休憩

さこって。

僕はよくタバコを吸う。


まぁタバコと言っても電子タバコだし、めっちゃ甘いヤツだ。


元カノが煙草吸ってる人かっこいいと言っていたから吸い始めたがすぐに別れた。


彼女はタバコなんて全く吸わない経営学部の男と付き合ったらしいが消息は知らないし、彼女も僕のことは覚えていないだろう。




「あ゛ー……あま」


口の中にキャラメルの香りが広がる。


甘い煙を吐き出す度に思い出す人がいる。


別に恋人だったわけでもないし、話したのなんて片手で数え終わるぐらい少ないけど僕にとってタバコって言ったらあの人だった。




僕は当時コンビニでバイトをしており、歓楽街の離れたところに位置していたせいか迷惑客は多いがかわりにタバコ休憩だったりちょっとサボったりとかは許されていた。



「ん。めずらしーですね、先輩もタバコとか吸うんだ」




いつものように店の裏口から出てフェンス際のちっさい喫煙スペースに向かうと先客がいた。


正直あまり話したことは無い人だった。


当時の僕は大学入りたてでイキっていたし、その人は長めの黒髪に眼鏡をかけた正直話しかけにくいタイプだったから。



「……君こそタバコとか吸うんだね。成人してたんだ。」


「喧嘩売ってます?これでも成人してるんで」



少し驚いたように先輩が顔を上げ、一瞬目があった気がした。


なんとなく隣に呼ばれている気がして横のコンクリブロックに腰かけたがお互い何も言わない時間が数分続いた。



「先輩は……なんでタバコ吸ってるんすか?」



こんなこと思うのは失礼かもしれないがカッコつけで吸うタイプにも何か逃げたいことがあるタイプにも見えなかった。


だけど細い指でメタルチックな銀の電子タバコを持つ姿は様になっていて、うすい唇から漏れ出る淡い煙も甘美で思わず視線を逸らした。



「気晴らしみたいな、何となく吸ってるみたいな感じ。多分口になんか入れてると落ち着くみたいなのがあるんだと思う。飴とかも好きだし」



思ったより真面目に答えてくれたがなんだか薄いような気がした。


僕が聞いた時に眼鏡の奥の黒い瞳が一瞬揺れたのはなんでなのか、なんでそんなに横顔が寂しそうなのか。




「でも…いや、なんでもないっす。」



聞きかけて踏みとどまった。


きっと、僕みたいな話したこともあまりないただのバイト先のガキなんかに聞かれたくない理由なんだろう。


先輩が少し不思議そうな顔をしていたが気にしないこととする。



「……君は?答えたんだから君も答えてくれなきゃ不平等じゃない?」



この人も人に興味とかあるんだと思い少し目を見開いて目線をあげた。



「僕は…アレっす。元カノに言われて、始めたみたいな」



自分で言ってて恥ずかしくなる、なんだかこの人には知られたくなかった。



「ふはっ…ぽいね。君っぽい。元ってことは振られた感じ?」


「そっすね。もう好きじゃないみたいな曖昧な理由で…」



厚い前髪から覗く笑顔が思ったより幼くてびっくりした。


目をくしゃっと細めて笑うタイプで実家の猫にちょっと似てた。



「へー…」



また沈黙。でもさっきよりは空気が穏やかで2人分の煙が夜の闇に混じってふわっと消えていくのを静かに眺めていた。



「…君はどんなの吸ってるの?」


「……吸う…あっ、コレっすか?」



突然静寂を破った先輩の声は少し掠れていた。


一瞬何を意図しているか分からず戸惑ったのが気恥ずかしかったが、先輩がコツコツと爪で自分のタバコをつついてくれたおかげですぐに分かった。



「僕は…甘党なんでキャラメルフレーバーのやつ吸ってます。先輩は?」



もっと大人なやつ吸っとけば良かったとなんでか分からないが後悔した。


あまりにも子供すぎるし、なんだか女々しい気がして嫌だった、嘘つけばよかったな。



「んー…結構メンソール強いヤツ吸ってるけど、吸ってみる?」


「…へ?」



いやいや突然すぎじゃないか?こんなたいして喋ったこともないヤツに自分のタバコ吸わせるとか…でも、先輩は何の下心もなさそうな目で少しからかうような笑顔を浮かべていた。



「……じゃあ、貰ってもいいですか?」



多分声は震えていた。


こんなんで心臓が馬鹿みたいに鳴ってしまうのが恥ずかしい。


そう、相手は何も思ってないというのに



「ん、どーぞ。」



渡される時に少し指先が触れてドキッとした。


この人ネイルまでしてんのかよ、今日だけで発見が多すぎて頭が破裂しそうだ。



「あっありがとうございます…」



恐る恐る口を寄せる。


さっきまであの薄い唇が触れていた吸入口が近付いて無意識に唾を飲み込んだ。


すぅっといつもの感じで煙を吸い込む。



「かはっ、げホッげほっ…えぇ?」



喉を刺すようなメンソールの香りと苦味が口内に広がり、煙の量も馬鹿みたいに多くって思わずむせた。


暫く咳き込んでいる僕を見て先輩は愉快そうにけらけら笑っていた。



「やっぱりキツかった?こうなるだろうなーとは思ってたんだけどね」



先輩が手を差し出してきたので、そのままタバコを返したが暫く煙が残って消えなくて胸を叩いて何とか抑えた。



「ね、吸わせてあげたんだし君のも吸わせてよ」



僕の咳がちょっと治まってきたのを見計らって先輩がちょっと楽しそうに眼鏡を直しながら言ってきた。気まぐれ過ぎじゃないかこの人。



「…まじでなんなんすか?いや、別にいいですけど」



困惑。距離感とか無いのかなこの人とか失礼なことを考えた。


少し躊躇いながら自分のエメラルドカラーのソレを差し出すとするっと先輩に取られてなんだか恥ずかしくなった。



「ふーん…」



先輩の手の中にあると僕が先程まで吸っていたはずのタバコもなんだかお洒落な気がした。


眼鏡の奥の目を細めて興味深そうに眺めてるのがイケナイものを見てるみたいでなんだか目が外せなかった。



「ん…」



僕が口を付けていた吸入口に先輩の口が触れる瞬間流石に目を逸らした。


これ以上はダメな気がする、踏み込んではいけない。何かが壊れるような…



「っふは、やば……あっま」



吹き出すように先輩が笑い始め、視線を先輩の方に戻す。


相変わらず笑顔が幼くてころころ楽しそうに笑っている。



「流石に甘すぎでしょ、本当にキャラメル?よく吸えるね逆に」



ちょっとツボに入ったのかくすくす笑いながら電子タバコを返してくれた。


ちょっともう吸う気にはなれなくて電源を切ってしまったけど



「僕からしたら先輩のヤツのが吸えたもんじゃ無いっすけどね、なんでそんなキツイんすか?」



ポケットにタバコをしまいながら聞いた。


きっと明確な答えは返ってこないだろうなと思いながらも



「…秘密。君にはまだ早いかなぁ…まぁ甘いのも悪くはかったかも。じゃーね」



くすっと笑って最後にちょっとだけメンソールの香りのする煙を吐き出して店内に戻って行った。


僕から逃げたように見えたけどきっと他意は無くて、単純に飽きたんだろう。


ちょっとしか話していないから微妙だけど先輩はそういう人な気がする。



「あ゛ー……やばいかも」



フェンスに身体を預けて背中を丸め呟いた。


頭が破裂しそうだ、今からどんな顔して仕事に戻ればいいんだよ。


どうせ先輩は今まで通り変わんないんだろうけど





幸か不幸か、その後仕事に戻ったが先輩はもう帰っていた。


元々シフトもそこまで被っていなかったので話す機会もあまりなく人伝てにもうバイトを辞めたらしいことを知った。


年齢も職業も何も知らない、僕が知っているのはメンソール系のタバコが好きなことと笑い顔が猫っぽいことだけ。


心の奥底でなんともいえないモヤっとしたモノが引っかかっていて、だからタバコを吸う度思い出す。








「あ、切れちゃった……」



煙が出なくなって急に現実に戻される。


あのまま先輩が1度口を付けたタバコを使い続けている。


使い捨てタイプにしなくて良かったと過去の自分を少し褒めた。



「……先輩今何してんだろな。」



小さく呟いて胸ポケットにタバコをしまう。


自分の口から漏れ出る煙にほんのりメンソールの匂いが混じった気がした。

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休憩 さこって。 @akasakana_67

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