05 月とコウモリ

「まったくもう。しょうがないわねぇ」


 キーラは溜め息を吐き、門のほうへと駆け出した。失敗から逃げず、きちんと始末はつけるつもりであるらしい。こうやって責任をしっかり持とうとするからこそ、旦那様も彼女の好きにさせるのだろう。


 さて、ティミーは門の手前にいた。敷地内外を仕切る門は閉ざされており、これ以上逃げ出すことができなかったのだ。

 ティミーは門の格子を両手で握るだけで、黙って静かに立っていた。メーガンが説得しようとしているが、何も反応しない。怯えてはいないようだが――アリエッタは、その背中に何処か哀愁のようなものを感じた。

 キーラは堂々と、それでいながら慎重に、ティミーの傍まで歩いていった。その肩に手を置くと、迷子の仔猫のような顔で、ティミーが振り返る。


「どうしてお化けが怖いの?」

「お化けは……僕たちを連れていこうとするから」

「あら。何処に?」

「…………お化けの世界」


 昔から、大人たちは子どもの夜遊びを嗜めるためにお化けを利用した。早く寝ない子は、お化けに連れ去られてしまうよ、なんて。小さい頃にしか通用しない冗談だけれど。

 でも、ティミーは九歳になった今も、信じて怯えているようだ。キーラの言う通り、想像力豊かなのだろう。『お化けの世界に行ってみたい』などと言っていたキーラとは、方向性が違うようだけれど。

 さて、我らがお嬢様はどうするだろう。アリエッタたち大人は見守る。


「そうね。確かにお化けは、私たちを何処かに連れていきたがる」


 うんうん、と頷き、キーラは少しだけ前に身体を折った。歳下の男の子に目線を合わせる。


「でもね。お化けって、実はそんなに強くないのよ。怯えるような子は、騙したり脅かしたりして、簡単に連れていけるけど。こっちがちょっとでも強いって分かったら、借りてきた猫のようにおとなしくなるんだから」


 怯えた表情のティミーの眉根が少しだけ寄る。期待と不安の目で、歳上の従姉の話に真剣に耳を傾けていた。


「あなたは、私が守ってあげる。魔女だから簡単よ」


 そうして身体を起こし、胸を張った。


「だから、あなたはその間に強くなりなさい。お化けなんて、簡単に跳ね除けられるくらいに」


 キーラを見上げるティミーの目の色が変わる。尊敬か憧れか。アリエッタには正確には読み取れなかったけれども、少年が従姉に心を許してきているのは感じ取れた。

 アリエッタは心の中で、密かにキーラに拍手を贈る。彼女は子どもの扱いが上手いようだ。一人っ子なのに、何処で覚えてきたのやら。


「……僕にできるかな?」

「少なくともやってみないことには、できるようにならないわ」

「そっか……」


 納得しつつも、まだ不安そうだ。


「しょうがないわね。それじゃ、私がいないときもあなたを守ってくれるお守りをあげる」


 キーラはドレスのポケットを弄った。取り出したそれを、ティミーのシャツのポケットに留める。

 月とコウモリのピンバッジだ。満月にかかるように、翼を広げたコウモリが描かれている。あれは昨年のハロウィンに街で配られていたものだ、とアリエッタは思い出した。奥にしまい込んでいたというのに、いつの間に引っ張り出していたのだろうか。


「悪霊が来ないよう満月がいつも監視をしているし、万が一悪いものがやってきたらコウモリが追い払ってくれる。これで私がいないときも安心よ」


 ティミーは服を引っ張り、バッジをしげしげと眺めて、ようやく安堵の表情を浮かべた。キーラはまんまと彼の心を開くことに成功したようである。

 それにしても、大した思いつきだ。日頃本に親しんでいるからだろうか、お嬢様はなかなかの即興力がおありのようである。

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