第15話 すれ違いの言葉
悠斗が私に話しかけてきたのは、木曜日の放課後だった。
放課後、教室。
私――佐伯萌は、一人で残っている。
掃除当番が終わって、もう誰もいない。
私は、机に突っ伏している。
(疲れた…)
昨日、音楽室で泣いた。
一人で。
誰にも見られないように。
でも、今日も辛い。
*
足音が近づいてくる。
顔を上げる。
悠斗だ。
「萌」
久しぶりに、名前を呼ばれた。
「悠斗…」
悠斗が、私の前に立つ。
「ちょっと、話せる?」
私は少し驚く。
「何?」
悠斗は、少し迷ってから言う。
「お前…大丈夫?」
その質問。
今更?
「大丈夫だよ」
私は笑う。
でも、目は笑っていない。
悠斗「嘘だろ」
「嘘じゃないよ」
「でも、お前…」
悠斗は言葉を探している。
「最近、元気ないし」
「そんなことないよ」
私は立ち上がる。
鞄を掴む。
「もう帰るね」
そう言って、教室を出ようとする。
悠斗が、私の腕を掴む。
「待って」
私は振り返る。
悠斗が、私を見ている。
真剣な目。
「萌、俺…」
悠斗は何か言いたそうな顔をする。
でも、言葉が出てこない。
私は、待つ。
5秒。
10秒。
15秒。
沈黙。
教室の時計の音だけが、カチカチと響いている。
私は、悠斗の手を振り払う。
「何?」
「俺…お前のこと」
「私のこと、何?」
悠斗は黙る。
また沈黙。
長い沈黙。
私は、もう待てない。
胸が、苦しい。
「言えないなら、いいよ」
そう言って、歩き出す。
悠斗の声が、後ろから聞こえる。
「萌、待ってくれ」
でも、私は振り返らない。
涙が、出そうだから。
*
廊下を走る。
涙をこらえながら。
(悠斗…)
(何が言いたかったの?)
(心配してるって?)
(それだけ?)
階段を降りる。
足音が、響く。
(私が欲しい言葉は)
(それじゃない)
下駄箱に着く。
靴を履き替える。
手が、震えている。
校門を出る。
雨が、降っている。
傘を差す。
涙が、流れる。
(悠斗…)
(バカ)
*
【視点切り替え:悠斗】
教室、一人残された俺。
俺は、一人で教室に立っている。
窓から、夕日が差し込んでいる。
(やっちまった)
(最悪だ)
萌に話しかけた。
でも、何も言えなかった。
「お前のこと」まで言って。
それから、何も言えなかった。
(好きだ、って)
(言えなかった)
(怖くて)
頭を抱える。
(俺、最低だ)
(萌を傷つけた)
(また)
*
斉藤が教室に入ってくる。
「おい、どうした?」
「萌と…話した」
「で?」
「何も言えなかった」
斉藤はため息をつく。
「お前…」
「分かってる。俺が悪い」
斉藤「じゃあ、どうすんの?」
「分からない」
斉藤は俺の肩を叩く。
「萌ちゃん、もう限界だぞ」
「分かってる」
「分かってないだろ」
斉藤は真剣な顔をする。
「このままじゃ、本当に終わるぞ」
その言葉が、胸に刺さる。
「終わる…?」
「萌ちゃん、お前のこと諦めかけてる」
「でも…」
「でも、じゃねぇよ」
斉藤は続ける。
「文化祭、もうすぐだろ?」
「うん」
「萌ちゃん、演奏するんだろ?」
「うん」
斉藤は俺を真っ直ぐ見る。
「それが、最後のチャンスかもな」
最後のチャンス。
その言葉が、重い。
「俺…どうすれば」
斉藤「簡単だよ。告白しろ」
俺は黙る。
斉藤「お前、萌ちゃんのこと好きなんだろ?」
「……うん」
「じゃあ、言えよ」
「でも…」
「また怖いとか言うのか?」
俺は何も言えない。
斉藤は呆れたように笑う。
「お前、このままじゃ一生後悔するぞ」
そう言って、教室を出て行く。
*
帰り道。
一人で歩く。
雨が、強くなっている。
(文化祭)
(最後のチャンス)
斉藤の言葉が、頭の中でリフレインする。
(告白しろ)
(簡単だよ、って)
(でも、簡単じゃない)
(怖い)
(萌を傷つけるのが、怖い)
(関係が壊れるのが、怖い)
でも。
(このままじゃ、もう壊れてる)
(萌、俺のこと諦めかけてる)
(それは…)
胸が、締め付けられる。
(嫌だ)
(萌を失うのは、嫌だ)
*
家に着く。
「ただいま」
母が出てくる。
「おかえり。雨、ひどいわね」
「うん」
母は俺を見る。
「どうしたの?元気ないわよ」
「……萌と、話した」
「そう。良かったじゃない」
「でも…何も言えなかった」
母は優しく笑う。
「次があるわ」
「次…?」
「文化祭でしょ?萌ちゃん、演奏するんでしょ?」
「うん」
母「聴きに行ってあげなさい」
「行くつもり」
母「そして、ちゃんと伝えなさい」
「何を?」
母は微笑む。
「あなたの気持ちを」
俺は何も言えない。
母は続ける。
「萌ちゃん、ずっと待ってるわよ」
その言葉が、胸に刺さる。
「……うん」
*
その夜、俺の部屋。
ベッドに横になって、天井を見つめる。
(文化祭)
(あと一週間)
(それが、最後のチャンス)
斉藤の言葉。
母の言葉。
全部、頭の中で響く。
(告白しろ)
(気持ちを伝えなさい)
(それが、最後のチャンス)
窓の外を見る。
雨が、まだ降っている。
音が、窓ガラスを叩く。
(萌…)
(ごめん)
(俺、ずっと逃げてた)
中学の時の、水野さんのこと。
あれから、俺は誰かを好きになることが怖くなった。
告白を受けて、断って。
相手を傷つけて。
その罪悪感が、俺を縛っている。
でも。
(萌は、違う)
(萌は、俺が好きだ)
(俺も、萌が好きだ)
(なのに、何が怖いんだ?)
考える。
(関係が変わることが、怖い)
(今の関係が、壊れることが、怖い)
でも。
(もう壊れてる)
(萌は、俺から離れていってる)
(このままじゃ、本当に失う)
胸が、ギュッとなる。
(文化祭)
(文化祭で、全部伝える)
(好きだ、って)
(ちゃんと)
決意する。
今度こそ。
今度こそ、逃げない。
(萌…)
(待っててくれるかな)
(もう、諦めちゃったかな)
どうか。
どうか、まだ待っててほしい。
そう願いながら、目を閉じた。
*
翌朝。
目が覚める。
スマホを見る。
萌からのLINEはない。
起き上がる。
窓を開ける。
雨は止んでいる。
空が、少し明るい。
(今日から、文化祭まで一週間)
(その間に、準備しなきゃ)
(何を言うか、考えなきゃ)
でも、何も浮かばない。
ただ、一つだけ分かる。
(文化祭で、全部伝える)
(俺の気持ちを)
(もう、逃げない)
そう決意して、学校に向かった。
*
教室に入る。
萌が、席についている。
いつものポニーテール。
俺に気づいて。
目を逸らす。
(やっぱり、避けられてる)
でも。
(文化祭で、変わる)
(きっと)
そう信じて、俺は自分の席に座った。
*
文化祭まで、あと一週間。
二人の運命が、そこで決まる。
--------
【あとがき】
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これからもどうぞよろしくお願いします✨
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