元最強の暗殺者は恋がしたいだけなのに~剣と魔法の事件が止まらない~
だるまる
第1話 春風と血の臭い
コードネーム《ナイトファング》。
俺は王都の闇に潜み、反乱分子をひたすら葬り続けてきた。
影に生き、影に消える。それが俺のすべてだった。
だが、その日――運命が変わった。
「王様がご崩御なさった。今日をもって《冥葬隊》は解散する!」
隊長の声が闇夜に響いた瞬間、
俺は初めて“自由”というものを手に入れた。
血まみれの日々から解き放たれた俺には、ずっと憧れていた夢がある。
――それは、学園で青春を送ること!
友達を作って、授業をサボって笑い合って、そして……恋人をつくる!
バラ色の青春ってやつだ!
ちょうどアルカディア魔法学園で新年度が始まる。
学園へは二年生からの編入生として通えることになった。
今日から、ドキドキワクワクの学園ライフがスタートする。
朝の空気がうまい。
今まで空気の味なんて気にしたことなかったけど、今日のは格別だ。
花の匂いがして、空が青くて、道の脇では新入生らしき子たちが笑っている。
……これが“平和”ってやつか。
王都の裏路地で血と鉄の匂いしか知らなかった俺には、すべてがまぶしく見えた。
「よしっ!」
思わず声に出してガッツポーズをする。
通りすがりの生徒に「誰だあれ」みたいな目で見られたけど気にしない。
今日から俺は“普通の学生”なんだ!
友達を作って、放課後にカフェで青春トークとかしちゃうんだ!
そう思うと胸が熱くなって、足取りが軽くなる。
見えてきたのは――アルカディア魔法学園の巨大な校門。
白い石造りの門柱に、淡い金の文字で学園の紋章が輝いている。
俺は思わず、門をくぐる瞬間に小さく呟いた。
「はぁ……まじで夢みたいだな」
胸が高鳴る。
この門の先には、俺の“新しい人生”が待っている。
殺しも血もない、普通の青春。
そのとき――
花壇のそばでしゃがみ込み、じっと花に水をやる少女の姿が目に入った。
淡い金糸を束ねたような髪が春の風にふわりと舞い、
長いまつ毛の影が白磁の頬に落ちる。
陽光を受けて煌めく瞳は、左右で異なる色をしていた。
右はエメラルドグリーン。
左は琥珀を溶かしたような金色。
陽の光を受けた瞳は、どこか遠くの季節を映しているみたいだった。
その姿がまるで美しい絵画のようで、
俺は思わず足を止めて見入ってしまった。
「花、お好きなのですか?」
突然声をかけられ、心臓が変な音を立てた。
とても柔らかい声。今までの人生で馴染みがない音色。
「あ、えっと……」
言葉が出てこない。
正直、花に興味を持ったことなんて一度もない。
暗殺しかしてこなかった人間に、花の感想なんてあるはずがない。
嘘でも好きって言った方がいいのか?
それとも正直に「特に興味ない」って言った方がいいのか?
まともな対人コミュニケーションをやってこなかったから、正解が分からない。
必死に考えていると――
「ふふっ。そんな真剣に考えなくてもいいのに」
彼女が小さく笑った。
微笑んだ唇の動きまで、花びらが開くように柔らかかった。
「好き、という気持ちは考え込んでわかるものではありませんよ」
「そういうものなんですか?」
「少なくとも私は、そう思っています」
「あ、自己紹介がまだでしたね。
私はリシア・アルカディア。今日から二年生として転入します」
「アルカディア……第4王女の?」
そう、アルカディアというのは王族の苗字である。
「ええ。一応は・・・。ここではただの生徒なので、気軽に接していただけると嬉しいです」
気軽に…
とりあえず、元気よく片手を上げて陽気に挨拶してみる。
「よ、よう!」
「ふふふっ。そうそう、そんな感じです」
何がおかしいのか、楽しそうに笑っている。
そんなリシアさんを見ていると、なんだかこっちまで楽しい気分になってくる。
「俺はカイ。最高の青春をおくるために、今日から二年生として転入する」
「最高の青春・・・ですか?」
目を細めて微笑んでいる。
その微笑みは、春の陽だまりみたいに優しかった。
「そう!友達をたくさん作って、恋人・・・を作る!」
言っていて急に恥ずかしくなってきた。
顔が赤くなっているのが自分でも分かる。
「ふふっ。では、まずはお友達としてよろしくお願いします。
カイさん」
「お、おう!こちらこそよろしく!」
うおおおお!!
やったー!!さっそく友達ができたぞ!!
リシアさんは小さく笑っている。
春の陽を受けたオッドアイが、光を反射してきらりと輝く。
俺はついついその美しい瞳をじーっと見てしまっていた。
「この目が気になりますか?」
「あ、すまん。あまりにも綺麗だから、つい・・・」
「……え?」
一瞬だけ目を見開く。
その表情には、驚きと――少しの戸惑いが混ざっていた。
「す、すまん!」
「いえ……謝ることはありません。ただ……」
彼女は視線を少しだけ落とした。
「気味悪がられることはあれど“綺麗”と言われたのは、初めてだったので」
「初めて?そんなに綺麗なのに」
「ふふっ……ありがとうございます」
風が吹き、花びらが二人の間を舞い上がる。
「カイさん、良かったら私と一緒に花を育ててみませんか?」
「うまく育てられる自信ないが、それでも大丈夫か?」
「もちろんです」
ヤバい、美女と花を育てる学園生活……!
これは青春イベントのフラグじゃないのか!?
俺は血なまぐさい生活とはもうおさらばだと心の中でガッツポーズを取った。
これからはリシアと花を育てて、キャッキャウフフな学園生活を送るんだ。
そして仲良くなったら、もしかしたら恋人にだって――。
自然と頬がゆるんでしまう。
やばい、ニヤけが止まらない。
キモいと思われないように我慢しなきゃ……いや、無理だ。
こんなのニヤけるに決まって――
その瞬間、鋭い殺気が空気を裂いた。
ヒュンッ――キンッ!
闇のように黒い羽根型の刃が、リシアめがけて飛んできた。
俺は反射的に短剣を抜き、金属音を響かせて弾き落とす。
花びらが散る庭に、黒羽刃が突き刺さり、微かに煙を上げた。
恐らく麻酔のたぐいだろう。目的は王女の誘拐か・・・?
キンッ、キキンッ!
続けざまに飛んでくる黒羽刃を、俺は一切の無駄なく叩き落とす。
黒羽刃が地面に突き刺さり、春風の中でカタリと揺れた。
花と風と光に包まれた庭が、突如として血なまぐさい空気を帯びる――。
黒羽刃。――この手口、まさか。
暗殺者の襲撃。
バラ色になるはずだった学園生活は、初日から戦いの幕を開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます