第34話 白の街3

 目を見開く。

 セキエイが王子だとバレている。

「もし三日ほど前に、こちらに来られていたら、貴方方はハルルに着いていたことでしょう」

「……俺たちをどうしたい」

 剣もなにもないがセキエイが僕の手を握った。もしもの場合、逃げるつもりなのだ。

「王子、ここには子供たちがおりますぞ」

「脅すか」

 セキエイの怒りが高まっていくのが分かる。

 リンカもリンカだ。セキエイが怒ることを分かって喋り、まともな判断をさせないかのようだ。

「セキエイ、セキエイ」

 言葉を投げかけるが、怒っているセキエイに届かない。

 ここまで来て、急に身分を知られ、焦るのも仕方がないし、子供たちを人質扱いされるという現状は危ない。

 紅茶だってかけることもできれば割ってナイフにだってできる。

「まずは、なぜ貴方方を知っているかをお話しましょう。簡単に言えばマステール領から貴方たちのことを聞いたからです。しかし、ソウロウに来ることはない、と思っておりました」

 リンカはハルルに直行するなら、こちらに来ないだろうと踏んでいたのだ。それが子供たちを連れてやって来た。

「ここには一度も来たことがないはずだ。容姿も違う」

「確かでございます。しかし、カンロとアムリタという飛馬は貴方様だけの子たちだと聞き及んでおります」

 ぐっとセキエイの顔が歪む。

「ここが領地になったのは貴方方を捕まえ、事にマステールに引き渡すのを円滑にするのと、兵などを配置できるようにすることによります。元々ソウロウは中立の街でございますので」

 セキエイの怒りの顔を見てもリンカは怯える様子もなく、淡々と語り、それがさらにセキエイを煽ってしまっている。

「そのままハルルにも兵を置くつもりだったのでしょう。だが、貴方方の方が早いはずでした」

「子供たちのせいではない! 俺たちが決断したことだ!」

 リンカは「そうでしょうとも」と紅茶を飲んだ。

「裏路地の子供たち」

 ふと、あの街の人たちしか知らない言葉をリンカは口にしてカップを机に置く。

「……おれは、別の街だったが裏路地に住んでたガキなんだ」

 聞いていたフーギリアが目を伏せながら言う。

「あんたらがなにをしているか、会ったときから分かった。ガキ共を、ここまで連れてきてくれたんだって。ここまでくれば学校にも教会にも通えるし、衣食住を与えてくれる。おれは一人でここまで来た。だが、あんたらみたいな大人がいるとは思えなかったけど、本当にいるんだって」

 フーギリアは黙り、自分の過去を思い出しているのか。彼も「置いてきてしまった子」たちがいるのだろうか。それが心のしこりになっているかもしれない。

 山賊に立ち向かい、掃討した男。

 彼は少しでもソウロウに来れるよう道を開いていたのでは、そんな妄想が頭の中で流れた。

「話が脱線しましたな。子らをここまで連れてきてくださり誠に感謝しております。その身でありながら貴方方は選んだ。素晴らしいことです。だからこそ、という話になりましょう」

 ぴたっとセキエイの怒りが止まる。

 そして黙って、

「懲罰ものだ」と吐き出す。

「……わたくし共に、貴方方に対して義理はございません。だが、路地裏の子供だったのはフーギリアだけではないのです」

 リンカは笑って僕らを見た。

 一瞬で、この人もそうだったのだと理解する。

「明日までございます。これ以上は耐えられません」

 僕は自然に頭を下げた。

 セキエイも落ち着いて「すまなかった」と頭を下げる。

 リンカは、ぱんぱんと手を叩くと、確かアオザイと言ったか、それを着た女性が現れて「お部屋にご案内を」と言う。

 そこでやっと立ち上がり、もう一度、リンカに頭を下げる。

 子供たちに何と言おう。

 ピキは嫌がるかもしれない。

 ここまできて、あの子たちはだと思っていた。

『お別れだよ』

 そう言えるだろうか。ヴィムとクオンやミサーラにピキ、アルシュバッドの顔が浮かぶ。どの子も、自分の子のように接し、道中を走り、

「アキラ?」

 俯いているのを心配されたのか、セキエイが僕に声をかける。

「子供たちのことを考えてて」

 正直に答えて、セキエイの裾を握った。

「短いね、明日までって、どう言ったらいいのかな」

 路地裏に住まうようになった原因は、親が育児放棄したからだ。この別れは同じではないだろうか。特に小さいピキは、僕たちが離れていくか理解できないだろう。

「こちらです」

 使用人の彼女が扉を開けて、中に入ると一人椅子に座るアルシュバッドとベッドで寝るピキに、残りの三人は外を見ながら、あれやこれやと喋っていた。


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