第33話 すれ違い
水曜日、私は悠斗に感謝を伝えようとした。
朝、教室に入る。
私――佐伯萌は、いつもより少し早く学校に着いた。
窓際の席に座る。
鞄を置く。
外は、曇り空。
でも、心は少しだけ晴れている。
*
昨日の夜。
悠斗から、LINEが来た。
「今日は、ありがとう」
「話せて、良かった」
嬉しかった。
悠斗が、自分の気持ちを話してくれたこと。
「お前が、俺を必要としなくなるんじゃないかって」
その言葉を聞いた時。
胸が、痛かった。
*
(悠斗、不安だったんだ)
(私のせいで)
私は、悠斗に甘えちゃダメだって思ってた。
ちゃんと自分の足で立ってから、答えたいって。
でも、それが。
悠斗を、不安にさせてた。
*
(今日、ちゃんと伝えよう)
(悠斗に、感謝を)
教室の扉が開く。
振り返る。
悠斗が、入ってきた。
*
斉藤と一緒。
何か話している。
笑っている。
(良かった)
(悠斗、元気そう)
昨日より、顔色が良い。
目の下のクマも、少し薄くなっている。
*
悠斗が、私に気づく。
目が合う。
少し、笑う。
私も、笑い返す。
悠斗は、自分の席に座る。
斉藤と、また話し始める。
*
彩が、教室に入ってくる。
「萌ちゃん、おはよう!」
「おはよ」
彩が、隣の席に座る。
「今日、元気そうだね」
「うん。昨日、悠斗と話したから」
*
彩の目が、キラッと光る。
「え、何話したの?」
「ちょっと……色々」
「気になる~」
彩が、身を乗り出す。
「後で話すよ」
「絶対だよ?」
「うん」
*
一時間目の授業。
今日は、少し集中できる。
先生の話が、頭に入ってくる。
ノートに、文字を書く。
手が、動く。
*
でも、時々。
悠斗の方を見てしまう。
悠斗は、窓の外を見ている。
ぼーっとしている。
(あれ……)
昨日、話したのに。
まだ、何か考えてる?
*
二時間目。
三時間目。
悠斗は、ずっと窓の外を見ている。
授業、聞いてなさそう。
(悠斗、大丈夫かな)
不安になる。
*
昼休み。
私は、悠斗に話しかけようとする。
席を立つ。
でも。
悠斗が、先に立ち上がる。
斉藤と一緒に、教室を出て行く。
*
(あれ……)
追いかけようとして。
止まる。
(今、行ったら)
(迷惑かな)
彩が、声をかけてくる。
「萌ちゃん、購買行こう」
「あ……うん」
*
購買で、パンを買う。
教室に戻る。
悠斗は、まだ帰ってきていない。
窓際の席で、パンを食べる。
彩が、隣に座る。
*
「ねぇ、萌ちゃん」
「ん?」
「悠斗くん、また元気なくない?」
私は、頷く。
「うん……気になってる」
「昨日、話したんでしょ?」
「うん」
「何かあったの?」
*
私は、少し考えてから。
話す。
「悠斗がね」
「私が強くなって、必要としなくなるんじゃないかって」
「不安だったって」
彩は、驚く。
「え……」
*
「だから、昨日話して」
「私、まだ悠斗が必要だよって伝えた」
「良かったじゃん」
「うん……でも」
私は、悠斗の席を見る。
まだ、空いている。
「まだ、何か気にしてるみたい」
*
彩は、少し考えてから言う。
「もしかして」
「萌ちゃんが、距離置いてるように見えてるんじゃない?」
「え?」
「萌ちゃん、悠斗くんに甘えないようにしてるんでしょ?」
「うん……」
「それが、悠斗くんには『必要とされてない』って見えてるのかも」
*
その言葉が、胸に刺さる。
(そうなのかな)
(私が距離を置いてるから)
(悠斗、不安になってる?)
「どうすればいいのかな」
「ちゃんと話すしかないんじゃない?」
彩が言う。
「萌ちゃんの気持ち、全部伝えてみたら?」
*
教室の扉が開く。
悠斗が、戻ってきた。
斉藤と一緒。
でも、表情は暗い。
自分の席に座る。
窓の外を、また見ている。
*
私は、悠斗を見る。
(放課後、話そう)
(ちゃんと)
彩が、私の肩を叩く。
「頑張って」
「うん」
*
午後の授業。
全く集中できない。
悠斗のことばかり、考えてしまう。
(悠斗、何を考えてるんだろう)
(まだ、不安なのかな)
時計を見る。
放課後まで、あと2時間。
長い。
*
五時間目。
六時間目。
やっと、終わる。
HR。
担任が、前に立つ。
「はい、連絡事項……」
いつもの連絡。
でも、私には何も聞こえない。
*
HR終了。
放課後。
みんなが、帰り支度を始める。
彩が、声をかけてくる。
「萌ちゃん、頑張ってね」
「うん」
彩は、先に帰る。
*
教室から、少しずつ人が減っていく。
斉藤が、悠斗に何か話しかけている。
悠斗は、頷いている。
それから、斉藤も教室を出て行く。
*
残っているのは。
私と、悠斗だけ。
窓から、夕日が差し込んでいる。
オレンジ色の光。
静かな教室。
*
私は、立ち上がる。
悠斗の席に、近づく。
「悠斗」
悠斗が、振り返る。
「萌」
「ちょっと、話せる?」
「うん」
*
悠斗が、立ち上がる。
私の前に来る。
二人で、向き合う。
沈黙。
風が、窓から入ってくる。
カーテンが、揺れる。
*
「悠斗」
私が、先に口を開く。
「ん?」
「ありがとう」
悠斗が、首を傾げる。
「何が?」
*
「公園で、支えてくれて」
私は、続ける。
「お父さんが出て行った時」
「私、一人じゃ耐えられなかった」
「萌……」
「悠斗が来てくれて」
「抱きしめてくれて」
「『俺がいる』って言ってくれて」
*
涙が、出そうになる。
でも、我慢する。
「あの言葉で、私は救われた」
「だから、ありがとう」
悠斗は、何も言わない。
ただ、私を見ている。
*
「でも……」
悠斗が、やっと口を開く。
「お前、もう俺を必要としてないんじゃないか?」
その言葉。
昨日も、聞いた言葉。
*
「そんなこと……」
私は、首を横に振る。
「昨日も言ったじゃん」
「まだ、必要だよ」
「でも」
悠斗は、窓の外を見る。
「お前、俺に頼らないようにしてるだろ」
*
私は、黙る。
図星だ。
悠斗は、続ける。
「分かるんだよ」
「お前が、距離を置いてること」
「それは……」
*
悠斗は、私を見る。
「俺、いらないのかなって」
「そう思っちゃうんだ」
声が、震えている。
「悠斗……」
*
「昨日、話してくれただろ」
悠斗が、言う。
「『まだ必要だ』って」
「嬉しかった」
「でも」
悠斗は、俯く。
「お前の態度は、変わってない」
*
その言葉が、胸に刺さる。
(私、何も変わってなかったんだ)
(昨日、話したのに)
(悠斗には、伝わってなかった)
*
沈黙。
夕日が、さらに傾いている。
教室が、オレンジから赤に変わっていく。
風が、吹く。
カーテンが、大きく揺れる。
*
「ごめん」
私が、やっと言う。
「私、悠斗に甘えちゃダメだって思ってた」
悠斗が、顔を上げる。
「甘えちゃダメ?」
「うん」
*
「ちゃんと自分の足で立ってから」
私は、続ける。
「悠斗に、答えたいって」
「そう思ってた」
「だから」
声が、震える。
「悠斗に、あまり頼らないようにしてた」
*
悠斗は、黙って聞いている。
「でも、それが」
私は、俯く。
「悠斗を、不安にさせてたんだね」
涙が、流れる。
止められない。
*
「ごめん」
また、謝る。
「私、どうすればいいか分からなくて」
「悠斗に、迷惑かけたくなくて」
「でも、結局……」
言葉が、続かない。
*
悠斗が、私の頭を撫でる。
優しく。
「謝らなくていいよ」
「でも……」
「俺も、悪かった」
悠斗が、言う。
*
「俺、勝手に不安になって」
「勝手に、お前が離れていくって思い込んで」
悠斗の声も、震えている。
「萌の気持ち、ちゃんと聞いてなかった」
*
二人とも、泣いている。
教室で。
夕日の中で。
「悠斗……」
「萌……」
お互いの名前を、呼ぶ。
*
「私ね」
涙を拭いながら、言う。
「悠斗がいないと、ダメなの」
「本当に」
悠斗は、黙って聞いている。
「でも、依存しちゃダメだって」
「自分の足で立ってからじゃないと」
「悠斗と、対等な関係になれないって」
*
「対等な関係……」
悠斗が、呟く。
「うん」
私は、頷く。
「悠斗に、支えてもらうだけじゃなくて」
「私も、悠斗を支えられるように」
「そうなりたいの」
*
悠斗の目が、優しくなる。
「だから……」
私は、続ける。
「もう少し、時間がほしい」
「どれくらい?」
悠斗が聞く。
「分からない」
正直に答える。
「でも、必ず答える」
「待っててくれる?」
*
悠斗は、少し考えてから。
頷く。
「分かった」
「待つよ」
「ありがとう……」
*
「でも」
悠斗が、言う。
「一つだけ、約束してくれ」
「何?」
「辛い時は、頼っていい」
*
悠斗は、私の手を握る。
「自分の足で立つことと」
「人に頼ることは」
「別なんだ」
「え……」
*
「強い人は」
悠斗が、続ける。
「辛い時に、ちゃんと頼れる人だと思う」
「一人で全部背負うのは、強さじゃない」
その言葉が、胸に染みる。
*
「だから」
悠斗は、私の手を強く握る。
「辛い時は、言ってくれ」
「俺、待ってるから」
「いつでも」
涙が、また溢れる。
「悠斗……」
*
私は、悠斗を抱きしめる。
強く。
「ありがとう」
何度も、何度も言う。
悠斗も、私を抱きしめる。
*
しばらく。
二人で、そうしていた。
夕日が、沈んでいく。
教室が、だんだん暗くなっていく。
でも、心は温かい。
*
それから。
私は、悠斗から離れる。
涙を拭う。
「ごめん」
「また泣いちゃった」
悠斗は、笑う。
「いいよ」
「俺も泣いたし」
二人で、笑う。
*
「悠斗」
「ん?」
「私、頑張るね」
「うん」
「お父さんとお母さんのこと」
「自分のこと」
「ちゃんと向き合って」
「それから、悠斗に答える」
*
悠斗は、頷く。
「分かった」
「待ってる」
「でも」
私は、少し笑う。
「辛い時は、頼るね」
悠斗も、笑う。
「うん」
「いつでも」
*
それから。
二人で、教室を出る。
廊下を歩く。
並んで。
もう、暗くなり始めている。
廊下の電気が、ついている。
*
階段を降りる。
下駄箱で靴を履き替える。
校門の前。
「じゃあね」
私が言う。
「うん」
悠斗が頷く。
*
「また明日」
「また明日」
悠斗が、先に歩いて行く。
私は、その背中を見送る。
(悠斗……)
(ありがとう)
*
帰り道。
一人で歩く。
空が、暗くなっている。
星が、少し見える。
風が、冷たい。
でも、心は温かい。
*
(悠斗と、話せた)
(ちゃんと)
でも、同時に。
(二人の距離は、また少し遠くなった)
そう感じた。
*
悠斗は、待ってくれる。
何年でも。
でも、私は。
まだ、答えられない。
(いつになったら)
(ちゃんと答えられるんだろう)
*
家が、見えてくる。
「ただいま」
玄関を開ける。
お母さんが、リビングにいる。
「おかえり」
笑顔。
少しずつ、お母さんも元気になってきている。
*
「今日ね」
お母さんが言う。
「お父さんから、電話があったの」
私の心臓が、跳ねる。
「何て?」
「日曜日、楽しみにしてるって」
*
涙が、出そうになる。
嬉しい涙。
「良かった……」
お母さんも、涙ぐんでいる。
「うん」
*
「土曜日は、カウンセリング」
「日曜日は、お父さんと会う」
お母さんが、私を見る。
「萌も、一緒に行ってくれる?」
「日曜日」
「もちろん」
私は、頷く。
*
「ありがとう」
お母さんが、私を抱きしめる。
「萌がいてくれて」
「本当に」
私も、お母さんを抱きしめる。
「一緒に、頑張ろう」
*
夕飯を作る。
二人で。
肉じゃが。
お父さんの好きな、肉じゃが。
「日曜日、お父さんにも作ろうね」
お母さんが言う。
「うん」
*
二人で、テーブルに座る。
お父さんの席は、まだ空いている。
でも。
日曜日には。
三人で座れるかもしれない。
そう思うと、嬉しかった。
*
夜。
部屋のベッドで横になる。
スマホを見る。
悠斗からLINEが来ている。
「今日は、ありがとう」
「ちゃんと話せて、良かった」
*
私は、返信する。
「こちらこそ」
「悠斗の言葉、嬉しかった」
「辛い時は、頼っていいって」
送信する。
すぐに、既読がつく。
*
悠斗から返信。
「いつでも」
「約束」
ハートのスタンプ。
私も、ハートのスタンプを送る。
*
窓の外を見る。
月が、見える。
綺麗な月。
(悠斗も、見てるかな)
*
(土曜日、カウンセリング)
(日曜日、お父さんと会う)
忙しい週末になりそうだ。
でも、前に進んでいる。
少しずつだけど。
*
ベッドに横になる。
天井を見つめる。
(悠斗……)
悠斗の言葉が、頭に残っている。
「強い人は、辛い時にちゃんと頼れる人だと思う」
*
(そうなのかな)
(一人で全部背負うのは、強さじゃない)
その言葉が、胸に染みる。
(私、ずっと一人で頑張ろうとしてた)
(でも、それは違うのかもしれない)
*
目を閉じる。
明日も、学校。
悠斗に、会える。
それだけで、少し嬉しい。
*
でも。
(二人の距離は、また少し遠くなった)
そう感じた。
私は、まだ答えられない。
悠斗は、待っててくれる。
でも、いつまで?
*
(いつか、必ず答える)
(それまで、待っててね)
心の中で、呟く。
そして。
深い眠りに、落ちていった。
--------
【あとがき】
🌟沢山のフォローやお星さま、ハート、本当にありがとうございます!
皆さんの応援がモチベーションになっています(⁎˃ᴗ˂⁎)
これからもどうぞよろしくお願いします✨
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます