11通目 麗しきあなた様へ

 過去に栄えていた名家


 もう誰もいなくなった山深い場所にある屋敷に入っていく人影


 その名家の遠縁にあたる男は押し付けられる形で相続した古びた屋敷の中を見て回っている


 男は使用人の部屋と思われる場所で錆びついてボロボロになった簡易金庫をみつけた


 ちょっと触っただけで簡単に開いたそれの中に特別厳重に封のされた一通の手紙があった


◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


この手紙があなた様の御目に触れることは決して無いと存じますが、溢れ湧いてくるこの想いを留める事が出来ず筆を執りました


このお屋敷に仕えさせていただき始めた頃、使用人達の中で最年少だった私とお嬢様であるあなた様と歳も近く何かと目をかけていただきました


優しく話しかけていただく雰囲気に安堵したのを覚えています


麗しく聡明にご成長された後も初めの頃と変わらず接していただき、その御優しさに触れるたび密かに心躍らせる毎日でした


あなた様の笑顔を見られる事が私の最上の喜びで癒しでした


お傍に仕える者としてあなた様の幸福こそが何よりも優先されるものであると思っておりましたが、此度の御婚姻の報を聞き私の中に黒い感情が蠢くのを感じてしまいました


執事として不遜な感情である事は重々承知しております


でもあなた様の幸せを心より願っているのに、そのすぐ隣にいるのが私では無いと思うと苦しい


この想いをあなた様に打ち明ける事はありません


あなた様の幸福を妨げる物は何であろうと許せないからです


ですが今のこの想いをこの手紙に吐き出す事だけお許しくださいませ


末永くあなた様の幸福が続く事を願って止みません


私の命が続く限りあなた様にお仕えすることを誓います


麗しいお嬢様へ愛をこめて


◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆


 手紙の主がどの代の執事なのかも分からない


 彼はおそらく気持ちを隠したまま仕えてくれたのだろう


 手紙をそっと戻し金庫を閉じた


 彼にも多くの幸福があった事を願うばかりである

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