね。



    §


 蟲毒を作る入れ物は、梅酒なんかを浸ける大きな広口のガラス瓶を使うことにして、ホームセンターで買ってきた。瓶の底に少し土を盛って、掴まえた虫たちを入れていくの。


 肝心の虫獲りは、そんなに苦労しないと分かってた。越してきた家は借家の一軒家で、草ぼうぼうの庭があるし近所には雑木林もある。都会だけど緑が多い地域なの。借家はボロくて、けっこうゴキブリとかハエトリグモが出るからそれも利用するつもり。ゴキは正直気持ち悪いけど、でも怖くは無いから我慢すれば大丈夫。


 最初に入れた虫は、簡単に掴まえられる芋虫を十匹ぐらいにしてみた。庭の植物にくっついてるのを葉ごと獲ったの。でも、芋虫同士はちっとも喧嘩したりしない。そっか、芋虫って肉食じゃないのか。んー、虫を食べる虫って何がいるんだろ?


 考えてもよく分からないので、目についた虫は片っ端から広口瓶に入れることにした。昼は庭でチョウやハエを掴まえて、夜は灯かりに寄ってくるガを掴まえた。部屋に迷い込んで網戸にしがみついてたカナブンみたいなのも捕らえて放り込んだ。アリは行列を利用し、百均で買った小さなホウキとチリトリのセットでいっぱい捕獲。石の裏とかにいるダンゴムシも獲ってみた。動きの速い虫はちょっとだけ殺虫剤をかけて弱らせる。どうせ呪いの毒を作るのだし、市販の毒液が入っても構わないよね。


 蟲毒を作り始めて四日目。瓶の中身はだいぶキモいことになってきた。でも、虫たちは蠢くばかりでなかなかバトロワない。「ヤれぇ、ヤれぇ」てお祈りしてもぜんぜんダメ。このままだと蟲毒にならないんじゃないかなあ。やっぱり肉食の虫が必要なんだろうな。というわけで、いよいよクモとゴキブリを掴まえ始めた。


 物陰で巣を張ってる名前の分からないクモは、巣ごとティッシュで優しく包んでそのまま瓶に放り込んだ。ときどき壁とか床に一匹で現れるハエトリグモは、すばしこくてなかなか捕まらないけど頑張った。庭の草木の間に大きな巣を張ってたジョロウグモも何匹か。そうやってクモは何種類かを、全部で十匹ぐらい瓶に入れてみた。


 ゴキブリは思ってたより苦労した。粘着剤のシートでホイホイするやつはゴキたちが動けなくなっちゃうから、虫バトルに参加できない。でも、にえにはなるから箱ごと広口瓶に放り込んどいた。


 プラスチック製の捕獲機も試してみた。今度は罠にかかったゴキブリたちが元気良すぎて扱いに困った。蓋を開けたとたん、私に襲い掛かってきそうなんだもん。仕方がないから捕獲容器ごと直射日光に当てて半殺しにして、ほとんど動かなくなってからバサッと蟲毒の瓶に入れた。これじゃ呪いの効果、薄いかも……。


 で、何かいい方法無いかなあってネットで調べたら、見つけたの。爬虫類を飼育するのに使う生餌いきえのゴキブリ。デュビアていうんだけど、千円で三百匹ぐらいで売ってた。ほかにも、フタホシコオロギとミミズを百五十匹づつポチった。


 そうそう、ミミズもなの。蟲毒に使う虫は昆虫に限らないんだって。〝蟲〟にはね、〝小さな生き物〟て意味もあるんだよ。だから蟲毒の解説には、ヘビなんかも使うって書いてあったのか。まあ、ヘビを使うつもりはないけどね。


 生餌たちが家に届いたのは注文してから二日目。デュビアとミミズはおとなしかったけど、瓶に入れるときフタホシコオロギには何匹か逃げられちゃった。おしおきに殺虫剤かけてから瓶の中に放り込んだ。毒の材料になっちゃえーっ。


 そうして夏休みの毎日、蟲毒づくりを欠かさず過ごして一週間が過ぎた。今週末にはもう八月になる。蟲毒瓶の中は……めっちゃくちゃ、グロい。


 どろどろに崩れた芋虫たちは土に混じってヘドロになった。食い散らかされたミミズの残骸が、腐ったひき肉にみたいに積もっている。泥と肉の隙間を埋めるのは、ばらばらにされた、小さくて弱いコオロギやデュビアの体。その上を生き残ったゴキブリやクモたちが、もそもそと歩き回ってるの。


 それでね……なんだか大きくなってるみたいなんだ、生き残りが。これってもしかして、順調? ならそろそろ、ちょっと試しに願掛け始めてみようかなあ。


 八月八日が登校日なんだよね。今から願掛けを始めれば十日後の学校で、もしかしたら美晴やターくんにどんな効果が出たのかを確かめられるかもしれない。


 美晴にはどんなことが起きたらいいかなあ。とりあえず、気にしてたニキビが酷くなるとかでどうだろう。ターくんには私のこと、もっと好きになってもらおう。できれば見た目も、私好みの細マッチョになってほしいなあ。


 楽しい願いを思い描きつつ蟲毒瓶を眺めてたら、ガラス越しに一匹のハエトリグモと眼が遭った気がした。あれ? これハエトリグモだったよね? ほかの生き残りよりさらに大きくて、四センチくらいある。色も灰色から赤紫色に変わって毒々しい。もしかして、このコが生き残るのかなあ。でもコオロギとデュビアのオスにも大きなコが一匹ずついるの。こっちもヘンな色になって体は大きく、足も太くなっている。たぶんこの三匹の中から、勝ち残りが決まるんじゃないかなと思う。


 三匹の蟲は、私の顔をじっと見ていた。何か訴えかけるみたいに。私は蟲に願いを叶えてほしい。だから、虫たちも見返りにご褒美が欲しいのかもしれない。蟲が私に求めることって……やっぱり、あれかな?



    §


 初めて虫たちと心が通ったような体験をした日の夜から。私は毎晩、奇妙な夢を見るようになった――


 夢の中で目覚めると。果てしないぬかるみの野に置かれた、蟲の羽根で織られたベッドの上に横たわっているの。寝巻のパジャマとは違う、ねばつく糸で編まれた肌の透けるような白布の長衣をまとっている。すごく寒いところなの。体は冷気ですっかり痺れて、動かせるのは目玉だけ。瞬きすらできない。


 上からは、三匹の巨大な蟲が私を見下ろしている。コオロギと、デュビアと、ハエトリグモが覗き込む。私の身体の半分くらいある大きな頭を寄せてくる。私を見つめるのは、小さな単眼の集まりがよく見えるほどに大きな複眼。単眼のひとつひとつに、私の顔がはっきりと映りこんでる。怯えているのか、喜んでいるのか、自分でも分からない顔をしていた。


 そのうちに、二匹の蟲が触角を伸ばし、私の身体に触れようとしてくるの。デュビアとコオロギの触角に生えた長い産毛が私の皮膚をかすめようとした瞬間、クモが二匹の触角を前足で払いのけた。私をかばったわけじゃないのはすぐ分かった。この娘は勝者のものだ、最後に生き残ったモノだけが触れて良いものだ……そんな風に、クモはゴキブリとコオロギを睨みつけて――


 そこで、目が覚める。クーラーをつけているのに、汗をびっしょりかいていた。


 なんとなく気になって、起きて一番に蟲毒の瓶を確かめたら。三匹の蟲が、ガラスの内壁にぴったりと貼りついていた。ちょうど、私のベッドのほうを睨むみたいにして。だから私、囁きかけたの。


「最後に私の願いを叶えてくれるのは、誰かな?」……て。



    §


 毎晩蟲たちの夢を見る日々を過ごし、八月の登校日を迎えた。蟲毒瓶の中ではほとんどの蟲が死に絶えてしまった。元気に動き回っているのは大きな三匹だけ。私はその子たちを〝ぬし〟と呼ぶことにしたの。主のクモ、主のコオロギ、主のデュビア。僅かに残った弱々しい虫たちは、大きな主たちの生餌に過ぎない。


 きっとあと数日のうちに、三匹の主が三つ巴の殺し合いを始めるに違いない。私のことを争って……今からそれが、すごく楽しみ。


 昂る気持ちを隠して、連日の猛暑にうんざりしているという顔を作ってから。私は、美晴がどんなことになっているのかを確かめたい一心で、中学に登校した。


 旅行なんかで欠席してる人もいたけど、ほとんどのクラスメートが教室にいた。でも、肝心の美晴の姿が無い。彼女と親しくしている二人の女子に「美晴ちゃんは?」と聞いたら、急に顔を曇らせた。


「入院しちゃったの、美晴ちゃん」

「なんか難しい、皮膚の病気なんだって」


「そうなんだ、美晴ちゃん。ニキビ悩んでたのに、かわいそう……」


 心底おいたわしいという気持ちを込めて、私は教えてくれた女子たちに言葉を並べる。名も覚えていないA子とB子は「美晴ちゃん、愛華ちゃんにキツかったのに気にしないの?」とか言ってきたけど、私は「ううん、なんでもないよ」とだけ答えた。少しだけ、肩が震えてしまった。


 それに気づいたのか二人の女は、「愛華ちゃん、やさしいんだね」とかなんとか言いながら自分の席に戻って行く。私はただ、うれしかったのをかみ殺してただけなんだけど。蟲毒は、本物なんだなって。


 震える肩の背中へ、入れ替わりに男の子の声がかかった。夏休みに入って会えなくて、顔を見たくて仕方のなかった男の子、河野武司くんの声が。


「おはよう、三崎さん」

「河野君、久しぶり。ん? 少し痩せた?」

「ちょっとね、筋トレ始めたら顔も細くなってきて」


 やった! 武司くん――ターくんの言葉に、心の中で小躍りしちゃった。


 どういうわけかターくんは、マッチョを目指し始めたらしい。それならどうか細マッチョになりますように。もう五キロくらい絞ってくれたら、私好みの可愛いイケメンになるはずだからね。


「それよりも」と、ターくんは少し深刻そうな顔をして、別の話題を振ってきた。


「三崎さん、春日さんのこと気になる? もしよかったら――」


 次に続く言葉を聞いて、私はその場で本当に躍りだしそうになった。


「一緒に、お見舞いに行かない? 春日さんが入院している病院に」


 ウソ、マジで!? これって、お見舞いにかこつけたデートの誘いだよね。


 すごいなあ、蟲毒。効果はばつぐんだぁ。

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