第11話 透明な壁
萌の笑顔が、嘘だと気づいたのは、その次の日だった。
土曜日の朝、教室。
俺――小林悠斗が教室に入ると、萌が既に席についている。
いつものポニーテール。いつもの笑顔。
「おはよ、悠斗」
萌が普通に挨拶する。
「おはよ」
俺も返す。
でも、何かが違う。
萌の笑顔が、作り物に見える。
目が、笑っていない。
(昨日、諦めるって言ったのに)
(なんで、いつも通りなんだ?)
俺は自分の席に座った。
チラッと萌を見る。
萌は女子グループの中で笑っている。
明るい声。
でも、俺にはその笑顔が痛々しく見える。
*
一時間目の授業。
俺は全く集中できなかった。
萌の横顔が見える。
ノートに何か書いている。
真面目に授業を受けている。
でも、時々。
ペンを持つ手が、止まる。
窓の外を、ぼんやり見ている。
(萌……)
*
昼休み。
萌が女子グループと一緒に昼食を食べている。
笑っている。
話している。
楽しそうに見える。
でも。
斉藤が俺に話しかけてくる。
「萌ちゃん、大丈夫かな」
「何が?」
「昨日、諦めるって言ったんだろ?でも、今日は普通にしてる」
「……まぁ」
「無理してんじゃね?」
俺は萌を見る。
萌が笑っている。
でも、その笑顔は。
(嘘だ)
(無理してる)
斉藤の言う通りだ。
「お前、声かけないの?」
「何て言えばいいんだよ」
「『大丈夫?』とか」
俺は黙る。
(そんな言葉、軽すぎる)
(でも、他に何を言えばいい?)
*
午後の授業が終わる。
放課後。
俺は下駄箱で靴を履き替えていた。
萌が来る。
「あ、悠斗」
「おう」
気まずい沈黙。
俺は我慢できずに聞いてしまった。
「お前…大丈夫?」
萌は少し驚いた顔をしてから、笑う。
「何が?」
「いや…昨日、諦めるって…」
「ああ、それ?」
萌は軽く笑う。
「もう気にしてないから」
でも、その笑顔は。
(嘘だ)
目が、笑っていない。
声が、少し震えている。
「そっか…」
俺はそれしか言えなかった。
萌「じゃあね」
そう言って、先に帰って行く。
俺は、その背中を見送る。
(萌…)
(無理してる)
(笑顔が、嘘だ)
胸が、痛い。
*
帰り道。
一人で帰る道。
雨が、降り始める。
小雨。
傘を差す。
(萌、傘持ってたかな)
心配になる。
でも、もう萌の姿は見えない。
雨の音だけが、響いている。
(俺、何やってんだ)
(萌が無理してるのに、何もしてあげられない)
足が、重い。
*
家に着く。
「ただいま」
母が出てくる。
「おかえり。雨に濡れなかった?」
「大丈夫」
リビングに行く。
テレビがついている。
料理番組。
母が話しかけてくる。
「萌ちゃん、最近どう?」
俺は黙る。
「喧嘩でもした?」
「してない」
母は心配そうに俺を見る。
「でも、元気ないわね。あなたも、萌ちゃんも」
俺は驚いて母を見る。
「萌も?」
「ええ。この前、お母さん駅で萌ちゃん見かけたの」
「いつ?」
「三日前くらいかしら。一人で歩いてて」
母は少し寂しそうに笑う。
「すごく疲れた顔してたわ。声かけようと思ったけど、気づかれなかった」
俺の胸が、キュッとなる。
(萌…)
母は続ける。
「あの子、小さい頃から無理しちゃうタイプだから」
「え?」
「いつも笑顔でいようとする。でも、本当は寂しがり屋」
母は優しく笑う。
「小学生の時もね、お父さんとお母さんが喧嘩した次の日、ここに来てずっと笑ってたわ」
「でも、帰る時に玄関で泣いてた」
俺は何も言えない。
そんなこと、知らなかった。
「気にかけてあげてね」
「……うん」
母はそれ以上何も言わずに、台所に戻った。
*
その夜、俺の部屋。
ベッドに横になって、天井を見つめる。
(萌の笑顔が、嘘だった)
(無理してる)
(俺のせいで)
母の言葉が、頭の中で響く。
「あの子、小さい頃から無理しちゃうタイプ」
「いつも笑顔でいようとする」
(そうだったのか)
萌は、いつも笑ってた。
辛いことがあっても。
悲しいことがあっても。
俺の前では、ずっと笑ってた。
(俺、何も気づいてなかった)
スマホを見る。
萌の名前。
(送りたい)
(でも、何を言えばいい?)
指が、画面の上で止まる。
「大丈夫?」
「無理しないで」
「笑わなくていいよ」
どれも、打てない。
(こんな言葉、軽すぎる)
画面を閉じる。
窓の外を見る。
雨が、降っている。
音が、窓ガラスを叩く。
(萌…)
(ごめん)
でも、その言葉も届かない。
*
翌朝、日曜日。
目が覚める。
時計を見る。
午前十時。
スマホを見る。
萌からのLINEはない。
起き上がる。
窓を開ける。
雨は止んでいる。
空が、少し明るい。
リビングに行く。
母がいる。
「おはよう。遅かったわね」
「うん…」
朝食を食べる。
トーストとスープ。
母が言う。
「今日、萌ちゃんの家に行かないの?」
俺は手を止める。
「……行っても、迷惑じゃないかな」
「なんで?」
「最近、距離置かれてるっていうか」
母は少し考えてから言う。
「でも、萌ちゃん寂しがってるんじゃない?」
「そうかな」
「そうよ。あの子、昔から悠斗が大好きだったもの」
俺の心臓が、跳ねる。
「……そんなこと」
「お母さんには分かるのよ」
母は優しく笑う。
「でも、今はあなたが距離を置いてるように見えるわ」
「え?」
「萌ちゃんじゃなくて、あなたが」
その言葉が、胸に刺さる。
(俺が……距離を置いてる?)
*
午後。
俺は部屋で、ベッドに座っていた。
母の言葉が、頭から離れない。
「今はあなたが距離を置いてるように見える」
(そうなのか?)
萌が髪を巻いて、距離を置いた時。
俺は、寂しかった。
でも、萌が元に戻った時。
俺は、嬉しかった。
なのに。
(俺、何もしてない)
萌が「諦める」って言った時。
俺は、何も言えなかった。
今日も。
萌が無理して笑ってるのに。
俺は、何もできない。
(距離を置いてるのは、俺の方だ)
窓の外を見る。
空が、少しずつ晴れてきている。
でも、心は晴れない。
(透明な壁がある)
(二人の間に)
萌が作ったんじゃない。
俺が、作ったんだ。
(どうすれば、壊せるんだ?)
答えは、出ない。
*
夕方。
スマホを見る。
萌にLINEを送ろうとする。
でも、何度も消す。
「明日、話せる?」
「大丈夫?」
「ごめん」
どれも、違う気がする。
結局、何も送れなかった。
窓の外を見る。
夕日が、沈んでいく。
オレンジ色の空。
綺麗だ。
でも、今は何も感じない。
(萌…)
(明日、学校で会える)
(でも、何を話せばいいのか分からない)
(透明な壁)
それは、俺が作った壁。
萌を傷つけないため。
関係を壊さないため。
でも。
(もう壊れかけてるんじゃないのか?)
その問いかけが、また頭に浮かぶ。
(どうすれば、この壁を壊せるんだ?)
分からない。
ただ、一つだけ分かる。
(このままじゃ、萌を失う)
その予感だけが、確かにあった。
*
月曜日の朝。
学校に向かう道。
いつもの道。
でも、今日は足が重い。
(萌に、会える)
(でも、何を話せばいいんだ?)
校門をくぐる。
下駄箱で靴を履き替える。
階段を上る。
教室に入る。
萌が、席についている。
いつものポニーテール。
俺に気づいて、少し笑う。
「おはよ」
「おはよ」
いつもと同じ、やり取り。
でも、何かが違う。
萌の笑顔が、遠い。
まるで、ガラス越しに見ているような。
(透明な壁)
俺は、自分の席に座った。
萌の方を、チラッと見る。
萌は、もう笑っていない。
窓の外を、ぼんやり見ている。
その横顔が、寂しそうだ。
(萌…)
(俺、どうすればいい?)
答えは、まだ出ない。
でも、一つだけ分かる。
(この壁を、壊さなきゃ)
(いつか)
そう思いながら、俺は授業を受けた。
でも、何も頭に入ってこなかった。
--------
【あとがき】
🌟沢山のフォローやお星さま、ハート、本当にありがとうございます!
皆さんの応援がモチベーションになっています(⁎˃ᴗ˂⁎)
これからもどうぞよろしくお願いします✨
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます