1-4: 書き出し三行で読者を掴め――の深層と真相


※このエピソードは一部フィクションです。実在の人物・書籍・サイト・指南書等とは無関係です。



# 第Ⅱ章 正しさの解体

~ 既存の“正しい論”を批評し、その虚構を道具箱へ戻す。


## 第4話 三行神話の解体と再設計 ~「最初の一画面」に何を置くか



 ――『書き出し三行で読者を掴め』。

 たしかにこの標語めいているこのフレーズは、実際のところ便利です。活用する場面はかなり多いことでしょう。

 けれど、何も考えずにただ「便利な呪文」のように唱えれば、誰でも簡単に名文メーカーになれるなんてことはありません。これは万能特効薬ではありません。

 本稿はそういった『書き出し三行神話』を賛否両面から検討した上で、最後にはしっかりとどういう風にすれば良いのかを理論的に考えていくための講座にする予定です。

 三行理論に正邪はありません。あるのは環境と目的と設計です。



 無料で読めるネット小説などがスマートフォンを代表格としたデジタル媒体で活字が読まれる昨今、読者が最初に目にするエリア、つまり可視領域内に収まる文字数は概ね80文字から120文字と言われます。これは書籍などを開いたときに瞬時に目に入ってくる文字数よりは少ないです。

 そして、この『無料で読める』というのがもうひとつの要素として君臨するわけです。

 立ち読みと同じです。パッと見て「……おもんなさそ」と思った瞬間に、読者はブラウザバックします。

 そんなことは常識です。他にも興味を惹かれる作品があるのだから、パッと見の訴求力に乏しい作品は直ぐさま棚に戻されるわけです。

 この読者を強烈に引き付けなければいけない部分――この範囲を「三行」と読み替えましょう。

 我々がこの一画面でやるべきことは、ここから先に存在する約束(物語の矢印)を示すこと。世界設定をすべて説明することではありません。

 約束の内訳とは、いわゆる『5W1H』に該当するような、「誰が・どこで・いつ、これから何をしそうか」というものです。たとえば「夜のバス停で、彼女に別れを告げる私」??これで物語のスタート地点とその方向は示すことができます。


 では、この『三行で引き込む』書き方が、どこで「効果はばつぐんだ!」となるか、あるいはどこで「効果はいまひとつのようだ……」となるかを考えていきましょう。

 最初に申し上げた通りです。この方法論は万能ではありません。効果を発揮する場合と発揮しきれない場合があります。

 やはり方法論は効果を最大限に発揮する部分で使いたいでしょう。それを見極めようにも何かしらの方法論は必要です。解説書を読むにもある程度事前知識が必要なこともありますが、それと同じ事です。

 まずは、効く場面。

 これは、投稿サイトの新着一覧、あるいはSNSへの引用投稿など、「一瞥で判断される場」でしょう。見える情報が本当にその部分しかないのですから、その場での判断材料はまさにそこだけ。その部分で引き込めなければ終わりということです。それができた作品がまず最初の関門を突破できるということです。

 作品で言えば、物語が「出来事で動く」ジャンル(エンタメ系)では効果的だと考えられます。『最初からクライマックス』というヤツですね。音楽で言えばいきなりサビから始まる歌モノなどが該当するのではないでしょうか。

 では、反対に弱い場面について。

 これは、信頼できない語り手の敷設、詩的・瞑想的開幕、叙述トリック前提。

 作品で言えば、そもそも「すぐ掴まない」という設計が価値になるものはこれに該当するのではないでしょうか。

 コレに関しては、そもそもネット投稿には向かない作品になるかもしれません。公募などもう少し読まれる範囲が確保されそうな場所への投稿にはオススメします。


 さて、ではこの「効く場面」で適用すれば、全員が万人に読まれる作品を書けるかといえばそういうことではありません。薬は時として毒になる場合があります。用法と用量を守って正しく使うのは薬だけではない、方法論も同じなのです。

 失敗談から学ぶことも大事です。つまり我々は、この『三行理論』を誤用してしまったとされるパターンについても知っておくべきなのです。


 まずはその『失敗』とそのオススメ回避方法を見て行くことにしましょう。


① 固有名詞の大渋滞

例:

 第三区画プレリュードのカフェ〈インディゴ〉で、榊原ユウと支部長カガリがUR機関の…

症状:初見の地名・人物名・肩書・用語が横一列に並ぶ。

なぜ弱い:固有名詞同士が打ち消し合い、何が立っているのかが伝わらない。話の方向性が迷子になる。

回避策:太い名詞を一点だけ残す。二・三行目で角度を変える。


 典型的ですね。さっぱり理解されません。

 自分で考えた設定を早く聞いてもらいたいからという一心でめちゃめちゃに羅列して満足して投稿するんですよ。でもまるで理解されません。

 早口のオタク語りと同じです。途中から聞き流されます。



② 舞台設定説明(ロアの前倒し)

例:

 魔力は五属性に分かれ、それぞれ相克が…

症状:長くなりそうな説明から始まる。

なぜ弱い:読者がまだ物語構造に関与していないのに情報処理を要求してしまう。

回避策:出来事→必要最小の説明の順。「説明は『破』に運ぶ」を合言葉に。


 固有名詞こそ出て来なくても同じ事。

 しかもこれが汎用的ファンタジー用語だったりしたら目も当てられない。

 先が見える、あるいは先を見通せた気分を与えてしまう。



③ 主人公/筆者の自分語り(目的なき自己紹介)

例:僕は小さい頃から…

症状:「昔から目立たない」「運動が苦手で…」など“今ここ”と繋がらない身の上話。

なぜ弱い:主体はあるが、そこからの動きが判断できない。

回避策:「いま・ここでの行為」を先に置き、背景設定は徐々に落としていく。


 それはわかる。だから何なんだ、って話。

 引きが弱いタイプです。

 押しても駄目ならで引いてみたんでしょうけど、弱すぎて気付かれません。



④ 名文風味(抽象語と比喩だけで進む)

例:やさしさが部屋に満ちて、私は満ちていく。

症状:具体性がない。

なぜ弱い:手触りが希薄で、読者が場に入れない。

回避策:抽象表現は極力減らし、もう少し具体的に。


 俳句とかでもありますね。

 詠めた気になっちゃうシリーズ。

 擬人化している暇はないんです。



⑤ 疑問符の連打(空転する謎)

症状:「ここはどこ? 私は誰? なぜ?」と問いだけが並ぶ。

なぜ弱い:作者が決めていない/まだ言えないの肩代わりになりがち。

回避策:問いは一つに絞り、観察 or 行為をセットで置く。出すなら回収路を先に設計。


 転移・転生した先で自分の状況を知りたいですね。

 あるいは、事件沙汰に巻き込まれたときも自分の状況は知りたいですね。

 でも、その気持ちをいきなり主人公に言わせるのは芸がないです。

 読者こっちだって知りたいんだよ、周囲の状況は。




 これ、モノカキ初心者であった頃によくやりましたよ。


 別にありきたりでも構わないのです。

 奇を衒いすぎてずっこけるよりはマシなのです。




### まとめ


・「三行」はスマホ一画面=約80から120字。目的は“世界説明”ではなく、矢印(誰が/どこで/何をしそうか)を立てること。

・効きやすい場:新着一覧/SNS引用/出来事駆動ジャンル。効きにくい場:信頼できない語り手、詩的・瞑想的開幕、叙述トリック前提。

・誤用の型と回避:

 ―― 固有名詞の大渋滞 → 太い名詞を一点に。

 ―― 舞台設定説明 → 説明は「破」へ運ぶ。

 ―― 自分語り → 「いま・ここでの行為」を先に。

 ―― 名文風味 → 抽象語を削り、具体を一つ。

 ―― 疑問符連打 → 問いは一つに留めて、他の要素とセットに。



 ちなみにですが。

 この「書き出し三行」。

 巧く使うと読者を掴むだけではなく、自分を走らせるということもできます。

 これはどういうことかと言えば、作った『三行』はそのままそれ以降の設計図に転用できるということです。

 まずは適当に3行分、思い付くままに何かを書いてみましょう。そしてそれをしばらく眺めてみましょう。

 ――不思議ですね、何だかストーリーが思い浮かんできませんか?


 せっかくなので、何かお題を決めて、それらに対して3行分程度何らかの文章を考えてみましょう。



### 次回の実践課題


 下記の題目に従って、『書き出し三行』を出来る限り多くのスタンスに基づいて創作しましょう。



A)現代恋愛(高校生・両片想い系ラブコメ)

<共通出来事(固定)>

・文化祭翌日、朝の教室。

・学級委員の主人公(男子・高2・一人称=俺)、机にラブレターが入っていた。

・差出人はクラスの人気者/本文は未開封。

・宛名、なし。

・(学祭直後で机の並びがぐちゃぐちゃ??“自分宛て”と思っていない)


B)ファンタジー(異世界)

<共通出来事(固定)>

・王都の門前、ギルド登録初日。

・任務票(Eランク)を受け取る前に、黒フードに忠告される。

・任務は「竜骨線の森:外縁調査(危険度・低)」。

・異世界転移した主人公(元大学生or社会人・男)。スローライフ希望なのに、なぜか戦いに呼ばれがち。


C)あやかし × お仕事(ゆるふわ系)

<共通出来事(固定)>

・神楽坂の古道具店『灯心堂』、逢魔が時から開店。

・今日から新人店番(主人公=女子大生想定)。

・もとは客として入店したが、ひょんなことから働くことに。

・帳簿が勝手に書き込まれる(最初の客は“姿のない誰か”)。





 はい、モニターの前のそこの貴方。

 ええ、そうです。貴方です。


 ぜひチャレンジを。

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