わたしの世界はひっくりかえる

春日七草

わたしの世界はひっくりかえる

 明日は希望に満ちていて、となりにはユキがいる。


 学校に行くのが楽しみだ。


 ――そんな日々はもう終わった。


 裏切り。無視。悪口。イジメ。汚された席。ゴミ箱に捨てられた上靴。


 そう、地獄の日々ってやつ。


 


 わたしは布団からゆっくり顔を出す。となりに座るユキと目が合った。


「わたしには、世界をひっくり返す、秘密の力があるって言ったら、信じる?」


 ユキがささやくように言う。


「ねえアキ」


 わたしの、イマジナリーフレンド。


 わたしにしか、見えない。さわれない。


 気づいたらいつも一緒にいた。


 どうして、わたしなんかに。


 ――ユキ。


「その力は、一度しか使えないの」


 ユキのいつもの、与太話。


「聞き飽きたかもしれないけど、怒らないでね」


 わたしは苦笑する。怒れるわけがない。


「ねえアキ、怒ってる?」


 ユキは笑っている。


 わたしは布団にもぐりこむ。暖かい布団に頭まで包まれると、少し心が安らいだ。




 冷たい風が入ってくる。


 廊下の窓ガラスが割れている。


 ここは職員室。ほかの先生たちもチラチラこちらを見ている。


 神妙な顔のクラスメイト。しかし、まだ笑いをこらえているようだ。


 先生が厳しい顔で言う。


「間違いないんだな?」


 今度こそは、信じてくれるかもしれない。


「お前がやったんだな」


 そんな思いは、先生の言葉でたち消えた。


 けっきょく、先生はわたしのことなんて、一度も信じてはくれなかった。


 ああ、こいつが、わたしがやったと、でっち上げたのか。


 わたしはクラスメイトを見る。


 クラスメイトの表情から、笑みが消えた。


「このことは親御さんに連絡するからな」


 わたしは足元を見る。


「ガラスは弁償してもらわなくてはならないぞ」


 その言葉に、ニヤニヤ笑う、クラスメイト。かつて、友人だと思っていた、わたしを裏切っていた、彼女。


「どうしてお前はそうなんだ」


 先生の悲しそうな顔。




 ユキだけがずっと、わたしの味方だった。


「アキは何も悪くないよ。元気を出して」


 かつて、わたしにそう言ったクラスメイト。友人だと信じていた彼女は、影でわたしの悪口を広め、孤立させた張本人だった。


 心ない言葉ばかりが耳に残る。


「うざい」「キモい」「死ねばいいのに」




 屋上の扉。鍵穴にカギを差し込み、回した。


 ――がちゃり。


 フェンスの向こう、空は青く澄み渡っている。


 わたしはゆっくりと、屋上を歩く。


「帰ろう」


 ユキはおずおずと、言葉を紡ぐ。


「アキ。これで、本当にいいの?」


 わたしは、うなずいた。


 ユキが問いかける。


「わたしには、世界をひっくり返す、秘密の力があるって言ったら、信じる?」

 

 ユキの手と、わたしの手が触れる。ユキは、わたしの手を、そっと、包みこむように握る。


「ユキ……」


「アキ、あきらめないで」


 ユキはまっすぐわたしを見つめている。


 愛しい、わたしだけの、イマジナリーフレンド。


「わたしはいつだって、あなたの味方だよ」


 ユキが言った。


 フェンスの内側で。


 わたしは笑う。そして手をはなした。


 今度こそは、この地獄から抜け出せるかもしれない。


 わたしにも、まだ、チャンスは残ってるのかもしれない。


 ――そう思うのはもうやめた。


 死んでやる。


 ここから飛び降りる。すべて終わりにしよう。


 フェンスにかけた手に力をこめる。


 のぞけばすぐ真下に遠く見える、校庭とコンクリの通路に花壇。


 わたしは足に力を入れて、踏みこむ。


 ユキが言った。


 ――ひっくりかえすよ。


 

             *


 

 ――ひっくりかえすよ。


 ユキが言った。


 わたしは足に力を入れて、踏みこむ。


 のぞけばすぐ真下に遠く見える、校庭とコンクリの通路に花壇。


 フェンスにかけた手に力をこめる。


 ここから飛び降りる。すべて終わりにしよう。


 死んでやる。


 ――そう思うのはもうやめた。


 わたしにも、まだ、チャンスは残ってるのかもしれない。


 今度こそは、この地獄から抜け出せるかもしれない。


 わたしは笑う。そして手をはなした。


 フェンスの内側で。


 ユキが言った。


「わたしはいつだって、あなたの味方だよ」


 愛しい、わたしだけの、イマジナリーフレンド。


 ユキはまっすぐわたしを見つめている。


「アキ、あきらめないで」


「ユキ……」


 ユキの手と、わたしの手が触れる。ユキは、わたしの手を、そっと、包みこむように握る。


「わたしには、世界をひっくり返す、秘密の力があるって言ったら、信じる?」


 ユキが問いかける。


 わたしは、うなずいた。


「アキ。これで、本当にいいの?」


 ユキはおずおずと、言葉を紡ぐ。


「帰ろう」


 わたしはゆっくりと、屋上を歩く。


 フェンスの向こう、空は青く澄み渡っている。


 ――がちゃり。

 

 屋上の扉。鍵穴にカギを差し込み、回した。




「うざい」「キモい」「死ねばいいのに」


 心ない言葉ばかりが耳に残る。


 かつて、わたしにそう言ったクラスメイト。友人だと信じていた彼女は、影でわたしの悪口を広め、孤立させた張本人だった。


「アキは何も悪くないよ。元気を出して」


 ユキだけがずっと、わたしの味方だった。


 


 先生の悲しそうな顔。


「どうしてお前はそうなんだ」


 その言葉に、ニヤニヤ笑う、クラスメイト。かつて、友人だと思っていた、わたしを裏切っていた、彼女。


「ガラスは弁償してもらわなくてはならないぞ」


 わたしは足元を見る。


「このことは親御さんに連絡するからな」


 クラスメイトの表情から、笑みが消えた。


 わたしはクラスメイトを見る。

 

 ああ、こいつが、わたしがやったと、でっち上げたのか。


 けっきょく、先生はわたしのことなんて、一度も信じてはくれなかった。


 そんな思いは、先生の言葉でたち消えた。


「お前がやったんだな」


 今度こそは、信じてくれるかもしれない。


「間違いないんだな?」


 先生が厳しい顔で言う。


 神妙な顔のクラスメイト。しかし、まだ笑いをこらえているようだ。


 ここは職員室。ほかの先生たちもチラチラこちらを見ている。


 廊下の窓ガラスが割れている。


 冷たい風が入ってくる。



 

 わたしは布団にもぐりこむ。暖かい布団に頭まで包まれると、少し心が安らいだ。


 ユキは笑っている。


「ねえアキ、怒ってる?」


 わたしは苦笑する。怒れるわけがない。


「聞き飽きたかもしれないけど、怒らないでね」

 

 ユキのいつもの、与太話。


「その力は、一度しか使えないの」


 ――ユキ。


 どうして、わたしなんかに。


 気づいたらいつも一緒にいた。


 わたしにしか、見えない。さわれない。


 わたしの、イマジナリーフレンド。


「ねえアキ」


 ユキがささやくように言う。


「わたしには、世界をひっくり返す、秘密の力があるって言ったら、信じる?」


 わたしは布団からゆっくり顔を出す。となりに座るユキと目が合った。




 そう、地獄の日々ってやつ。


 裏切り。無視。悪口。イジメ。汚された席。ゴミ箱に捨てられた上靴。

 

 ――そんな日々はもう終わった。


 学校に行くのが楽しみだ。

 

 明日は希望に満ちていて、となりにはユキがいる。

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