三題噺ショートショート集

はるかな丘陵

秋の訪れ、少女の訪れ

「こんにちはぁ」

 店番をしていると、年端もいかない少女が入ってきた。茶色のふわふわとした長い髪と、アイボリーのレースがあしらわれたワンピース。その背丈の低さも相まって、まるで木漏れ日の注ぐ森にいる妖精のようだった。

「いらっしゃいませ。本日はいかがなさいましたか?」

 私はカウンターから出ると、しゃがんで目線を合わせる。

「これ、ありますか?」

 少女はそう言うと、紙を取り出す。その紙を受け取ると、買うものがメモされていた。小麦粉、卵、にんじん、たまねぎ。どれも小さな日用品店であるこの店にはなさそうだ。それにしても、慣れない触り心地の、薄茶けた厚い紙だ。もしかしたら羊皮紙というやつかもしれない。

「うーん、どれもこのお店には置いてないかなあ。きみ、この辺のお店ってわかる?」

 少女はふるふると首を横に振る。あと十分ほどで店長が帰ってくる。店長が帰ってきたら私の店番も終わりだ。

「じゃあ、もう少ししたらお姉さんがお店まで連れて行ってあげる。それまで待てる?」

 こくり、と少女は頷く。ただ待っているのも無言を持て余してしまうので、少女に問いかける。

「きみはどこの学校に通ってるの?」

「さいきん引っ越してきたから、まだおぼえてなくて……」

「そっかあ。じゃあお姉さんがおともだちになってあげようか」

「……う、うん!わたしはね、えまっていうの」

「えまちゃんかあ。私は詩乃。よろしくね」


 そうして他愛のない話をしていたところ、予定通り店長が帰ってきた。事情を説明して少女を送り届けることにする。

「えまちゃん。手、繋ごっか」

 迷子にならないように手を繋ぐと、少女の歩幅に合わせてゆっくりと歩く。

 近くのスーパーはいつもなら店から歩いてほどの十分ほど、少女と歩くと十五分ほどの距離だった。そこで、メモに書いてあった品物を二人で探していく。置いてある場所がわかりやすいものばかりなので、あまり手間取らずに少女のおつかいを終えることができた。レジ袋を持って、スーパーを出る。少女は、このスーパーからだと道中で迷ってしまうだろう。せめて店の前までは送り届けることにする。秋の日差しは気が早い。店に着いたころには午後四時にも関わらず、夕暮れの気配を醸し出していた。

「詩乃おねえさん、今日はありがとう」

 店に着くと、少女は言う。

「どういたしまして。気をつけてね」

 私もにこやかに返す。

「詩乃おねえさん、またねぇ」

 そう言いながら小さい足で駆け出していく。私から視線を外して前を向いた瞬間、ふわりと長い髪が揺れる。耳が露わになる。

 そこには、細長く、先の長い耳があった。

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