第15話 すれ違いの言葉

悠斗が私に話しかけてきたのは、木曜日の放課後だった。


放課後、教室。


私――佐伯萌は、一人で残っている。


掃除当番が終わって、もう誰もいない。


私は、机に突っ伏している。


(疲れた…)


昨日、音楽室で泣いた。


一人で。


誰にも見られないように。


でも、今日も辛い。



足音が近づいてくる。


顔を上げる。


悠斗だ。


「萌」


久しぶりに、名前を呼ばれた。


「悠斗…」


悠斗が、私の前に立つ。


「ちょっと、話せる?」


私は少し驚く。


「何?」


悠斗は、少し迷ってから言う。


「お前…大丈夫?」


その質問。


今更?


「大丈夫だよ」


私は笑う。


でも、目は笑っていない。


悠斗「嘘だろ」


「嘘じゃないよ」


「でも、お前…」


悠斗は言葉を探している。


「最近、元気ないし」


「そんなことないよ」


私は立ち上がる。


鞄を掴む。


「もう帰るね」


そう言って、教室を出ようとする。


悠斗が、私の腕を掴む。


「待って」


私は振り返る。


悠斗が、私を見ている。


真剣な目。


「萌、俺…」


悠斗は何か言いたそうな顔をする。


でも、言葉が出てこない。


私は、待つ。


5秒。


10秒。


15秒。


沈黙。


教室の時計の音だけが、カチカチと響いている。


私は、悠斗の手を振り払う。


「何?」


「俺…お前のこと」


「私のこと、何?」


悠斗は黙る。


また沈黙。


長い沈黙。


私は、もう待てない。


胸が、苦しい。


「言えないなら、いいよ」


そう言って、歩き出す。


悠斗の声が、後ろから聞こえる。


「萌、待ってくれ」


でも、私は振り返らない。


涙が、出そうだから。



廊下を走る。


涙をこらえながら。


(悠斗…)


(何が言いたかったの?)


(心配してるって?)


(それだけ?)


階段を降りる。


足音が、響く。


(私が欲しい言葉は)


(それじゃない)


下駄箱に着く。


靴を履き替える。

手が、震えている。


校門を出る。


雨が、降っている。


傘を差す。


涙が、流れる。


(悠斗…)


(バカ)



【視点切り替え:悠斗】


教室、一人残された俺。


俺は、一人で教室に立っている。


窓から、夕日が差し込んでいる。


(やっちまった)


(最悪だ)


萌に話しかけた。


でも、何も言えなかった。


「お前のこと」まで言って。


それから、何も言えなかった。


(好きだ、って)


(言えなかった)


(怖くて)


頭を抱える。


(俺、最低だ)


(萌を傷つけた)


(また)



斉藤が教室に入ってくる。


「おい、どうした?」


「萌と…話した」


「で?」


「何も言えなかった」


斉藤はため息をつく。


「お前…」


「分かってる。俺が悪い」


斉藤「じゃあ、どうすんの?」


「分からない」


斉藤は俺の肩を叩く。


「萌ちゃん、もう限界だぞ」


「分かってる」


「分かってないだろ」


斉藤は真剣な顔をする。


「このままじゃ、本当に終わるぞ」


その言葉が、胸に刺さる。


「終わる…?」


「萌ちゃん、お前のこと諦めかけてる」


「でも…」


「でも、じゃねぇよ」


斉藤は続ける。


「文化祭、もうすぐだろ?」


「うん」


「萌ちゃん、演奏するんだろ?」


「うん」


斉藤は俺を真っ直ぐ見る。


「それが、最後のチャンスかもな」


最後のチャンス。


その言葉が、重い。


「俺…どうすれば」


斉藤「簡単だよ。告白しろ」


俺は黙る。


斉藤「お前、萌ちゃんのこと好きなんだろ?」


「……うん」


「じゃあ、言えよ」


「でも…」


「また怖いとか言うのか?」


俺は何も言えない。


斉藤は呆れたように笑う。


「お前、このままじゃ一生後悔するぞ」


そう言って、教室を出て行く。



帰り道。


一人で歩く。


雨が、強くなっている。


(文化祭)


(最後のチャンス)


斉藤の言葉が、頭の中でリフレインする。


(告白しろ)


(簡単だよ、って)


(でも、簡単じゃない)


(怖い)


(萌を傷つけるのが、怖い)


(関係が壊れるのが、怖い)


でも。


(このままじゃ、もう壊れてる)


(萌、俺のこと諦めかけてる)


(それは…)


胸が、締め付けられる。


(嫌だ)


(萌を失うのは、嫌だ)



家に着く。


「ただいま」


母が出てくる。


「おかえり。雨、ひどいわね」


「うん」


母は俺を見る。


「どうしたの?元気ないわよ」


「……萌と、話した」


「そう。良かったじゃない」


「でも…何も言えなかった」


母は優しく笑う。


「次があるわ」


「次…?」


「文化祭でしょ?萌ちゃん、演奏するんでしょ?」


「うん」


母「聴きに行ってあげなさい」


「行くつもり」


母「そして、ちゃんと伝えなさい」


「何を?」


母は微笑む。


「あなたの気持ちを」


俺は何も言えない。


母は続ける。


「萌ちゃん、ずっと待ってるわよ」


その言葉が、胸に刺さる。


「……うん」



その夜、俺の部屋。


ベッドに横になって、天井を見つめる。


(文化祭)


(あと一週間)


(それが、最後のチャンス)


斉藤の言葉。


母の言葉。


全部、頭の中で響く。


(告白しろ)


(気持ちを伝えなさい)


(それが、最後のチャンス)


窓の外を見る。


雨が、まだ降っている。


音が、窓ガラスを叩く。


(萌…)


(ごめん)


(俺、ずっと逃げてた)


中学の時の、水野さんのこと。


あれから、俺は誰かを好きになることが怖くなった。


告白を受けて、断って。


相手を傷つけて。


その罪悪感が、俺を縛っている。


でも。


(萌は、違う)


(萌は、俺が好きだ)


(俺も、萌が好きだ)


(なのに、何が怖いんだ?)


考える。


(関係が変わることが、怖い)


(今の関係が、壊れることが、怖い)


でも。


(もう壊れてる)


(萌は、俺から離れていってる)


(このままじゃ、本当に失う)


胸が、ギュッとなる。


(文化祭)


(文化祭で、全部伝える)


(好きだ、って)


(ちゃんと)


決意する。


今度こそ。


今度こそ、逃げない。


(萌…)


(待っててくれるかな)


(もう、諦めちゃったかな)


どうか。


どうか、まだ待っててほしい。


そう願いながら、目を閉じた。



翌朝。


目が覚める。


スマホを見る。


萌からのLINEはない。


起き上がる。


窓を開ける。


雨は止んでいる。


空が、少し明るい。


(今日から、文化祭まで一週間)


(その間に、準備しなきゃ)


(何を言うか、考えなきゃ)


でも、何も浮かばない。


ただ、一つだけ分かる。


(文化祭で、全部伝える)


(俺の気持ちを)


(もう、逃げない)


そう決意して、学校に向かった。



教室に入る。


萌が、席についている。


いつものポニーテール。


俺に気づいて。


目を逸らす。


(やっぱり、避けられてる)


でも。


(文化祭で、変わる)


(きっと)


そう信じて、俺は自分の席に座った。



文化祭まで、あと一週間。


二人の運命が、そこで決まる。



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【あとがき】

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