第6話 会い2

 んん? と思考が一瞬ローディングして、

「順番に、順番に聞いていい?」

「なんだ?」

 きょとんとセキエイは顔の色を変えず、僕の質問をまっている。


 聞きたいことから、息を吸って吐いて口を開けた。

「とりあえず、セキエイは第二王子」

「ああ」

「僕が召喚っていうのか、そういうのになったのは?」


 一応、ここが本題な気がする。僕は仮に現実世界にいたのだから、こういうことが起きたのはなんらかの理由があるはずだ。

「それは獣の儀についてだ。これは獣を呼んで、それを食べると万病に効くと言われている。その、今、父が伏せっていて食べさせてやりたいとの母上の願いで」

 そうか、いい話だ。いい話なんだが、


「いや! なんで僕が召喚されてるの!?」

「……」

「なんで黙るの」

 セキエイは瞳をそらしてバツの悪い顔になる。

「思い浮かべてしまったんだ」

「?」

「おまえを思い浮かべてしまったんだ」


 視線を床に、落ち込んだ声音でセキエイは言う。

「本当なら兄が獣を召喚するはずで、その最中は該当の獣を思い浮かべながら、それを召喚する」

 あー、なるほどね、なるほど。一緒に床を見ながら僕は納得する。

 セキエイは、僕を思い描いてしまったのだ。

 なんで思い描くのさ。


「……今日は会う日だろ」

「そうだね」

 そばに置いていた丸い水晶みたいなものを持ち、それを撫でる。

「俺は、あまり王族としての才能がない。剣術も座学も平均でなにかしら得失なものがないんだ」


 そう聞いて僕は同じく床がぐにゃりと歪んだ。

 なにもない。秀でたものはない。しまいには舐められる。

 王族という仕組みはわからないけれど、セキエイは自分を恥だと思っているのだ。


「獣を召喚すればいいだけだった。その最中にアキラを思い出した。これが終わればアキラに会えると。兄なら簡単に呼び出せるのを三十分もかかった」

 ああ、と床からセキエイを見る。

 そして、ゆっくりと抱きしめた。

「アキラ?」

「もっと聞きたいことはあるけれど、召喚されちゃった原因は、まあ、納得しとく」


 本当は「帰れるの?」「なんで今日に会うと言っていたの」など聞きたいことはあるが、セキエイの落ち込んだ声音を聞いて、少し、ほんの少しだけ、同情する。

「セキエイ、今日は疲れたでしょ。もう休もう?」

 言葉は届いたのか、酷く悲しい顔をさせてしまった。

 なにか言いたげで、口を開くがセキエイはなにも言えずに立ち上がる。

「すまない。俺が、今日、会おうと言ったのは」

「……」

「この儀式で俺の情けないところをアキラで隠すためだった。最低ですまない」


 玉を持って、ふらふらと歩きだしたセキエイに、僕は不安になって抱きついた。

「アキラ?」

「僕もそうだから。大丈夫、僕はセキエイの味方だから」

 セキエイは目を見開いて、肩に顔を埋めた僕を、おずおずと抱きしめる。

「これからアキラの処遇が決まる。俺は……俺は、アキラを」

「セキエイ、少し屈んで」


 僕はそう言い、セキエイにキスをした。

 驚いた顔が見える。

「好きだよ、セキエイ。どんなことでも会えてよかった」


 僕たちは『情けない』同士だった。自分に自信がなくて自分が嫌いで生きていることが情けないとか思ってしまって、

「セキエイと、こんなに近かったんだね」

「……アキラ」

 また抱きしめて、

「どんな結果でもいいよ。セキエイが少しでも僕を好きでいてくれたことが分かったから、あ、でも、死ぬのは、ちょっと怖いな」


 そんな言葉にセキエイは、ぐっと力を込めているような顔をする。

「……」

 少しの沈黙があって、セキエイは僕の腕を離した。

 どちらともなにも言わず、見つめ合ってから、セキエイは牢屋を出て歩いていく。

 二人っきりで会うのは最後かな、思いながら暖かい温もりを思い出し、簡易なベッドに座って、膝を抱いた。


「好きって言ってもらいたかったな」

 ちょっとしたわがままを口にしながら、どんなことになるのか想像する。

 失敗したとしてセキエイの責任になってしまうだろうか。それとも人間が食事に使われるだろうか。はたまた牢屋で飼い殺しだろうか。


「セキエイ」

 呟いても出て行ってしまった背中は、もう見えない。

 不安なのは当たり前なのだが、それよりもセキエイが失敗したことにより糾弾されるのが、少しだけ嫌だった。


 傷ついたセキエイの瞳は澱むだろう。

 でも、それでも、もっと心を支配するのは、

「会えてよかった」

 そういう気持ちだった。

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