第27話
蓮は結愛が儀式の事に言及したので、残り時間が少ないことを思い出し、時計を見た。時刻は午後五時半を過ぎていた。タイムリミットまで後、一時間半しかない。地下三階の地下水湖の扉まで行くのに、最短ルートでも三十分かかる。もし、扉の先が地下三階のような迷宮なら、時間が過ぎてしまうかもしれない。
「結愛、時間がないから僕は行くよ」
「私も行く!」
結愛は涙を拭いて、立ち上がりながら言った。
「地下水湖には急いで行かないといけない。結愛はまだ体力が戻ってないだろ。玉は全部、僕が持っていくから、地下一階でみんなと一緒にいたほうがいい」
結愛は時計を見て、時間が少ないことを確認した。
「分かった。けど、地下一階には行かない。ここで待ってる」
「……鮫が入ってこないようにバリケードは作っておきなよ」
「私の事より、そっちこそ気を付けてね。もう、誰も助けてくれないんだから」
「……そうだね。拓也さんも美咲さんもいない。僕一人で決着をつけるしかない」
「……こんなこともう沢山。二度とこの儀式が行われないように、全部ぶち壊しちゃってよ! ここまでやってきたんだから、蓮ならできるよ!」
「ああ、二度と鮫神を使って人を殺させない!」
蓮は結愛から玉を受け取った。これで蓮が持つ玉は九個。蓮は結愛に見送られながら、エステサロンを出て、地下三階の地下水路へと向かった。
地下水湖への扉があるエリアは、美咲の遺体を担いで出って行った時と変わりはなかった。蓮は橋の中央にある、水湖への扉の前に立った。腕時計で時間を確認すると午後六時を少し過ぎていた。田中の地図がなければ、水湖にたどり着く頃には、ほぼ時間が残ってはなかっただろう。
扉は両開きで、ドアノブは横向きの四角い棒だ。蓮がドアノブに手をかけると、リュックの中の玉も含め、蓮が持つ玉全てが光りだし、両扉が自然と開いた。扉の奥は黒かった。暗いのではない、辺りには蛍のような光がいくつも浮かび、足元や壁、天井を照らしている。蓮は扉の中に入り、地下水湖へと降りる階段を見ると、二段目からは水没している。蓮はしゃがんで水に触れるが、手は濡れなかった。水は実体のない幻影のようだ。蓮は階段を下りていく、徐々に体は水の中に入っていくが、体は何も感じなかった。頭の先まですっぽり入っても、息苦しさもなかった。ただ、視界は水中にいるようにぼやけている。階段を下りていくのにしたがって、周囲に海藻やフジツボが現れた。それは、徐々に黒い壁や天井を覆いつくしていく。さらに進んでいくと、サンゴやイソギンチャク、カラフルな色の小魚なども泳ぎ始めた。まるで水族館の水槽の中を歩いているようだった。
五分ほど階段を下りていくと、階段の一番下に着いた。そこには、関係者以外立ち入り禁止のプレートが掛けられた、金属製のゲートがあった。蓮が昔、ここに来た時と変わらないゲートだった。蓮がゲートに近づくと、ゲートは自動で開いた。
ゲートの先は昔来た時に見た水湖の名残をとどめつつも、空間が広がっていた。地面からは海藻や貝が消え、元の採掘場のものだ。浮かんでいた光も消え、海水が青く光っているように、空間全体を照らしている。本来の天井は三メートルほどだったが、今は二十メートルはある。水中にいながら、元の水湖の水面が確認できた、とても不思議な光景だった。
水湖の中央に、赤い祭壇があった。その中央には、大きな玉が祭られている。神秘的に輝く玉の色は、鮫の玉と同じだった。
蓮は水面に足を踏み入れた。岸の近くの水深が浅いことは知っていたので、躊躇はなかったが、足は水面に沈むことなく上を歩いている。
祭壇に近づくと、玉の横に男が一人、立っているのに気が付いた。
年齢は四十代、紳士的な雰囲気を感じさせる、明るいグレーのスーツを着ている。蓮が近づいてくると、玉から離れ、祭壇の手すりに手をかけた。
「貴方が美咲さんのお兄さんですね」
蓮は祭壇の手前で足を止め聞いた。彼も鮫の玉を持っている、襲われるかもしれないと、警戒はしていた。
「ああ、私は
哲也は遠い目で答えた。彼の眼は蓮を見ているのに、蓮の遥か遠くを見ているようだ。
「蓮君、君は拓也の甥だそうだね。若いのにこの大変な状況でここまでたどり着いたのを感心するよ」
皮肉に聞こえる内容だが、蓮はそう受け取らなかった。眼だけではなく口調もどこか他人事のように話している。彼は無気力になっているのではないだろうか。美咲の話では、儀式は一時間足らずで終わらせる予定だったはずだ。彼の計画は大きく崩れ、彼の部下はおそらく全員が死んでしまった。自暴自棄になったとしても不思議ではない。
「僕のことを誰に聞いたんですか?」
「ここで見ていたんだよ、この玉でね」
哲也はそう言うと祭壇の手すりから離れて、祀られている玉に手を触れた。
さざ波のようにやさしく動いていた、玉の中の青い波が大きく乱れると、玉の中に結愛の姿が映った。
「もう六時半過ぎてる……美咲さん、蓮を守ってあげてね」
玉はまた大きく乱れると、犬を抱いたおばさんとアフロの男が映った。
「大丈夫? 散歩しないと、ご機嫌斜めになっちゃうのよね、マロンちゃん」
「さっき、そこら中を走り回ってただろ」
哲也が手を離すと、映像は消え、玉は元に戻り、青い波を揺らしている。
「美咲さんが死ぬところも見ていたんですか?」
「見ていたよ、あの子もかわいそうな子だ。何も知らずにいればよかったのに――」
「そんな言い方! 人を殺す儀式を止めようとするのは当然でしょ!」
「人を殺す? 鮫神が人間にどれだけの恩恵を授けたか分かっているのか? 鮫神の力がなければ日本はこれほど栄えてはいなかった。我々伊藤家が代々鮫神の力を使って来たからこそだ。鮫神の力がなければ、日本の人口はもっと少なかったかもしれない。そう考えれば、この儀式で死ぬ人間の数など微々たるものだ」
「微々たるもの? これだけの死者を出して、儀式が終わった後、貴方は罪から逃れられると?」
「鮫神は空間を操れる。人の死体は全て鮫神が引き取ってくれる。死体がなければデパートは無関係だ」
「……そんな都合よくは――」
「この儀式は初めてだが、死体の処理は初めてではない。父の代から手伝っていたからね。時折鮫神の事を嗅ぎ付け、それを狙う者が現れる。死体が見つからず、行方不明者の捜索ということになれば、警察に働きかけて、捜査は終了だ」
哲也は玉から離れ、祭壇から降りてくる。
「君は玉を十個手に入れ、鮫神の契約した後のことを考えているのか? 神の力は人々の信仰によって強まる。伊藤家は鮫神の力を上げるために、多額の資金を使い、鮫神の祭りを運営してきた。君にはそれができない、鮫神の力は衰え、いつかは業を煮やし、君を食らうだろう。鮫神とはそういった神だよ」
「美咲さんが言っていました、拓也さんは鮫神を人間から解放すべきだと考え、行動したと。人が神の力を個人の利益の為に使う事は間違ったことだ」
「……愚かな考えだ。鮫神に善意や正義感などない。自らの利益になると思えば、社会への影響など考えず、私利私欲に走る悪人にも力を貸すだろう。我々が鮫神と契約していれば、そんなことはおこらない」
「自分のやった事を棚に上げて!」
「私は君のように私情だけで行動していない――君に玉を渡す気がないのなら、奪うだけだ」
祭壇から降りた哲也は、ポケットから玉を取り出すと、中から鮫を出した。
玉から出てきた鮫は、頭を出しただけでそれが何なのかを判別できた。それほどに大きかった。玉から出てくるのにも、他の鮫の数倍は時間がかかった。
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