第11話
念のため近くの雑貨屋の中を蓮と田中は見て回った。海外から輸入した商品が並んでおり、ほとんどが食器や小物だ。食品はお菓子ぐらいで、武器になりそうなものはなかった。店の奥も確認したが、今の状況で必要なものはなく、死体を見つけただけだった。
「地下二階に下りてから見つけた鮫は二匹だけ……田中さん、僕たちが来るまでの間に鮫を何匹倒しました?」
「一匹も倒してねぇよ。……この玉を奪ってから中央ホールで生存者が居ないか確認していたからな」
「地下二階の鮫が少ないように思います……川の向こうに固まっているんでしょうか?」
「玉の持ち主がお前みたいに鮫を狩ってるんじゃないか?」
二人は雑貨屋を後にして、おもちゃ屋に帰る前に中央ホールを確認した。中央ホールに流れ込む海水は少し減ってきているように見えるが、水嵩は上がり続けている。川の流れは激しく、たまに流木などが流れてきて、渡るのは非常に危険だ。
二人は辺りに生存者が居ないのを確認し、おもちゃ屋に帰った。
「水はまだ流れ続けてるな。そのうち溢れ出すんじゃないだろうな」
「可能性がないわけではないですけど……ただ、儀式の邪魔になるようなことは極力避けると思うんですけど――」
「どう見ても邪魔してるようにしか見えねぇけどな」
「どうします? 地下一階に戻り、エスカレーターで地下二階に下りる、ということもできますが」
「地下一階の人は蓮君が鮫を操っているのを見ています。人数が多いので、集団心理が働き、揉め事に発展する可能性があります……」
「……それはうぜぇな。だがよ、鮫で追い払っちまえばいいじゃねえか?」
「儀式が終わった後の事も考えてください。下手に行動すると殺人犯の一味にされてしまいますよ」
「儀式が終われば玉から鮫は出てこないんだろ? 警察も信じねぇよ」
「それでも騒ぎは大きくしない方がいいと思いますよ。地下二階でもう少し様子を見てみましょう。鮫神もなにか意図があって水を流しているのかもしれませんし」
「神の気まぐれに付き合わされるのは、たまんねぇな」
時間をつぶすため各々が思いのままに行動し始めた、田中はソファーに横になり、結愛は服を見繕っていた。蓮はポケットに入る食料を選び、美咲は椅子に座ったまま外を眺めていた。
美咲は結愛と話している蓮を見て、顔は拓也には似ていないな、と思った。蓮の事は彼と一緒に鮫神の研究をしている時に聞いていた。姉の子供だが、自分にとって弟のような存在だと語っていた。
この儀式を止める方法として、彼は玉を奪うことを提案した。兄が儀式を始めようとしていると、彼が気付いたのは昨日のことで、昨夜、彼がこのデパートを調べに来た際に、生贄に使われたであろう死体を、運び出しているのを目撃した。すでに儀式を止める方法は限られていた。
深夜になって私に儀式のことを話しに来た。正直言って私は兄がそんなことをする人だとは信じたくなかったが、彼が嘘をつく人ではないとも信じたかった。今日の朝、私は彼と一緒にデパートに忍び込み、地下水湖に通じる扉の前で玉を奪うために待ち伏せした。彼の推理は、『儀式のために大勢の生贄を集める必要があるから、儀式は客が大勢いる正午を過ぎた頃だろう』、というものだった。儀式が始まるまで玉を地下水湖から出さない可能性もあった。なので、午前十一時になる前に地下水湖に踏み込む予定だったが、午前中のうちに玉を持って兄の部下は地下水湖から出てきたので、二人の部下を襲って玉を奪えた。
玉を手に入れた時は儀式を止めることができたと思ったが、そう上手くいかなかった。鮫神の呪いか、外に出ようとすると意識が薄れ、倒れそうになった。倒れたところを兄の部下に見つかれば玉を奪われてしまう、慌てて地下に戻った。玉が手に張り付き地下から外に投げることも出来なかった。
彼は玉を渡すために呼んでいた蓮君を地下一階まで呼び、玉を渡すことにした。兄の部下と蓮君が顔を合わせる可能性があったので、地下には呼びたくなかったようだが、そうも言っていられなくなった。
彼は無事蓮君に玉を渡し、地下二階戻って来た。私の手に張り付いた玉をどうするかを話し合っているときに停電になった。玉を奪われたことを知った兄が、正午を待たず儀式を始めたのだ。
宙を飛ぶ鮫が人を襲いだしたのを見て彼は、地下一階で蓮君に会うように、と私に言った。
地下一階に向かうまでの間に小さい鮫に襲われ、周りの人を盾にするように逃げ、なんとか地下一階へとたどり着いた。
そこでは蓮君が鮫を操り、人を救っていた。それを知ると、私は自分が惨めでしょうがない。
拓也は今、どこで何をしているのだろうか? 私の罪を共感してくれるのは彼だけだ。彼は私を裁いてくれるだろうか? それを拒まれたら、私はずっと十字架を背負わなければいけない――。
「水の音が静かになりましたし、様子を見に行ってみましょう」
しばらくしてから美咲がそう言って立ち上がった。蓮と結愛もそれに従った。田中は食品コーナーに立ち寄っている。
外に出でても水の音はかすかに聞こえるだけだった。そして地下二階の光景は大分、様変わりしていた。中央ホールは完全な川になっていた。川幅は十メートル以上、川の流れは速く、水中は見えず、水面に複数の岩が頭を出している。とても地下デパートの光景とは思えず、とても美しい光景だ。
「岩の上を渡っていけば向こう側に行けるかな?」
結愛が川を覗きながら言った。岩は平たく、足が届く間隔で配置されている。向こう岸はこちらより高い位置にあるが、それに合わせるように岩は少しづつ高くなっている。それからは鮫神の意図を感じる。
「鮫神は何のためにこんなことしたんだ?」
「神の力を人に示しているんでしょう。後は――人を狩りやすくするためとか……」
美咲は水中を凝視しながら言った。鮫が水中から襲ってくる可能性を指摘しているのだろう。確かにこの岩の上で鮫に襲われると面倒だ。だが、岩の上を移動しなければ先には進めない。四人は川を見渡しながら他の移動方法がないか探した。そうこうしていると川の向こう側に人が現れた。向こう岸の三人はこちらに向かって手を振りながら近づいてきた。
「おーい、そっちは安全か?」
声をかけてきたのは長身の男だった。後ろから小型犬を抱いたおばさんと色黒でアフロの男が付いてきた。
「はい、こっちに鮫はいません。そちらはどうですか?」
「さっきまでウロウロしてたんだけど、どこかにいったわ」
答えたのはおばさんだった。川に近づき岩を見つめている。
「岩を渡ってそっちに行けそうだな――足を怪我してなければだけど……」
アフロの男性は足を引きづっていた。彼のデニムのズボンには血の跡が付いている。
「その程度で、大げさよ」
「あんたを助けたからだろ! 感謝しろよ!」
「まあまあ、あんまり大声出すと鮫がきますよ」
長身の男がおばさんとアフロの男の間に入って仲裁している。この先に生存者が居ることは、拓也を探す蓮には希望だった。
蓮は皆の顔を見て聞いた。
「どうしましょう?」
田中は声を潜めて言った。
「おい、あいつらは玉を持ってないのか?」
「……兄の部下でないのは間違いありません。儀式の前に玉を持った人の顔を全員見ましたから」
「どっちにしても私たちは先に進むんでしょ。じゃあ、岩を渡るしかないよね」
結愛はずいぶん元気を取り戻していた。地下二階に降りてから死人を出すことなく、鮫を退治できているのが彼女の精神的な余裕になっているのかもしれない。もしくは先ほど食べたビスケットのおかげだ。
「渡れるのか? 川の流れは結構早いぞ、落ちれば下に――先はどこだかわからねえ」
川の下流は闇につながっている。本来は壁があるべき場所だ、常識的に考えれば地下三階に落ちるはずだが、こんな非常識な状況で常識通りになるだろうか。男の蓮や田中は造作もなく、結愛も同学年の女性の中では運動神経は良い方だ。だが美咲は見るからに不健康そうだった。
「何か捕まるものがあれば安全に渡れると思います。ロープを張りましょう」
美咲はそう言っておもちゃ屋に戻って行った、三人もその後に続く。おもちゃ屋の倉庫を探すと丈夫なロープを見つけた、田中は倉庫にあった工具箱からハンマーと小型バールを取りだした。川の側にある店の壁に岩の上でロープを掴みやすい高さにバールを打ち込み、そこにロープを結んだ。
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