第17話 萌の演奏
私が鍵盤に触れる瞬間、全てが消えた。
音楽室のステージ。
私――佐伯萌は、キーボードの前に座っている。
客席を見る。満員だ。立ち見の人も、たくさんいる。
(たくさん来てくれた)
嬉しい。でも、緊張する。
客席を、ゆっくり見渡す。
知ってる顔が、たくさんある。
クラスメイト、先輩、後輩。
(悠斗、来てるかな)
探してしまう。
でも、すぐにやめる。
(探したら、泣きそうになる)
深呼吸。
部長が、マイクを持つ。
「最後の曲です。これは、キーボードの佐伯が中心となって作った曲です」
客席が、ざわつく。
「タイトルは、『届かない想い』です」
*
私は、キーボードに手を置く。
深呼吸。目を閉じる。
(この曲)
この曲は、悠斗への想いを込めた曲。
届かない想い。言えない言葉。諦めきれない気持ち。
全部、この曲に込めた。
指を、鍵盤に触れさせる。音が、響く。
最初は、ゆっくり。優しい音。静かな音。
でも、どこか切ない音。
最初は緊張していた。手が、震えていた。
でも、弾いているうちに。客席も。緊張も。悠斗のことも。
全部、消えていく。
ただ、音楽だけ。
私と、鍵盤だけ。
*
指が、速く動く。
音が、変わる。激しくなる。想いが、溢れてくる。
(悠斗)
(好きだよ)
(ずっと、ずっと好きだった)
(でも、届かない)
(私の想いは、届かない)
涙が、出そうになる。
でも、こらえる。
(今は、泣かない)
(今は、弾くだけ)
曲が、盛り上がっていく。
ギターが入る。ベースが入る。ドラムが入る。
全ての音が、重なる。
でも、私は自分のパートに集中する。
指が、鍵盤の上を滑る。
速く、速く。想いを、音に乗せる。
*
クライマックス。
全ての音が、一つになる。
私も、全力で弾く。
指が、痛い。
でも、止まらない。止められない。
(この想い)
(全部、音にする)
最後の一音。
指が、鍵盤を叩く。音が、響く。
それから――静寂。全ての音が、消える。
私は、目を閉じたまま。鍵盤に、手を置いたまま。
息が、切れている。心臓が、バクバクしている。
(終わった)
ゆっくりと、目を開ける。
*
客席が、シーンとしている。何秒か。
それから――拍手。大きな拍手。
「すごい!」
「感動した!」
「泣ける!」
客席が、ざわつく。
私は、深呼吸する。
お辞儀をする。メンバーも、お辞儀をする。
拍手が、鳴り止まない。
(伝わった)
(私の想い、少しは伝わったかな)
客席を、見る。
一番後ろ。そこに――悠斗がいた。
拍手をしている。真剣な顔で、私を見ている。
目が、合う。心臓が、跳ねる。
(悠斗…)
(来てくれたんだ)
嬉しい。すごく、嬉しい。
でも。
(これで、終わり)
(私の気持ちは、伝わらなかった)
すぐに、目を逸らす。
お辞儀をする。
それから、ステージを降りる。
*
照明が、明るくなる。
客が、音楽室を出て行く。
私は、楽器の片付けをしている。
キーボードを、ケースにしまう。ケーブルを、巻く。
手が、震えている。
(悠斗、来てくれた)
(でも、それだけ)
(演奏を聴いてくれただけ)
胸が、痛い。
部長が話しかけてくる。
「萌、良かったよ」
「ありがとうございます」
「あの曲、すごく良かった。誰かに想いを伝える曲だよね」
私は、少し照れる。
「まぁ…そんな感じです」
「伝わったと思うよ」
部長は優しく笑う。
私は、何も言えない。
(伝わってない)
(きっと、伝わってない)
*
片付けが終わる。
メンバーが、音楽室を出て行く。
「萌、お疲れ!」
「また明日ね」
「うん、お疲れ様」
私は、最後に音楽室を出る。
廊下に出る。
人が、まだたくさんいる。
文化祭は、まだ続いている。
私は、どこに行こうか迷う。
彩を探そうかな。
でも、彩は今、クラスの出し物の手伝いをしているはず。
(一人で、帰ろうかな)
疲れた。
心も、体も。
*
その時。
「萌」
後ろから、声が聞こえる。振り返る。
悠斗だ。音楽室の扉の横に、立っている。
(待ってた…?)
心臓が、バクバクする。
「悠斗…」
悠斗が、近づいてくる。
「演奏、すごく良かった」
私は、少し照れる。
「ありがと」
沈黙。
悠斗が、何か言いたそうな顔をしている。
でも、言葉が出てこないみたい。
私は、待つ。
(何を言うんだろう)
(もしかして…)
期待してしまう。
でも、すぐに打ち消す。
(期待しちゃダメ)
悠斗が、深呼吸する。
「萌、ちょっと話せる?」
その言葉。心臓が、跳ねる。
(話?)
(何を?)
少し迷う。
また期待して、また裏切られたら――それは、辛い。
でも。
(話を聞きたい)
(悠斗が、何を言いたいのか)
小さく、頷く。
「…うん」
*
【視点切り替え:悠斗】
俺は、萌を屋上に連れて行こうとする。
廊下を、並んで歩く。
萌の浴衣姿。髪が、少し乱れている。
疲れた顔。でも、満足そうな顔。
演奏を終えた後の、充実感。それが、顔に出ている。
俺は、何度も深呼吸する。
手のひらに、汗をかく。
(今度こそ)
(今度こそ、伝える)
心臓が、バクバクする。
階段を上る。
屋上への扉が見えてくる。
俺は、扉を開ける。
*
屋上。
夕日が、沈みかけている。
空が、オレンジ色。風が、吹いている。涼しい風。
萌が、屋上に出る。髪が、風に揺れる。
「ここで話すの?」
「うん」
萌は、柵に寄りかかる。街を見下ろす。
俺も、隣に立つ。
沈黙。風の音だけが、聞こえる。
俺は、萌を見る。横顔。夕日に照らされている。綺麗だ。
俺は、深呼吸する。
(言わなきゃ)
(好きだって)
(ちゃんと)
「萌」
萌が、俺の方を向く。
「ん?」
「さっきの曲、『届かない想い』」
萌の顔が、少し硬くなる。
「…うん」
「あれって…」
俺は、言葉を探す。
「俺への、想いだよな」
*
萌の目が、大きく見開かれる。顔が、赤くなる。
「え…なんで…」
「聴いてて、分かった」
俺は続ける。
「切ない音で。届かない想いを歌ってる音で」
「それが、俺への想いだって」
萌は、俯く。
「…バレてた?」
「うん」
萌は、何も言えない。ただ、俯いている。
俺は、萌を見る。
「萌、俺…」
(言わなきゃ)
(好きだって)
心臓が、バクバクする。手が、震える。
でも。
(今度こそ)
深呼吸する。
「萌、俺…お前のことが…」
*
その瞬間。
屋上の扉が、開く。バンッ、と。大きな音。
俺と萌が、驚いて振り返る。
片桐が、入ってくる。
「あ、ここにいたんだ」
片桐が、こっちに歩いてくる。
俺の心臓が、止まる。
(また…)
(また、片桐…)
片桐は、萌に近づく。
「佐伯さん、演奏良かったよ」
萌は、少し驚いた顔をする。
「ありがとうございます」
片桐は、俺を見る。
「小林くんも、ここに?」
「あぁ…」
気まずい沈黙。
片桐は、萌に言う。
「佐伯さん、ちょっといい? 話があるんだけど」
萌は、少し迷う。俺を見る。それから、片桐を見る。
「…はい」
片桐は、俺を見る。少し、意味ありげな目。
「小林くん、後でいいかな?」
俺は、何も言えない。拳を、握る。
(また…)
(また、邪魔された)
萌が、俺を見る。
「悠斗、ごめん」
申し訳なさそうな顔。
「いや…大丈夫」
嘘だ。全然、大丈夫じゃない。
萌は、片桐と一緒に屋上を出て行く。
扉が、閉まる。
*
一人、残された俺。
夕日が、沈んでいく。
空が、オレンジから紫に変わっていく。
風が、吹く。冷たい風。
俺は、柵に手をつく。頭を、下げる。
(また…言えなかった)
(お前のことが…まで言ったのに)
拳を、握る。
(くそ…)
悔しい。すごく、悔しい。
でも――ふと、思う。
(片桐先輩、なんで屋上に?)
(タイミングが、良すぎる)
斉藤の言葉が、頭に浮かぶ。
「片桐、わざと邪魔したんじゃね?」
(まさか…)
でも。片桐の、あの意味ありげな目。
「小林くん、後でいいかな?」
(わざと…?)
分からない。
*
俺は、柵から離れる。
屋上を出る。階段を降りる。廊下を歩く。
文化祭は、まだ続いている。
笑い声。音楽。賑やかな声。
でも、俺には何も聞こえない。
ただ、自分の足音だけ。
教室に戻る。喫茶店は、まだ営業している。
斉藤が、俺を見つける。
「おい、どうした?」
「…ダメだった」
「え?」
「また、言えなかった」
斉藤は、驚く。
「マジで?」
「片桐に…邪魔された」
「また片桐?」
俺は、頷く。
斉藤は、少し考える。
「それって…偶然かな?」
「分からない」
「でも、タイミング良すぎじゃね?」
俺も、そう思う。
でも、確証はない。
*
斉藤は、俺の肩を叩く。
「まぁ、落ち込むなよ」
「うん…」
「また、チャンスはあるって」
「そうかな」
「そうだよ」
斉藤は笑う。
でも、俺は笑えない。
(また、チャンスがあるのか?)
(萌は、もう待ってくれるのか?)
分からない。
*
文化祭が終わる。
片付けをする。テーブルを片付け。装飾を外す。
教室が、いつもの教室に戻っていく。
俺は、黙々と作業をする。
何も考えないように。
でも、頭の中は。
(萌…)
(片桐と、何を話してるんだろう)
それだけ。
*
帰り道。
一人で、歩く。
空が、暗くなっている。星が、見える。
綺麗だ。でも、今は何も感じない。
(また、邪魔された)
(また、伝えられなかった)
(俺、いつになったら…)
答えは出ない。
ただ、一つだけ分かる。
(片桐先輩)
(あの人、何者なんだ?)
その疑問だけが、頭に残った。
--------
【あとがき】
🌟沢山のフォローやお星さま、ハート、本当にありがとうございます!
皆さんの応援がモチベーションになっています(⁎˃ᴗ˂⁎)
これからもどうぞよろしくお願いします✨
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます