第8話 本当の自分

萌が、いつものポニーテールで登校してきた日、俺は驚いた。


火曜日の朝。

俺――小林悠斗が教室に入ると、萌が既に席についている。


髪型が、変わっている。


いつものポニーテール。

巻いていた髪が、元に戻っている。


メイクも、薄い。

スカートも、普通の丈。


(あれ…?)


クラスメイトもざわついている。


「佐伯さん、髪型戻したの?」

「前の方が可愛かったのに」

「でも、こっちも可愛いよ」


俺は、自分の席に座る。


チラッと萌を見る。


萌が、こっちを見ている。


目が合う。


萌は、少し照れたように笑って、すぐに目を逸らす。


俺の心臓が、ドキッとした。


(なんだ、この感じ)



一時間目の授業。


俺は全く集中できなかった。


チラチラ萌を見てしまう。


ポニーテール。

いつもの萌。


(こっちの方が、萌らしい)


でも、なんで戻したんだ?


片桐との食事が楽しかったんじゃないのか?


(よく分からない)



昼休み。


俺が購買に行こうとすると、萌が声をかけてきた。


「ねぇ、悠斗」


久しぶりに、萌から話しかけられた。


「ん?」


「一緒にお昼、食べない?」


俺は驚く。


「いいけど…彩は?」


「今日は委員会あるって」


「そっか」


二人は購買でパンを買って、教室に戻る。



教室、昼食。


二人並んで、パンを食べる。


久しぶりの、この感じ。


窓から、風が入ってくる。

気持ちいい。


萌が先に話しかける。


「ねぇ、この前の漫画の続き、読んだ?」


俺は驚く。


「え…読んでないって言ってなかった?」


萌は少し恥ずかしそうに笑う。


「やっぱり、やめられなかった」


俺も笑う。


「そっか」


「で、どうだった?続き」


「めっちゃ面白かった。主人公が覚醒して」


「え、マジで!?ネタバレやめて!」


「ごめんごめん」


二人は笑う。


いつもの、バカ話。

漫画のこと、ゲームのこと。


どうでもいいこと。


でも、楽しい。


俺は気づく。


(これだ。これが、俺の知ってる萌だ)


(髪を巻いて、メイクして、距離置いてた萌じゃない)


(漫画の話して、笑い合える、この萌だ)


そして、気づく。


(俺、この萌が好きだ)


心臓が、バクバクする。


萌が俺を見る。


「悠斗、どうしたの?」


「え、別に」


「顔、赤いよ?」


「暑いだけ」


萌は笑う。


いつもの、明るい笑顔。


俺は、その笑顔を見て思った。


(やっぱり、好きだ)


でも、すぐに頭を振る。


(いや、幼なじみとして、だ)



放課後。


俺が下駄箱で靴を履き替えていると、萌が来た。


「悠斗、一緒に帰らない?」


久しぶりに、そう言われた。


「あぁ、いいよ」


二人で、校門を出る。



帰り道。


並んで歩く。

久しぶりの、この距離。


少し気まずい。


でも、萌が話しかける。


「ねぇ、悠斗」

「ん?」

「最近、ちょっと無理してた」


俺は萌を見る。


「無理?」


「髪巻いたり、距離置いたり」


「……うん」


「でも、やっぱり私らしくないなって」


萌は少し寂しそうに笑う。


「だから、元に戻そうと思って」


俺は、何と言えばいいのか分からない。


(元に戻る?)

(じゃあ、また昔みたいに?)


それは、嬉しい。


でも、複雑だ。


「変だよね。女の子として見てもらうの、頑張ってたのに」


萌は立ち止まる。

俺も立ち止まる。


「でも、もう疲れちゃった」


「萌…」


萌は笑う。

でも、目は笑っていない。


「悠斗は、私のこと女として見てくれないし」


その言葉が、胸に刺さる。


「それは…」


俺は、何か言おうとする。


でも、言葉が出てこない。


(見てる)


(見てるよ、萌)


(女の子として)


でも、それを言ったら。


(何かが変わる)


(今の関係が、壊れる)


中学の時の、水野さんの顔が浮かぶ。


泣きながら走り去った姿。


(俺が、壊した)


(また、誰かを傷つける)


(萌を、傷つける)


(それが、怖い)


萌は俺を見て、少し寂しそうに笑う。


「いいの。幼なじみとして、これからも仲良くしてね」


そう言って、先に歩いて行く。


俺は、その背中を見送る。


(萌…)


(俺、何て言えばよかったんだ?)


(「見てる」って?)


(でも、それを言ったら…)


言葉が、出てこない。



一人で、残りの道を歩く。


夕日が、沈んでいく。


今日の萌の姿が、頭から離れない。


ポニーテール。

いつもの笑顔。

漫画の話。


(やっぱり、この萌が好きだ)


(でも…)


(言えない)


(認めたら、何かが壊れる)


家が見えてくる。


玄関を開ける。


「ただいま」


「おかえり」


母の声。


リビングに行く。


母が夕飯の準備をしている。


「今日は萌ちゃんと帰ってきたの?」


「途中までは」


「そう」


母は嬉しそうに笑う。


「また仲良くなったのね」


「まぁ…」


母は俺を見る。


「良かったわ。お母さん、心配してたのよ」


「大げさだろ」


「だって、あなた元気なかったもの」


俺は黙る。


母は続ける。


「萌ちゃんと一緒にいる時の方が、楽しそうよ」


「そうかな」


「そうよ」


母はニッコリ笑う。


俺は、部屋に戻る。



ベッドに横になって、天井を見つめる。


(萌と、また昔みたいに戻れた)


(漫画の話して、一緒に帰って)


(それだけで、嬉しい)


でも。


(萌は、もう諦めたって言った)


(女の子として見てもらうの、諦めたって)


(それって…)


胸が、ギュッとなる。


(嫌だ)


(萌に、諦めてほしくない)


でも、どうすればいいのか分からない。


スマホを見る。


萌にLINEを送ろうとする。


でも、何を書けばいいのか。


(今日は楽しかった?)

(また明日も一緒に食べよう?)

(諦めないで?)


どれも、違う気がする。


結局、何も送れなかった。


スマホを閉じる。


(俺、最低だな)


(萌は、頑張ってた)


(女の子として見てもらうために)


(でも、俺は気づかないふりをして)


(そして、萌は諦めた)


目を閉じる。


(でも…もう壊れかけてるんじゃないのか?)


悠斗の内面【第1話のセリフと同じ】


(俺、何やってんだ)



翌朝。


学校に行く準備をする。


鏡を見る。


いつもと同じ顔。


でも、何かが違う気がする。


(萌のこと、好きだ)


(やっと、認められた)


(でも…)


(言えない)


深呼吸する。


(でも、このままじゃダメだ)


(いつか、言わなきゃ)


でも、今日じゃない。


まだ、怖い。


家を出る。


学校に向かう道。


空が、青い。


風が、気持ちいい。


でも、胸のモヤモヤは消えない。


(萌…)


(待っててくれるかな)


答えは、分からない。


でも、一つだけ分かる。


(俺、変わらなきゃ)


(いつか)


そう思いながら、学校に着いた。


教室に入る。


萌が、席についている。


いつものポニーテール。


俺を見て、少し笑う。


でも、その笑顔は、どこか遠かった。


--------

【あとがき】

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