第28話 理想
俺とシアはポーネやヴァーデリオンと別れ、スラム街を出た。
流石に空気を呼んだのか、ポーネは何も言わずに俺たちを見送ってくれた。
「…………」
「…………」
スラム街に向かった時とは真逆で、今俺たちの間にはなんの会話も生まれていなかった。
スラム街を出て、そのまま大通りへと歩く。
普段であれば沈黙も心地よいものだったが、今は目を合わせづらい気まずい雰囲気が流れている。
――ホルンが一緒にいないと嫌だ。
ヴァーデリオンの誘いに対し、シアは拒否反応を示した。
彼女は馬鹿ではない。それどころか異様に鋭い時がある。
ヴァーデリオンの言葉の裏に隠されている真意をくみ取ってしまったのだろう。
自分が悪魔祓いとなってしまったら、俺と一緒に行動することはできない、と。
しばらくの間は一緒にいることができるが、いずれ引き離される時が来る。
恩寵を授かっていないただの凡人では、あまりにも危険すぎるから。
ありがたいことに、俺と一緒に行動することに固執しているシアにとって、彼のスカウトは一考の余地すら無いのだ。
「……ここが、ホルンが戦った場所?」
気付けば、俺たちは大通りの教会の前に立っていた。
ヴァーデリオンの言った通り、教会は崩壊していて進入禁止の規制がされている。
廃教会よりも無残な姿だ。
数日前の教会は消え、建物の残骸というよりも石材の山といった印象を受ける。
正教所属の職員が作業員に指示を出し、がれきを除去している風景が目に入ってくる。
「ああ」
短く答えるとシアは崩落した教会を見つめる。
まるで俺たちの戦いを想像しているようだった。
「………………まったく、怪物だな」
俺は俺で崩落した教会を見て、隣に立っているシアに聞こえないように小さな声で呟いた。
崩落を起こしたのはあの神父だ。
ハンマーなど破砕用の武装を使ったわけでもなく、ほとんどその身だけで柱を破壊し尽くしたのだろう。
俺には絶対に不可能な芸当だ。
まさに怪物。
俺のような凡人とは別種の生き物に感じられる。
そんな怪物と見紛うほどの力を持っている彼でさえ、悪魔祓いの資格は得られないらしい。せいぜいが付いていくだけで精いっぱいと。
彼でその評価ならば、俺では余りにも危険すぎるだろう。
別れる前に悪魔祓いについてヴァーデリオンから多少の事を聞いた。
悪魔祓いは、各地を回って悪魔を討滅することが職務らしい。
想像もつかないほどの金銭ももらえるとのこと。
シアの目的である外の世界を見て回るのに最適ともいえるだろう。
彼女が好きな冒険譚や英雄譚のような体験ができるかもしれない。
少なくとも、このままではいけないことはシアも分かっていたはずだ。
今の俺たちには後ろ盾も無ければ、金も無い。外の世界の常識や知識がない。
無い無い尽くしの俺たちでは、この先満足に外の世界を見に行くことは難しいことだった。
少なくとも近いうちに金を稼がなくてはいけなかった。
今回のヴァーデリオンによるスカウトは、まさに渡りに船なのだ。
本来ならば迷うことなど無いくらいの良縁。
乗ってしまえば俺と一緒に行動することができない、ということに目を瞑りさえすれば。
「シア」
「ホルン」
被せて。
シアは依然として教会を見ながら話しだす。
「分かってるの。私の目的を叶えるには、あの人の誘いに乗るのが最短の道だって」
不思議と喧騒は聞こえず、彼女の声だけが響き渡る。
「でも、私の夢は、ホルンと一緒に外の世界を見に行くこと」
夢と目的、目標は違う。
夢とは理想であり、目的とは理想から不要なものを削り取った達成可能な現実だ。
「あの人の誘いに乗ってしまえば、ホルンとは一緒に行けない。だから、断った。断るつもりだった。ゆっくりと進んでいけば良いって思ってた」
でも、とシアは付け加えた。
「でも、ホルンの話を思い出して、この冒険の跡を見て、どうしようもないほどに心が高まったの」
シアはようやくこちらを見た。
まっすぐな、決意を秘めた瞳で射貫かれる。
「だから私、決めたの」
シアは俺の胸に、指先を当て薄く笑う。
天真爛漫な笑みではなく、大人特有の妖艶さを纏っていた。
「夢も目的も、どっちも諦めない。どっちも取りに行く」
心臓が高鳴っているのを感じる。
目を見開いて、自然と笑みがこぼれた。
「私がホルンを、守って見せる。だから私に付いて来て」
「———————————」
ああ、まったく。
俺が言おうとしていたことを、そっくりそのまま返された気分だ。
顔が火照るように熱い。
血が沸騰するようだ。
その少女から視線を逸らせない。
身体が頭の制御を奪って逸らすことを許さない。
「……ふふ、決まったね」
シアは俺から一歩離れ、くるりと振り返った。
「もう迷いは無いし、この街を案内してくれる、ホルン?」
後一日しかないんでしょう?とシアは言った。
俺は苦笑する。
「分かったよ、我儘なお嬢様」
「否定できないね、だってこれからホルンにもあの人にも我儘を通すんだもん」
――――――――――――――
一日経って、俺たちはヴァーデリオンに言った。
「あなたの誘いに乗ることにします」
「本当か!?」
シアがそう言うと、ヴァーデリオンは喜色に富んだ声色で胸を下ろしていた。
半分くらいは諦めていたのだろう。
良く説得してくれた、と彼は俺へと感謝のこもった目を向けた。
が、あいにく俺は何もしてない。シアが一人で決心したのだ。
だから礼は要らないと肩を竦め、首を横に振る。
「でも、条件があります」
「ほう?」
シアは俺の腕を絡めとって言う。
「ホルンを私は離しませんから、絶対に何と言われようとも。それを了承してください」
ヴァーデリオンは一拍置いてから俺を見て、観念したように苦笑して頷く。
「……分かったよ」
わーい、と喜びのあまりに飛ぶシアから離れ、俺はヴァーデリオンに近づく。
「はは、一応言っておくけど、示し合わせてはいないよね?」
「もちろん」
「……想い合ってるね、本当に」
ヴァーデリオンがシアの条件を呑んだ理由。
それは、事前に俺が了承したからだ。
『ヴァーデリオンさん』
『うん?』
早朝、シアがまだ寝入っている時間に俺は一人抜け出してヴァーデリオンに会っていた。幸いにも彼は起きていて廃教会の掃除をしていた。
開口一番、単刀直入に彼に言ったのだ。
『俺の事を知りたい上の人たちに、一言一句違わず伝えてくれるか?』
俺が正教に呼ばれた理由。
それはただの凡人が悪魔を打倒出来たから。ただその一点のみ。
ほとんど知らないが、それがレアケース中のレアケースであることは分かる。
もしかすれば俺が初めてかもしれない。
だから、正教は俺を放っておかない。
シアやポーネよりも優先度は上だろう。
だからこそ、条件が通る。
『俺から正確な話を聞きたいのなら、俺を――』
狂人とも捉えられかねないその発言。
確かな意思をもって口にする。
『——悪魔祓いとなるシアと一緒にいさせろ』
『…………死ぬよ?』
ヴァーデリオンの心配そうな忠告に、俺は鼻で笑う。
『それで死ねるなら、俺は
危険なんて承知の上。
調子に乗っていると思われるだろうか。だがそれでもいい。
『好きな人の理想を叶える。それが俺の目的だ』
そのために、俺は自分の理想を排したのだ。
……いいや、あるいは。
「俺たちの理想は、死なないし、死なせない。一緒に歩むんだ」
―――――――
星が欲しい。
なんつってwwwwww
御免なさい。
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