第11話 透明な壁

萌の笑顔が、嘘だと気づいたのは、その次の日だった。


土曜日の朝、教室。

俺――小林悠斗が教室に入ると、萌が既に席についている。

いつものポニーテール。いつもの笑顔。


「おはよ、悠斗」

萌が普通に挨拶する。


「おはよ」

俺も返す。


でも、何かが違う。


萌の笑顔が、作り物に見える。

目が、笑っていない。


(昨日、諦めるって言ったのに)

(なんで、いつも通りなんだ?)


俺は自分の席に座った。

チラッと萌を見る。


萌は女子グループの中で笑っている。

明るい声。


でも、俺にはその笑顔が痛々しく見える。



一時間目の授業。

俺は全く集中できなかった。


萌の横顔が見える。

ノートに何か書いている。

真面目に授業を受けている。


でも、時々。

ペンを持つ手が、止まる。

窓の外を、ぼんやり見ている。


(萌……)



昼休み。

萌が女子グループと一緒に昼食を食べている。


笑っている。

話している。

楽しそうに見える。


でも。


斉藤が俺に話しかけてくる。

「萌ちゃん、大丈夫かな」


「何が?」


「昨日、諦めるって言ったんだろ?でも、今日は普通にしてる」


「……まぁ」


「無理してんじゃね?」


俺は萌を見る。

萌が笑っている。


でも、その笑顔は。


(嘘だ)

(無理してる)


斉藤の言う通りだ。


「お前、声かけないの?」

「何て言えばいいんだよ」

「『大丈夫?』とか」


俺は黙る。


(そんな言葉、軽すぎる)

(でも、他に何を言えばいい?)



午後の授業が終わる。

放課後。


俺は下駄箱で靴を履き替えていた。


萌が来る。


「あ、悠斗」

「おう」


気まずい沈黙。


俺は我慢できずに聞いてしまった。

「お前…大丈夫?」


萌は少し驚いた顔をしてから、笑う。

「何が?」


「いや…昨日、諦めるって…」


「ああ、それ?」


萌は軽く笑う。


「もう気にしてないから」


でも、その笑顔は。


(嘘だ)


目が、笑っていない。

声が、少し震えている。


「そっか…」

俺はそれしか言えなかった。


萌「じゃあね」

そう言って、先に帰って行く。


俺は、その背中を見送る。


(萌…)

(無理してる)

(笑顔が、嘘だ)


胸が、痛い。



帰り道。

一人で帰る道。


雨が、降り始める。

小雨。


傘を差す。


(萌、傘持ってたかな)


心配になる。


でも、もう萌の姿は見えない。


雨の音だけが、響いている。


(俺、何やってんだ)

(萌が無理してるのに、何もしてあげられない)


足が、重い。



家に着く。


「ただいま」


母が出てくる。

「おかえり。雨に濡れなかった?」

「大丈夫」


リビングに行く。

テレビがついている。

料理番組。


母が話しかけてくる。

「萌ちゃん、最近どう?」


俺は黙る。


「喧嘩でもした?」

「してない」


母は心配そうに俺を見る。

「でも、元気ないわね。あなたも、萌ちゃんも」


俺は驚いて母を見る。

「萌も?」


「ええ。この前、お母さん駅で萌ちゃん見かけたの」

「いつ?」

「三日前くらいかしら。一人で歩いてて」


母は少し寂しそうに笑う。


「すごく疲れた顔してたわ。声かけようと思ったけど、気づかれなかった」


俺の胸が、キュッとなる。


(萌…)


母は続ける。

「あの子、小さい頃から無理しちゃうタイプだから」


「え?」


「いつも笑顔でいようとする。でも、本当は寂しがり屋」


母は優しく笑う。


「小学生の時もね、お父さんとお母さんが喧嘩した次の日、ここに来てずっと笑ってたわ」

「でも、帰る時に玄関で泣いてた」


俺は何も言えない。


そんなこと、知らなかった。


「気にかけてあげてね」


「……うん」


母はそれ以上何も言わずに、台所に戻った。



その夜、俺の部屋。


ベッドに横になって、天井を見つめる。


(萌の笑顔が、嘘だった)

(無理してる)

(俺のせいで)


母の言葉が、頭の中で響く。


「あの子、小さい頃から無理しちゃうタイプ」

「いつも笑顔でいようとする」


(そうだったのか)


萌は、いつも笑ってた。

辛いことがあっても。

悲しいことがあっても。


俺の前では、ずっと笑ってた。


(俺、何も気づいてなかった)


スマホを見る。

萌の名前。


(送りたい)

(でも、何を言えばいい?)


指が、画面の上で止まる。


「大丈夫?」

「無理しないで」

「笑わなくていいよ」


どれも、打てない。


(こんな言葉、軽すぎる)


画面を閉じる。


窓の外を見る。

雨が、降っている。


音が、窓ガラスを叩く。


(萌…)

(ごめん)


でも、その言葉も届かない。



翌朝、日曜日。


目が覚める。

時計を見る。

午前十時。


スマホを見る。

萌からのLINEはない。


起き上がる。

窓を開ける。


雨は止んでいる。

空が、少し明るい。


リビングに行く。


母がいる。

「おはよう。遅かったわね」

「うん…」


朝食を食べる。

トーストとスープ。


母が言う。

「今日、萌ちゃんの家に行かないの?」


俺は手を止める。


「……行っても、迷惑じゃないかな」


「なんで?」


「最近、距離置かれてるっていうか」


母は少し考えてから言う。


「でも、萌ちゃん寂しがってるんじゃない?」


「そうかな」


「そうよ。あの子、昔から悠斗が大好きだったもの」


俺の心臓が、跳ねる。


「……そんなこと」


「お母さんには分かるのよ」


母は優しく笑う。


「でも、今はあなたが距離を置いてるように見えるわ」


「え?」


「萌ちゃんじゃなくて、あなたが」


その言葉が、胸に刺さる。


(俺が……距離を置いてる?)



午後。


俺は部屋で、ベッドに座っていた。


母の言葉が、頭から離れない。


「今はあなたが距離を置いてるように見える」


(そうなのか?)


萌が髪を巻いて、距離を置いた時。

俺は、寂しかった。


でも、萌が元に戻った時。

俺は、嬉しかった。


なのに。


(俺、何もしてない)


萌が「諦める」って言った時。


俺は、何も言えなかった。


今日も。

萌が無理して笑ってるのに。

俺は、何もできない。


(距離を置いてるのは、俺の方だ)


窓の外を見る。


空が、少しずつ晴れてきている。


でも、心は晴れない。


(透明な壁がある)

(二人の間に)


萌が作ったんじゃない。


俺が、作ったんだ。


(どうすれば、壊せるんだ?)


答えは、出ない。



夕方。


スマホを見る。


萌にLINEを送ろうとする。


でも、何度も消す。


「明日、話せる?」

「大丈夫?」

「ごめん」


どれも、違う気がする。


結局、何も送れなかった。


窓の外を見る。


夕日が、沈んでいく。


オレンジ色の空。


綺麗だ。


でも、今は何も感じない。


(萌…)


(明日、学校で会える)

(でも、何を話せばいいのか分からない)


(透明な壁)


それは、俺が作った壁。


萌を傷つけないため。

関係を壊さないため。


でも。


(もう壊れかけてるんじゃないのか?)


その問いかけが、また頭に浮かぶ。


(どうすれば、この壁を壊せるんだ?)


分からない。


ただ、一つだけ分かる。


(このままじゃ、萌を失う)


その予感だけが、確かにあった。



月曜日の朝。


学校に向かう道。


いつもの道。


でも、今日は足が重い。


(萌に、会える)

(でも、何を話せばいいんだ?)


校門をくぐる。


下駄箱で靴を履き替える。


階段を上る。


教室に入る。


萌が、席についている。


いつものポニーテール。


俺に気づいて、少し笑う。


「おはよ」


「おはよ」


いつもと同じ、やり取り。


でも、何かが違う。


萌の笑顔が、遠い。


まるで、ガラス越しに見ているような。


(透明な壁)


俺は、自分の席に座った。


萌の方を、チラッと見る。


萌は、もう笑っていない。


窓の外を、ぼんやり見ている。


その横顔が、寂しそうだ。


(萌…)


(俺、どうすればいい?)


答えは、まだ出ない。


でも、一つだけ分かる。


(この壁を、壊さなきゃ)


(いつか)


そう思いながら、俺は授業を受けた。


でも、何も頭に入ってこなかった。



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【あとがき】

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