第9話
「そうだよな。疑って当然だ。だって俺自身が千昌に対する気持ちが男女間の好きかどうかわからなくて、ずっと考えてきたって言ったじゃん。でも、辛いとき思い出すのは千昌で。告白してきた子と千昌を比べたり。千昌が違う人と付き合っているところを想像したら、ムカッとするし、俺が他の人と付き合ってみても、つい千昌と比べたり思い出すんだよ。これって、好きってことだろ」
そうだったらいい、でも。
「いやいやいや、連絡なくて六年。急に現れて告白?」
「他に好きな人できた?」
「違う。好きだけど」
「じゃあ……」
「よくない。蒼はさ、仕事辞めたところだろ。これまで仕事で辛かったから僕を好きだと思ったかもしんないじゃん」
「そうかな?」
「会っていない六年間で、僕のことを美化している可能性だってあるだろ?」
と言うと、確認しようとしているのか、じっと見られて目をそらした。
「とにかく、しばらく保留で」
「ええー」
「不満そうだね」
「それはそう。でも、断られるよりはいい。けど、千昌はまだ俺のこと好きなんだろ?」
さっきから、なんなんだ。どうしたんだ。
慣れない問いに、心臓が痛くなるほど脈打っている。
喉だってカラカラだ。ふと気がつけば、強くグラスをにぎりしめたせいで、爪が白くなっている。
それでも、ごまかしたくはなかった。
「そう、だね」
と言うと、ぱっと顔を明るくした。
「よかった。俺のこと好きだって言うのに、保留だって言うから、ぎゅっとしたりできないじゃん」
「はっ……、したいの?」
「したい」
意外だ。意外過ぎて、僕の頭の中は真っ白。
「千昌、大丈夫?」
呆けすぎていたようで、千昌が手をかざしてきた。
目の前の手から逃れるように少し後ろへとさがる。
「六年間も音沙汰がなかったのに、急にここへきて『好きだ』とか、信じられないよ」
「正論だな。わかった。期限なしの保留でいい。ところで、千昌の腕の筋肉、マジで惚れる」
「なに言ってんだよ」
「見た目細いけど、よぶんな肉がなくて筋肉質なのがわかる。高校のときより体引き締まってるし」
こんなふうに褒められたのは初めてだ。
照れくさくて、顔が見られない。
「ちょっと触ってみていいか?」
「腕?」
指をさされた腕を、「どうぞ」と蒼の前に差しだす。
両手でさわられて、背筋がぞくっとする。気持ちが入っていないただのボディータッチなのに、くすぐったいよりも妙な気になる。それに抗おうと自然と腕に力が入った。
蒼は、「すげー、上腕二頭筋」と、興味津々な顔で触っている。
けど、僕の表情に気づいた蒼が、「わ、わるい。触りすぎた」と、慌てて手を引っ込めた。
「くすぐったかっただけだから」
そう誤魔化した。
「千昌がそう言うなら、そう言うことにしとく」
蒼が意味深な笑みを浮かべている。
僕は、はーと息をはきだし顔を手で覆った。
きっと、僕の気持ちがバレてる。顔が熱いから赤くなってるはず。
落ち着こうと、麦茶を注ぎ、一気に飲んだ。
「ほら、こういうとき、ぎゅっとしたいじゃないか」
「な、なんでさ?」
「いいよ。わからなくて。オレだけ知ってればいいから」
満足げな笑みを浮かべてから、「じゃあ、帰るよ」と言った。
「え、もう?」
夕飯までいるのかと思っていた。
「ああ。今日は俺の気持ちを伝えにきただけ。あと、謝りに」
すまなそうな顔で頭をさげた。
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