第6話
その日、我が家にやってきた蒼と、庭で茶色くなった向日葵を見上げていた。
「俺さ、この向日葵みたいに在りたいって思ってた。でも、なかなか難しいもんだな」
「夏祭り、大成功だったじゃない。来た人は楽しそうだった。それって蒼が頑張った証拠だろ」
「まあな。うん、俺頑張ったと自分でも思う。けど、まだなにかやれたんじゃないかって」
「……」
「なんだよ、その『げっ』っていう顔」
「いや、その」
「はっきり言えって」
「怒らないでよ」
「ないよ」
「欲張り」
言えば、きっと顔をしかめると思った。でも、蒼は違って、
「ふっ、はははっ」
と、僕の言ったことを吹き飛ばすように笑った。
「そうなんだ。俺ってマジで欲深い。しかも、底なし」
蒼はニヤッと笑って、僕を見た。
ドキッとした。
今までのいい子みたいな優等生のような顔じゃなくて、前にみた苦悶していたときみたいに、違う一面の蒼を見た。
「やってもやっても『満足』しないんだ。もっと、もっとできるだろ、って別の俺が言ってくんの」
笑って言っているのに、どこか悲痛な叫びが見え隠れする笑みに、ヒヤリとした。頑張っている姿を知っている。僕が聞いた他の人が言う蒼の評価も知っている。それは全部賛美なのに、彼はそれを知らないような顔をする。
まだ、足りない。
そう言っているみたいに思えた。
僕は手を伸ばして花びらも茶色になりかけた向日葵から、種を指でつまんで取った。ぎゅっと詰まった実は、取りにくい。けれど、一つ取れれば、あとは簡単に取れる。もっといえば、乾燥させればもっと簡単にぽろぽろ取れる。
「はい。食べる?」
「食べんの?」
僕はうなずいて、殻をむいて食べた。ほろ苦さもあるけれど、ほんのりと甘みもあるその実をかみ砕いた。
「リスだってさ、食べきれなかったらほほ袋に入れて、冬に食べれるように隠すだろ」
「そうだな……?」
「それに、向日葵の種は食べすぎるとダメなんだぞ」
「だから?」
「蒼は、リスでいえばほほ袋いっぱいにつめこんだ状態なんだよ。で、人間でいえば、向日葵の種で腹はふくれなくても、食べてもいい量を蒼はたべているってこと」
「千昌は、俺がもう限界だって言ってるわけ?」
「違う。すごいってこと」
「え?」
「僕だったら途中で、まいっかって放り出して手を抜いてる。なのに蒼は、手を緩めなかった。蒼はまだまだだって思っているかもしれないけど、僕からしたら『そこまでできない』だ。だから、お疲れさん。ほんと頑張ってたよ」
「……千昌、ありがと」
と言うと、蒼ががばっと抱きついてきた。
「え、ちょっ、ちょっと」
戸惑いつつ、蒼の体温を感じて胸が高鳴った。
蒼にとっては、感謝のハグだ。
でも、僕にとっては違った。そのときわかった。
ああ、僕は蒼が好きなんだと。
明るく向日葵みたいな蒼も、自分の限界に悔しそうにする姿も、もっと貪欲にその限界の先を欲する蒼も、多面的な部分を見つけるたびに惹かれていく。
もっと違う面が隠れているようで、見つけたくなる。
これって蒼と同じ。僕も貪欲だ。
ふっと苦笑して、トントンと背中をたたいた。
「この向日葵の種、少しもらってもいいか?」
蒼は僕をハグから解放してから聞いてきた。
「乾燥してから持って行くよ」
僕はそれから二週間後、袋いっぱいの種を渡した。
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