第4話

 元の世界では味わえない程の寝心地の良さのベッドの中で朝が来てふたりが目を覚ます。そこへ麗華が妙齢のメイド、昨日持ち物を持ち去った”メイド長”と共に入って来る。


「おはようございます、お二方。貴女方の処遇が決まりました」


 そしてユーリアとカーミラが聞きたかったであろう言葉を麗華が告げる。


「メイド達の寮に住まうことを許す代わりにメイドとして働いていただきます。そして貴女方がここで住まうための”教育”も行わせていただきます」

「あっ、ありがとうございます! 僕達、頑張りますから!」

「私達を受け入れてくれましたこと、誠に感謝痛み入りますわ!」


 麗華が住まうことの許可を出したと判断し、ユーリアは大きな声で謝辞を述べるも本来は尊大な性格のカーミラは頭を下げようとしなかった。

 が、ユーリアがカーミラの頭を押さえながら共に頭を下げる。その様を見て仕込み甲斐がありそうだと目を光らせるメイド。

 嫌な予感はするが、ひとまず事なきを得たと安堵するふたり。そこに麗華が言葉を紡ぐ。


「メイドとして働いていただく以上、おふたりの戸籍も手配いたしますわ。先程通り貴女方の”教育”につきましてはこちらのメイド長が責任をもって行わせていただきましてよ」

 ユーリアとカーミラからすると”戸籍”が何なのかはよく解らなかったが、手形を作ってくれるとふたりは解釈して住む場所は何とかなったようだった。そこに更に麗華が言葉を続ける。


「ユーリア・シュベルトブルクさんは”剣城けんじょう勇利ゆうり”。カーミラ・グレモリーさんは”呉守くれもり神良かみら”。その名でそれぞれ戸籍を手配いたしますので、これからはおふたりともその名で通して下さいませ」


 ユーリアとカーミラの新たな”名づけ”を宣言した麗華は更に続ける。


「戸籍とは、貴女方をメイドとして住まわせるために必要な”身分登録”とでもお考え下さいませ。他の諸々の手続きにも必要となりますの」

「誇り高き勇者としての名もここでは通じないということか……」

「誇り高き魔族の名を言葉遊びで愚弄するとは!? ともあれ、生き抜く為ならば敢えて受け入れましょう」


 ユーリアとカーミラは不服そうにするが、麗華はそれに意に介さず「文句は聞かない」とばかりに悠然と部屋を後にした。

 その後、元々履いていた靴ではなく上履きを履いて出入口へ行くと外履きに履き替えてメイド寮に連れて行かれる。


 寮に着けば再び上履きを履いて寮内を移動する。それから側仕えであるメイド長の指導を受けながら歯を磨いたり体を洗ったりと身だしなみを整えていく。


「レバーを動かすだけで温かいお湯が出て来るよ。しかも王都で使っている風呂よりも気持ちいい」

「この世界はとても清潔が確保されているのですわね。口の中もまるでポーションで洗い流したような清々しさですわ」

『シャンプーなどは食べ物ではありませんので飲み込んではいけませんよ。あくまで”洗剤”ですので』


 洗剤と聞いて”魔法の産物”かと勇利と神良が首を傾げつつ、体の清潔を確保したところで採寸を済ませると、大まかなサイズのメイド服がふたりに差し出される。スリーサイズの詳細も勿論記録した上で。

 バスローブに続く”この世ならざる地”の服装ながらも、メイド長の手伝いで下着とメイド服を身に纏うふたり。バスローブと同じく肌触りの良い生地と感じた。


「これを着て働くことになるのか……着心地はいいけど、魔力を感じない」

「これはまた珍妙な服ですこと……斯様な布で私の美貌を覆い隠せるとでもお思い?」


 ユーリアこと勇利は元の中性的な容姿からかメイド服を着た王子様といった風貌を漂わせている。

 もう一方のカーミラこと神良はセクシーなメイドという勇利とは対照的な印象に仕上がった。


『着終えましたか。さて、朝食の時間です。ここから既に教育が始まっていることを肝に銘じておいてください』


 着付けが終わると食事の時間を告げられる。まずはテーブルマナーを手厳しく躾けられていくことになった。

 麗華からも習った”いただきます”の合掌を食事の合図と思い出しつつ、”焼鯖定食”が勇利と神良の前に並ぶ。

 そして箸を見た勇利が興味深そうにメイド長に質問を投げかけて。


「あの、この細い二本の棒で食べるんですか?」

『その通りです。テーブルマナーはメイドに必要不可欠なスキルですので』


 メイド長が箸の持ち方から動かし方まで親身に教えていく。初めて持つ箸の動かし方に戸惑いつつもふたりはどうにか完食しようとする。

 勇利は割と難なく動かし方に慣れたものの、神良の方は箸の先を合わせるのも精一杯といった感じでまだまだ慣れない感じではあった。


「これは魚かな? 塩味が利いていて美味しいや」

(工房の主が使うような道具とも違う。これは慣れが要るな)


「こちらのスープもなかなかのものでしてよ。昨日も食したこの白い粒の集まりと合わせるとちょうどよい具合になりますわ」

(魔術師が用いておるようなタクトとも違う。ただの木材で作られただけで、魔力で扱う道具ではないようじゃの)


 と、そんな感じで朝食の焼き鯖やみそ汁を口へ運びながらその味を噛み締めていくといつの間にか食し終えていた。


「「ごちそうさまでした」」


 そう言って勇利と神良は箸を置いて合掌した。ホテルの食事とはまた異なった味わいに勇利と神良の顔はほころんでいた。


『よろしい。そちらも麗華お嬢様からお聞きになっておられたのですね。ともあれ、次は私達が住まう寮の案内を改めてさせていただきます』


 食事が終われば食器を下げるよう教わりつつ食休みする間も無くメイド長に連れられ、メイド寮の設備に関する説明を受ける勇利と神良。

 見るもの全てが”魔王城のあった地”とは異なり文明水準が高いことを改めて認識させられる。食堂や洗面所、浴場に至るまでが共同で利用するものだと教えられる。

 まるで古代の遺跡を探索するかのような好奇の瞳でドタバタと各所を往復して見て回る神良。


『他のメイドも住んでいますので、大きな音を立てたり騒いだりしてはいけませんよ。静粛を保った行動を心掛けるようにお願いします』

「申し訳ございませんわ……私としたことが……」


 早速注意を受けた神良がしょんぼりしている間も、自分達に与えられた居室での振る舞いから、共同スペースの扱いまで事細かく説明を受けていく。

 料理番は専属でいるが、キッチン以外の共同スペースはメイド達の持ち回りで掃除するようにも説明された。


『寮の説明に関しては以上となります。もし解らないことがありましたらいつでも遠慮なくお尋ねください。では、これからメイドとしての職務について説明させていただきます。しっかり覚えて行ってくださいね』


 職場見学もそこそこに勉強もさせられる忙しい日々が始まると告げられ、ふたりは目まぐるしい日常へと身を投じていくことになる。

 そして手始めに麗華の住まう屋敷の掃除について説明されていく。通りかかるメイド達から「これがお嬢様の直属になるの?」という不信と好奇が入り混じった視線を感じつつ。


『私達の寮やお嬢様が住まうお屋敷につきましては一般的な住宅の構造に準じています。掃除の手間がかかるため、天井は極端に高くなく土足は禁止されています』


 靴袋を肩にかけるふたりがその意図に関して説明される。敢えて靴を内外で使い分けて掃除のしやすくしているのかと勇利と神良は感心した。

 魔王城ほどではない高さの廊下や客室の清掃を行うメイド達の動きに関して解説される。


『床や天井はこのクロスを使って埃と共に汚れを拭き取ります。使い捨てですので、汚れたら都度新しいものを使ってください』


 布とも紙ともつかぬ不思議な切れ端を手にするとほんのりと湿っている。使い終えた後のものを捨てるための袋も近くに置いてある。

 どうやらかつて召使いや配下にさせていたモップがけ・雑巾がけの要領で実践すれば間違いないだろうとふたりは感じた。


『窓を拭く時はまた別のクロスがあります。それぞれの使い分けを覚えてくださいね』


 道具も使い分けが大事であると教わりながら、また別の作業で洗剤を使うことがあることも伝えられて「飲んだら死ぬので間違っても口にしないでくださいね」と注意も受けた。


『では、最後に。メイドにとって大事な資本のひとつ、体力を養うために運動の時間も明日から設けてあります。挫けないように頑張って付いて行ってくださいね』

「ここでも練兵があるのかな……」

「運動とは何ですの? 狩りでもしますの?」


 勇利と神良が「こんなに便利なのに」と疑問そうにしながら、メイド長が締めくくった。


『本日は職場見学ということでこれまでにします。まずは今日の内容をきちんと覚え、早くメイドとしてのスタートラインに立てるようしっかりと励んでくださいね』


 そうして日が暮れて勇利と神良はテーブルマナーの指導も受けながら夕食をいただく運びとなった。

 この日の夕食はハンバーグらしい。勇利と神良がじっくり焼かれたハンバーグが皿に置かれているのを見て感動する。


「ここでも挽肉の塊を焼く食文化はあるんだね……」

「まあ、これはまた美味しそうな香りですわね」


 ホテルで麗華から教わったカトラリーの使い方を思い出しながらハンバーグにナイフを入れて口に運ぶ。

 肉汁が口の中を満たす感触と共に腹を満たし、少し休んだらそれぞれの居室へと戻って行く。





 それぞれ与えられた居室で勇利と神良は分厚い紙の百科事典を読んでいた。勿論、ノートと鉛筆も一緒だ。


「これは筆みたいだ。木で出来ているのに書けるなんて不思議だ」

「人間の道具か。なかなか便利ではないか」


 ノートに文字を書いて日本語を覚えようとする勇利と神良。箸を握る要領で鉛筆も握っている。

 ひらがなとカタカナの表はもらってあるのでひとまずそれだけでも書いて覚えられるように伝達もされていたようだった。


「やることも覚えることも多くて疲れるよ……」

「妾たち、誠に帰れるのかの……?」


 書写を終えてベッドに延びながら独り言ちるふたり。長い一日を終えて疲れ果て、深い眠りへと就いて行った。

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