第6話 片桐との食事

片桐先輩との食事に行く日が来た。


土曜日の昼、駅前のカフェ。

私――佐伯萌は、片桐先輩と向かい合って座っている。


オシャレなカフェ。

木目調のテーブル、観葉植物、落ち着いた音楽。


片桐先輩は、白いシャツにジャケット。

私服もカッコいい。


「今日は来てくれてありがとう」

片桐先輩が笑顔で言う。


「いえ、誘ってくれて嬉しかったです」


メニューを見る。

パスタ、サンドイッチ、ケーキ。


「佐伯さん、何にする?」

「えっと……このパスタにします」

「じゃあ俺も同じで」


店員さんを呼んで、注文する。



会話が始まる。


「学校、楽しい?」

「はい。新しいクラスも慣れてきました」

「そっか。俺も去年はクラス替えで大変だったな」


片桐先輩は、話を丁寧に聞いてくれる。

質問も的確。

会話が途切れない。


でも、心のどこかで。


(悠斗だったら、もっとバカ話してたな)


悠斗なら、漫画の話とか、ゲームの話とか。

笑いながら、テキトーな話をしてた。


でも、片桐先輩は違う。

大人っぽくて、紳士的。


これが、普通のデートなんだろうか。



パスタが運ばれてくる。


「いただきます」

「いただきます」


美味しい。

でも、何を話せばいいのか分からない。


片桐先輩が先に話しかけてくる。


「佐伯さん、最近雰囲気変わったよね」


私は驚いて、顔を上げる。


「え?」


「なんていうか、頑張ってる感じがする」


私は黙る。


バレてる?


「そう……かもしれません」


片桐先輩は優しく笑う。


「誰か、好きな人いるの?」


心臓が跳ねる。


「え…なんで?」


「なんとなくね。誰かのために頑張ってる顔してるから」


私は俯く。


そんなに分かりやすいのか。


「俺じゃないよね?」


その言葉に、私は慌てて顔を上げる。


「……ごめんなさい」


片桐先輩は笑う。

でも、嫌な笑いじゃない。


「謝らなくていいよ。分かってたから」


「え?」


「君、小林くんのこと好きでしょ?」


私の顔が、真っ赤になる。


「バレバレだよ。君が小林くんを見る目、すごく優しいもん」


私は何も言えない。


片桐先輩は続ける。


「でも…悠斗は、私のこと女として見てくれない」


その言葉が、自然に出てきた。


片桐先輩は少し考えてから、言う。


「本当にそうかな?」


「え?」


「小林くん、君のこと気にしてるよ。俺が君と話してる時、すごい顔で見てた」


私の心臓が、バクバクする。


「本当ですか?」


「うん。嫉妬してる顔だったよ」


嫉妬。


(悠斗が…私に?)


でも、すぐに頭を振る。


「それは…気のせいだと思います」


片桐先輩は首を傾げる。


「でもさ、君も頑張りすぎてない?」


「え?」


「無理してるでしょ?髪型とか、距離置くこととか」


私は、ハッとする。


「なんで…分かるんですか?」


片桐先輩は優しく笑う。


「見てれば分かるよ。君、たまにすごく疲れた顔してる」


私は何も言えない。


「小林くんが好きなのは、そういう君じゃないと思うよ」


「じゃあ…どうすれば」


「いつも通りの君でいればいいんじゃない?」


いつも通り。


(それができたら、苦労してない)


でも、片桐先輩の言葉は、心に残った。



食事が終わって、カフェを出る。


駅前の広場。

人が行き交っている。


「今日は、ありがとうございました」

私が頭を下げる。


片桐先輩は笑う。


「いや、俺も楽しかったよ。君と話せて」


「でも…恋愛相談みたいになっちゃって」


「全然いいよ。むしろ、小林くんのこと応援してる」


私は顔を上げる。


「え?」


「君たち、お似合いだと思うから」


その言葉が、嬉しかった。


でも、同時に切ない。


「片桐先輩は…優しいですね」


「そんなことないよ」


片桐先輩は空を見上げる。


「俺も昔、好きな子に想いを伝えられなくて後悔したから」


「え…」


「だから、君には後悔してほしくないんだ」


私は、片桐先輩を見る。


この人、本当に優しい。


でも。


(私が好きなのは、悠斗だけ)


「頑張ってみます」


「うん。応援してる」


片桐先輩はそう言って、手を振って去っていった。



一人で帰る道。


夕日が、沈み始めている。


(いつも通りの私)


片桐先輩の言葉が、頭の中でリフレインする。


(悠斗が好きなのは、いつも通りの私?)


でも、いつも通りの私じゃ、悠斗は気づいてくれなかった。


(どうすればいいの?)


答えは、出ない。


家に着く。


「ただいま」


返事はない。


リビングに入る。

テーブルの上に、いつものメモ。

「夕飯は冷蔵庫」


誰もいない。


部屋に入る。

鏡を見る。


(いつも通りの私)


片桐先輩の言葉が、頭に浮かぶ。


「いつも通りの君でいればいい」


(でも…)


悠斗の顔が浮かぶ。


(悠斗は、どう思うんだろう)


(いつも通りの私を、女の子として見てくれるのかな)


答えは、出ない。


ベッドに座る。


スマホを見る。

悠斗からの返信はない。


「片桐先輩と食事してきた。楽しかった」


既読はついている。


(返事、ないんだ)


少し、寂しい。



【視点切り替え:悠斗】


同じ時刻、俺の部屋。


俺――小林悠斗は、ベッドに横になってスマホを見ている。


(萌…今頃、片桐と食事してるのか)


胸が、モヤモヤする。


(なんで、俺はこんなに気になるんだ)


スマホを置く。

天井を見つめる。


(萌が、他の男と笑ってる)

(それが、嫌だ)


でも、それ以上考えられない。


母の声が聞こえる。


「悠斗、お昼ご飯できてるわよ」

「今行く」



リビングに行く。


母が料理を並べている。

チャーハンと味噌汁。


「いただきます」

「いただきます」


テレビをつける。

ニュースが流れている。


母が話しかけてくる。


「今日は出かけないの?」

「別に、予定ないし」

「そう。じゃあ、午後は一緒に買い物行きましょうか」

「めんどくさい」


母は笑う。


「あら、最近は萌ちゃんと出かけないのね」


その名前を聞いて、俺の手が止まる。


「まぁ…向こうも忙しいし」


母は俺を見る。

優しい目。


「喧嘩した?」


「してない」


「でも、何かあったんでしょ?」


俺は黙る。


母は続ける。


「最近、萌ちゃん来ないもの。前はよく遊びに来てたのに」


「……そうだな」


母は少し考えてから、言う。


「お母さんには分かるのよ」


「何が?」


「あなた、萌ちゃんのこと気になってるでしょ?」


俺の心臓が、跳ねる。


「……別に」


「嘘つかなくていいわ」


母は優しく笑う。


「萌ちゃん、小さい頃から可愛い子だったわよね」


「まぁ…」


「いつもあなたの後ろをついて歩いて」


母は懐かしそうに笑う。


「あなたが転んだ時も、泣きながら一緒に泣いてたわ」


そんなこと、あったっけ。


「お母さんから見ても、萌ちゃんは良い子よ」


俺は黙って、ご飯を食べる。


母は続ける。


「大切にしなさいね」


その言葉が、胸に刺さる。


「……うん」


でも、心の奥で。


(俺、萌を大切にしてたのか?)


答えは、出ない。



午後。


母と買い物に行った。

スーパーで食材を買う。


帰り道、母が言う。


「萌ちゃん、元気にしてる?」

「多分」

「最近会ってないの?」

「学校では会ってる」

「そう」


母は少し寂しそうに笑う。


「お母さん、萌ちゃんのこと娘みたいに思ってたのよ」


「大げさだろ」


「だって、小さい頃からずっと一緒だったもの」


確かに。


萌は、いつも俺の家に来てた。

一緒にゲームして、漫画読んで、宿題して。


母も、萌のことを可愛がってた。


「また遊びに来てくれるといいわね」


「……そうだな」


家に着く。


荷物を置いて、部屋に戻る。



ベッドに横になって、スマホを見る。


萌からLINEが来ている。


「片桐先輩と食事してきた。楽しかった」


短い文章。

スタンプもない。


俺は、胸がギュッとなる。


(楽しかった…?)


返信を打とうとする。


でも、何を書けばいいのか分からない。


「そっか」?

「良かったな」?

「次は俺と行こうぜ」?


どれも、違う気がする。


結局、何も送れなかった。


スマホを閉じる。


(萌…)


窓の外を見る。

夕日が、沈んでいく。


(俺、どうしたいんだ?)


答えは、出ない。


でも、一つだけ分かる。


(萌が、他の男と楽しそうにしてるのが、嫌だ)


それだけは、確かだった。



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【あとがき】

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