「父よ、あなたの愛車は、舞台で“伝説”になる。」

志乃原七海

第1話:革命前夜、あるいは文化祭の教室「ブラックエンジェルズがいいと思う人!」



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### 商用車革命劇『三人の騎士』


文化祭まで一ヶ月。

放課後の2年F組の教室は、来るべき決戦を前にした作戦会議のような熱気に満ちていた。教壇に立った担任の鈴木先生が、パン、と手を叩く。

「さあ、みんな!今年の文化祭でやる舞台劇の出し物を決めるぞ!やりたい芝居はあるか?」

「『ワンピース』!」「『るろうに剣心』!」「いや『ハンターハンター』だろ!」

メジャーな少年漫画原作の案が飛び交う中、クラスの隅で腕を組んでいた渋好みの男子が「…『ブラックエンジェルズ』」とボソッと呟いた。

すると、その隣の男子がすかさず立ち上がる。

「よし、『ブラックエンジェルズ』がいいと思う人!」

シーン…と静まり返る教室に、パラ…と数人の男子がおずおずと手を挙げた。

「なんなんだよ?ブラックエンジェルズってよ(笑)」

先生が呆れたようにツッコむ。

「渋すぎるだろ! 絶対PTAからクレーム来るやつじゃないか!」

すると今度は、別の女子グループから「えー、『気まぐれオレンジロード』みたいなキュンとするのがいいな!」と甘い声が上がった。

「なんだよ?気まぐれオレンジロードってよ(笑)お前ら、絶対知らねーだろ!(笑)親の影響か!」

先生はもう一度頭を抱える。「スケールがデカすぎたり、内容がハードすぎたり、君たち生まれる前の作品だったり! もっとこう、まとまりのある案はないのか!」


その時、クラスの喧騒を切り裂くように、わたし、高木はまっすぐに手を挙げた。

「はい!わたしは、『三人の騎士』を提案します!」

クラシックな響きに、クラスが少しだけざわめく。わたしは構わず続けた。

「監督、脚本、演出、そして主演はこのわたしが務めます!」


そして、この物語の核心を告げた。

「物語の主役となる三騎士の名は…ハイエース、タウンエース、レジアスエース! この三騎士が、民を虐げる王族に革命を起こすのです!(笑)」


一瞬の静寂の後、教室は爆笑の渦に包まれた。日産とトヨタの商用車が騎士になるという突拍子もないアイデアに、誰もが腹を抱えて笑った。

「ターゲットは、ずばり職人さんです! お父様方の心に響く劇をやりましょう!」

わたしのプレゼンに、クラスの心は完全に一つになった。


そして、物語の敵役も明かされた。

「民からガソリンを搾り取り、豪華な城に住まう諸悪の根源…! それは、憎きエルグランド王! そしてその傍らでふんぞり返る、アルファード王妃です! 我らが三騎士は、この二人を討伐するために旅立ちます!」

「敵、つえええ!」「勝ち目あるのかよ!」

高級ミニバンというあまりに強大なラスボスの登場に、クラスのボルテージは最高潮に達した。


***


数日後。第一回の脚本読み合わせが行われた。

わたしはもちろんリーダー格のハイエース役。ツッコミ役の佐藤くんがタウンエース役、ほんわか系の田中さんがレジアスエース役、そしてエルグランド王はなぜかノリノリの鈴木先生が担当することになった。


しかし、早速脚本への「あらさがし」が始まった。


「ハイエースとレジアスエースって兄弟車なのに、なんで『遠い村で出会った』設定なんだ?」

佐藤くんの鋭い指摘に、わたしは落ち着き払って答える。

「それは、生き別れの双子という伏線です。終盤、二人のエンブレムが共鳴し、真の力に目覚める感動的なシーンに繋がります」


「武器が『電動インパクトドライバー』で、盾が『アルミ製脚立』なのはどうして…?」

田中さんの素朴な疑問には、こう答えた。

「職人さんへの訴求力を高めるためです! 彼らの日常の道具が、舞台で輝く武器になる。感情入の極意です!」


先生からは、「エルグランド王のセリフが、あまりに商用車を見下しすぎててクレームが来ないか?」と懸念が示されたが、「階級社会の残酷さと驕りを表現するには必要不可欠です!」と説得した。


最後に、佐藤くんが核心を突いた。

「そもそも、なんで俺のタウンエースだけ、ちょっと格下なんだ? パワー不足じゃないか?」


教室に緊張が走る。だが、これも想定内だった。

「タウンエースは、体格のハンデと出自にコンプレックスを抱えながらも、小回りの良さと低燃費という武器で成長していく、『もう一人の主人公』なんですよ! クライマックスで、エルグランド城の狭い通気口から内部に侵入できるのは、君だけです!」


その解説に、佐藤くんの目に炎が宿った。

「うおおお! 燃えてきたー!」


こうして、幾多の疑問や設定の『あら』は、わたしの完璧な解説によって全て伏線へと昇華された。

働く車たちの希望をその広い荷台に乗せて、2年F組の、そして三人の騎士の熱い文化祭が、今、静かに幕を開けたのだった。

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