擬神ダムネーションズ ~ゲテモノ揃いの黎明社~

綾川八須

0 逢魔ヶ時は見届けた-牢檻。

孝里こうり君。……祈瀬きせ、孝里くーん」


 女声の呼び声に、孝里はトロトロとした闇から醒め、瞼を持ち上げた。まず視界に入ったのは、影と砂漠のような鮮やかなオレンジ。しかし地面は沈むような柔く微小な砂ではなく、粗く細かな隆起を繰り返す岩肌で、布越しであっても尻や太腿の裏がチクチクと痛んでいた。


 自分がどうやら俯いているらしいことに気付いて、孝里は今の体勢を脳内で組み立てていく。座り込み、項垂れ、そして腕は背後で拘束されて何かに繋がれているらしい。客観的に見れば罪人のようである――しかしそれが事実であることを、孝里は干上がった大地に地下水が滲み出すかのように、枯渇した記憶をじわじわと思い出していた。


 空気は冷たいが、炎のにおいが漂っている。周囲に松明が焚かれているらしい。この時代では松明など珍しい。時代錯誤な方法を用いて照らされるこの場が一体どこで何なのか、孝里は疑問を抱いた。洞窟の奥深くか、もしくは地下か。とにかく、電気が通っていないことは間違いない。


「起きたかい?」


 女の声で目覚めたのに、すっかりその存在を忘れていた。孝里は痛む首を大儀そうにわずかに上げて、上目遣いに視線を伸ばしていく。影が規律正しい枠の形に切り替わって、やがて錆びた鉄の格子へと辿り着いた。


 ――ここは、おりか。


 洞窟内もしくは地下の牢檻ろうかんらしい。さらに頭をもたげると、パイプ椅子に腕と脚を組んで座る、赤蜻蛉のようなラウンドサングラスを額にかけた、神韻しんいんの如きかんばせの女が片笑んで座っている。鈍色の髪はハンサムショートに整えられており、ぱっちりとした二重の目は吊りめがちで、片方ずつ色が違った。右目は黒く、左目は白い。影の差す彼女の顔立ちの中で、白い左目だけが満月のように明るく見えている。


「今の君、処刑される直前のお父さんにそっくりだね」


 女を記憶を想起させながら、声に懐古を滲ませた。彼女が思い起こす当時の場面を孝里は知らないが、何年前のことなのかは理解している。


「……親子ですから」

「そう、親子だねえ。だから、こんな状況になってしまっている」


 女は笑んだまま溜め息を鼻から漏らした。


「どうしてこうなったか、思い出せる?」

「……十年も前から、思い出さないといけないですね。でも多分、断片的にしか」

「そうかい。まあ、状況整理がてら、ゆっくり思い出してみると良い」


 孝里は従順に、記憶の度に出た。


 大勢の人々が通り過ぎて行く。景色が流れ、悍ましい異形の姿が混じる。泳ぎ、歩き、走る。そして、遡行の終着点――そして、この十年の旅路の出発点に辿り着いた。


 夕日に燃え盛るような、白亜の病室。一床のベッドの上で、オーバーテーブルを境に向かい合うよう斜めに位置取る、二人の少年少女。広げられた作文用紙。光を放つ床頭台のテレビ画面。孝里は少年に溶け込むように憑依して、その日の追体験を始めた。


 ざわざわと音が湧き立つ。作文用紙の題名は『将来の夢』。孝里の感情は退屈と憂鬱と、鮮烈な眩しさへの少しの煩わしさ。


 俯いている孝里は、少女が口を開いたことにも気付かない。


「ねえ、孝里。私、死んだら何になると思う?」


 ――そうだ、この言葉だ。


 始まりの決定打は、約束だった。

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