第33話 すれ違い

水曜日、私は悠斗に感謝を伝えようとした。


朝、教室に入る。


私――佐伯萌は、いつもより少し早く学校に着いた。


窓際の席に座る。

鞄を置く。


外は、曇り空。

でも、心は少しだけ晴れている。



昨日の夜。

悠斗から、LINEが来た。


「今日は、ありがとう」

「話せて、良かった」


嬉しかった。

悠斗が、自分の気持ちを話してくれたこと。


「お前が、俺を必要としなくなるんじゃないかって」


その言葉を聞いた時。

胸が、痛かった。



(悠斗、不安だったんだ)

(私のせいで)


私は、悠斗に甘えちゃダメだって思ってた。

ちゃんと自分の足で立ってから、答えたいって。


でも、それが。

悠斗を、不安にさせてた。



(今日、ちゃんと伝えよう)

(悠斗に、感謝を)


教室の扉が開く。

振り返る。


悠斗が、入ってきた。



斉藤と一緒。

何か話している。

笑っている。


(良かった)

(悠斗、元気そう)


昨日より、顔色が良い。

目の下のクマも、少し薄くなっている。



悠斗が、私に気づく。

目が合う。


少し、笑う。

私も、笑い返す。


悠斗は、自分の席に座る。

斉藤と、また話し始める。



彩が、教室に入ってくる。

「萌ちゃん、おはよう!」

「おはよ」


彩が、隣の席に座る。

「今日、元気そうだね」

「うん。昨日、悠斗と話したから」



彩の目が、キラッと光る。

「え、何話したの?」

「ちょっと……色々」


「気になる~」

彩が、身を乗り出す。


「後で話すよ」

「絶対だよ?」

「うん」



一時間目の授業。


今日は、少し集中できる。

先生の話が、頭に入ってくる。


ノートに、文字を書く。

手が、動く。



でも、時々。

悠斗の方を見てしまう。


悠斗は、窓の外を見ている。

ぼーっとしている。


(あれ……)


昨日、話したのに。

まだ、何か考えてる?



二時間目。

三時間目。


悠斗は、ずっと窓の外を見ている。

授業、聞いてなさそう。


(悠斗、大丈夫かな)


不安になる。



昼休み。


私は、悠斗に話しかけようとする。

席を立つ。


でも。

悠斗が、先に立ち上がる。


斉藤と一緒に、教室を出て行く。



(あれ……)


追いかけようとして。

止まる。


(今、行ったら)

(迷惑かな)


彩が、声をかけてくる。

「萌ちゃん、購買行こう」

「あ……うん」



購買で、パンを買う。

教室に戻る。


悠斗は、まだ帰ってきていない。


窓際の席で、パンを食べる。

彩が、隣に座る。



「ねぇ、萌ちゃん」

「ん?」

「悠斗くん、また元気なくない?」


私は、頷く。

「うん……気になってる」


「昨日、話したんでしょ?」

「うん」

「何かあったの?」



私は、少し考えてから。

話す。


「悠斗がね」

「私が強くなって、必要としなくなるんじゃないかって」

「不安だったって」


彩は、驚く。

「え……」



「だから、昨日話して」

「私、まだ悠斗が必要だよって伝えた」


「良かったじゃん」

「うん……でも」


私は、悠斗の席を見る。

まだ、空いている。


「まだ、何か気にしてるみたい」



彩は、少し考えてから言う。

「もしかして」

「萌ちゃんが、距離置いてるように見えてるんじゃない?」


「え?」


「萌ちゃん、悠斗くんに甘えないようにしてるんでしょ?」

「うん……」

「それが、悠斗くんには『必要とされてない』って見えてるのかも」



その言葉が、胸に刺さる。


(そうなのかな)

(私が距離を置いてるから)

(悠斗、不安になってる?)


「どうすればいいのかな」

「ちゃんと話すしかないんじゃない?」


彩が言う。

「萌ちゃんの気持ち、全部伝えてみたら?」



教室の扉が開く。

悠斗が、戻ってきた。


斉藤と一緒。

でも、表情は暗い。


自分の席に座る。

窓の外を、また見ている。



私は、悠斗を見る。

(放課後、話そう)

(ちゃんと)


彩が、私の肩を叩く。

「頑張って」

「うん」



午後の授業。

全く集中できない。


悠斗のことばかり、考えてしまう。


(悠斗、何を考えてるんだろう)

(まだ、不安なのかな)


時計を見る。

放課後まで、あと2時間。


長い。



五時間目。

六時間目。


やっと、終わる。


HR。

担任が、前に立つ。


「はい、連絡事項……」


いつもの連絡。

でも、私には何も聞こえない。



HR終了。

放課後。


みんなが、帰り支度を始める。


彩が、声をかけてくる。

「萌ちゃん、頑張ってね」

「うん」


彩は、先に帰る。



教室から、少しずつ人が減っていく。


斉藤が、悠斗に何か話しかけている。

悠斗は、頷いている。


それから、斉藤も教室を出て行く。



残っているのは。

私と、悠斗だけ。


窓から、夕日が差し込んでいる。

オレンジ色の光。


静かな教室。



私は、立ち上がる。

悠斗の席に、近づく。


「悠斗」


悠斗が、振り返る。

「萌」


「ちょっと、話せる?」

「うん」



悠斗が、立ち上がる。

私の前に来る。


二人で、向き合う。


沈黙。

風が、窓から入ってくる。

カーテンが、揺れる。



「悠斗」

私が、先に口を開く。


「ん?」


「ありがとう」


悠斗が、首を傾げる。

「何が?」



「公園で、支えてくれて」

私は、続ける。


「お父さんが出て行った時」

「私、一人じゃ耐えられなかった」


「萌……」


「悠斗が来てくれて」

「抱きしめてくれて」

「『俺がいる』って言ってくれて」



涙が、出そうになる。

でも、我慢する。


「あの言葉で、私は救われた」

「だから、ありがとう」


悠斗は、何も言わない。

ただ、私を見ている。



「でも……」

悠斗が、やっと口を開く。


「お前、もう俺を必要としてないんじゃないか?」


その言葉。

昨日も、聞いた言葉。



「そんなこと……」

私は、首を横に振る。


「昨日も言ったじゃん」

「まだ、必要だよ」


「でも」

悠斗は、窓の外を見る。


「お前、俺に頼らないようにしてるだろ」



私は、黙る。


図星だ。


悠斗は、続ける。

「分かるんだよ」

「お前が、距離を置いてること」


「それは……」



悠斗は、私を見る。

「俺、いらないのかなって」

「そう思っちゃうんだ」


声が、震えている。


「悠斗……」



「昨日、話してくれただろ」

悠斗が、言う。


「『まだ必要だ』って」

「嬉しかった」


「でも」

悠斗は、俯く。


「お前の態度は、変わってない」



その言葉が、胸に刺さる。


(私、何も変わってなかったんだ)

(昨日、話したのに)

(悠斗には、伝わってなかった)



沈黙。


夕日が、さらに傾いている。

教室が、オレンジから赤に変わっていく。


風が、吹く。

カーテンが、大きく揺れる。



「ごめん」

私が、やっと言う。


「私、悠斗に甘えちゃダメだって思ってた」


悠斗が、顔を上げる。

「甘えちゃダメ?」


「うん」



「ちゃんと自分の足で立ってから」

私は、続ける。


「悠斗に、答えたいって」

「そう思ってた」


「だから」

声が、震える。


「悠斗に、あまり頼らないようにしてた」



悠斗は、黙って聞いている。


「でも、それが」

私は、俯く。


「悠斗を、不安にさせてたんだね」


涙が、流れる。

止められない。



「ごめん」

また、謝る。


「私、どうすればいいか分からなくて」

「悠斗に、迷惑かけたくなくて」

「でも、結局……」


言葉が、続かない。



悠斗が、私の頭を撫でる。

優しく。


「謝らなくていいよ」


「でも……」


「俺も、悪かった」

悠斗が、言う。



「俺、勝手に不安になって」

「勝手に、お前が離れていくって思い込んで」


悠斗の声も、震えている。


「萌の気持ち、ちゃんと聞いてなかった」



二人とも、泣いている。

教室で。

夕日の中で。


「悠斗……」

「萌……」


お互いの名前を、呼ぶ。



「私ね」

涙を拭いながら、言う。


「悠斗がいないと、ダメなの」

「本当に」


悠斗は、黙って聞いている。


「でも、依存しちゃダメだって」

「自分の足で立ってからじゃないと」

「悠斗と、対等な関係になれないって」



「対等な関係……」

悠斗が、呟く。


「うん」

私は、頷く。


「悠斗に、支えてもらうだけじゃなくて」

「私も、悠斗を支えられるように」

「そうなりたいの」



悠斗の目が、優しくなる。


「だから……」

私は、続ける。


「もう少し、時間がほしい」


「どれくらい?」

悠斗が聞く。


「分からない」

正直に答える。


「でも、必ず答える」

「待っててくれる?」



悠斗は、少し考えてから。

頷く。


「分かった」

「待つよ」


「ありがとう……」



「でも」

悠斗が、言う。


「一つだけ、約束してくれ」


「何?」


「辛い時は、頼っていい」



悠斗は、私の手を握る。


「自分の足で立つことと」

「人に頼ることは」

「別なんだ」


「え……」



「強い人は」

悠斗が、続ける。


「辛い時に、ちゃんと頼れる人だと思う」

「一人で全部背負うのは、強さじゃない」


その言葉が、胸に染みる。



「だから」

悠斗は、私の手を強く握る。


「辛い時は、言ってくれ」

「俺、待ってるから」

「いつでも」


涙が、また溢れる。


「悠斗……」



私は、悠斗を抱きしめる。

強く。


「ありがとう」

何度も、何度も言う。


悠斗も、私を抱きしめる。



しばらく。

二人で、そうしていた。


夕日が、沈んでいく。

教室が、だんだん暗くなっていく。


でも、心は温かい。



それから。

私は、悠斗から離れる。


涙を拭う。

「ごめん」

「また泣いちゃった」


悠斗は、笑う。

「いいよ」

「俺も泣いたし」


二人で、笑う。



「悠斗」

「ん?」

「私、頑張るね」


「うん」


「お父さんとお母さんのこと」

「自分のこと」

「ちゃんと向き合って」

「それから、悠斗に答える」



悠斗は、頷く。

「分かった」

「待ってる」


「でも」

私は、少し笑う。


「辛い時は、頼るね」


悠斗も、笑う。

「うん」

「いつでも」



それから。

二人で、教室を出る。


廊下を歩く。

並んで。


もう、暗くなり始めている。

廊下の電気が、ついている。



階段を降りる。

下駄箱で靴を履き替える。


校門の前。


「じゃあね」

私が言う。


「うん」

悠斗が頷く。



「また明日」

「また明日」


悠斗が、先に歩いて行く。

私は、その背中を見送る。


(悠斗……)

(ありがとう)



帰り道。

一人で歩く。


空が、暗くなっている。

星が、少し見える。


風が、冷たい。

でも、心は温かい。



(悠斗と、話せた)

(ちゃんと)


でも、同時に。


(二人の距離は、また少し遠くなった)


そう感じた。



悠斗は、待ってくれる。

何年でも。


でも、私は。

まだ、答えられない。


(いつになったら)

(ちゃんと答えられるんだろう)



家が、見えてくる。


「ただいま」

玄関を開ける。


お母さんが、リビングにいる。

「おかえり」

笑顔。


少しずつ、お母さんも元気になってきている。



「今日ね」

お母さんが言う。


「お父さんから、電話があったの」


私の心臓が、跳ねる。

「何て?」


「日曜日、楽しみにしてるって」



涙が、出そうになる。

嬉しい涙。


「良かった……」


お母さんも、涙ぐんでいる。

「うん」



「土曜日は、カウンセリング」

「日曜日は、お父さんと会う」


お母さんが、私を見る。

「萌も、一緒に行ってくれる?」

「日曜日」


「もちろん」

私は、頷く。



「ありがとう」

お母さんが、私を抱きしめる。


「萌がいてくれて」

「本当に」


私も、お母さんを抱きしめる。

「一緒に、頑張ろう」



夕飯を作る。

二人で。


肉じゃが。

お父さんの好きな、肉じゃが。


「日曜日、お父さんにも作ろうね」

お母さんが言う。


「うん」



二人で、テーブルに座る。

お父さんの席は、まだ空いている。


でも。

日曜日には。

三人で座れるかもしれない。


そう思うと、嬉しかった。



夜。

部屋のベッドで横になる。


スマホを見る。

悠斗からLINEが来ている。


「今日は、ありがとう」

「ちゃんと話せて、良かった」



私は、返信する。


「こちらこそ」

「悠斗の言葉、嬉しかった」

「辛い時は、頼っていいって」


送信する。

すぐに、既読がつく。



悠斗から返信。


「いつでも」

「約束」


ハートのスタンプ。


私も、ハートのスタンプを送る。



窓の外を見る。

月が、見える。

綺麗な月。


(悠斗も、見てるかな)



(土曜日、カウンセリング)

(日曜日、お父さんと会う)


忙しい週末になりそうだ。

でも、前に進んでいる。


少しずつだけど。



ベッドに横になる。

天井を見つめる。


(悠斗……)


悠斗の言葉が、頭に残っている。


「強い人は、辛い時にちゃんと頼れる人だと思う」



(そうなのかな)

(一人で全部背負うのは、強さじゃない)


その言葉が、胸に染みる。


(私、ずっと一人で頑張ろうとしてた)

(でも、それは違うのかもしれない)



目を閉じる。


明日も、学校。

悠斗に、会える。


それだけで、少し嬉しい。



でも。


(二人の距離は、また少し遠くなった)


そう感じた。


私は、まだ答えられない。

悠斗は、待っててくれる。


でも、いつまで?



(いつか、必ず答える)

(それまで、待っててね)


心の中で、呟く。


そして。

深い眠りに、落ちていった。




--------

【あとがき】

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