短編小説|霞む街

Popon

冒頭

ある楽曲をもとに広がった物語。

旋律に導かれるように、ページをめくるたび新しい景色が立ち上がる――それが「香味文学」です。



***



駅前には、新しい建物が整然と並んでいた。

ガラス張りの壁面が昼の光を反射し、未来を映し出すスクリーンのように眩しい。

線路跡地には複合施設が立ち並び、高架下には明るい看板を掲げた店が軒を連ね、若者たちが吸い寄せられるように行き交っている。


少し歩を進めると、風景はゆるやかに色を変えていく。

煤けた壁、剥げかけた文字の看板、歩道に押し出された洋服とラック。

布地が風に揺れるたび、古着屋特有の香りが微かに漂った。

夕方に向けて暖簾を出す居酒屋の前を、人々が足早に通り過ぎていく。

新しさと古さは、まだ同じ街に寄り添っていたが、やがて一色に塗り替えられていく未来を思わせた。


その一角、緩やかなカーブの路地に寄り添うように、小さな劇場が建っていた。

両脇には、錆びた脚立や工具が無造作に積まれた工務店と、黄色い看板が褪せて文字の輪郭だけを残したスナック。

黒ずんだ外壁は長い年月の埃を吸い込み、入り口脇の壁には、公演の告知を剥がした痕跡が幾重にも重なっていた。

紙片はほとんど失われ、わずかに残った数枚が色を失ったまま、風に震えている。






作業員の間を抜けて、彼は劇場の内部へと入った。

砕けたベンチの木片が次々と外へ運び出され、埃のにおいが空気にまとわりついている。


ロビーから客席へと続く通路に足を向ける。

壁一面には無数のフライヤーの剥がし跡が層を成し、色を失った紙片がいくつも貼りついたままだった。

長い年月のあいだ、この場所で数え切れない舞台が積み重なってきたことを、かすかな残骸が静かに伝えていた。


通路の奥に、数枚だけかろうじて残った公演のチラシが見えた。

視線が止まったのは、その一枚の隅。

共演者の列に小さく並んだ文字だった。


彼は思わず息をのんだ。

同じ名前の誰かだろうかと一瞬迷ったが、独特な字の並びと公演の日付が、その可能性をすぐに否定した。

確かに、覚えのある名だった。


胸の奥に、懐かしい気配が一気に押し寄せる。

そこから浮かび上がったのは、彼女と過ごした日々の光景だった。


数え切れない初めての景色に染められ、孤独とは無縁の温もりに満ちていた季節。

その時が永遠であることを、疑いもしなかった。

二人が願った未来の先に、別れが待っていたことさえ知らずに。


彼の就職を機に、道は分かれた。

連絡もいつしか途絶え、記憶の奥に沈んでいたはずの人。


それなのに――。




***



※この作品は冒頭部分のみを掲載しています。

続きはnoteにて公開中です。

👉 noteで続きを読む:https://note.com/poponfurukata/n/n20cffaf59bab

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