28.わかってるよ!

 爆音がした後、ガラガラと崩れるような音と共に男の焦った声が聞こえたが、ハンスさんの手は止まらずに俺の下着をひっぺがそうとしてくるので、そっちを気にしている余裕がない。


 攻防の末、下着まで破られてしまった直後、ハンスさんが急に意識を失って俺の上に倒れ込んだ。


「ハンスさん!?」


 何が起こったのかわからずに慌てていると、聞き覚えのある声が響いた。


「サクヤっ!大丈夫かっ!?」


「っ、ヴァルクっ!」


 声を聞いた瞬間、泣きそうになったのをぐっと堪える。

 すぐに覆い被さったハンスさんをどかしてくれ、俺の惨状を見たヴァルクは怒りで顔を歪めた。俺はというと、ヴァルクの顔を見た瞬間に涙腺が崩壊し、嗚咽を漏らすことしかできなくなった。



 ヴァルクはすぐに手足の縄を解いてくれ、上着をかけ痛いくらいぎゅっと抱きしめてくれた。その温かさにほっとする。


「サクヤ、遅くなって悪かった。.....怪我は?」


「ん、ないよ。ありがとう」


「髪が.........」


「むしろ軽くなってすっきりしたよ」


 落ち着いてきたところで少し顔を離して笑うと、ヴァルクは顔を歪めたまま俺の頭を撫でた。

 そんな顔しないで。俺は本当に何とも思ってないんだから。

 そう伝えようとしたが、頭を撫でていた手が後頭部に添えられ、ヴァルクの顔が近いと思っていたら唇を塞がれた。


 その柔らかい感触に、息を呑む。


「んっ!?なっ....んっ、ヴァルっ....っ」


 えっ!?なに!?なんでキス!?意味わかってんの!?


 しゃべることもできないほど、何度も啄むように唇を重ねられる。その優しさと、温かさと、気持ちよさに身体から力が抜けていく。

 理由なんてどうでもよくなってしまうほどたくさんキスをされ、ようやく終わったかと思えば今度は頬や目元、首筋へと唇が落とされる。


「ヴァルクっ!ちょ、ちょっと待って!」


 さすがにこれ以上は良くないと思う!キスの意味もわからないし、なにより状況が状況だ。


「なぜ?」


 ヴァルクは耳朶や首筋に唇を落とすのを止めずに聞いてくる。


「んっ、だっ、だってなんでこんな....。ぁっ、あの男もちゃんとつかまえないとっ....。それにっ、ハンスさんも....んっ」


「あの男は気絶させた。当分起きない。そっちの男も気絶してるだけだ。それより、どこか触られなかったか?」


 後頭部に回されていた手が、さらりと脚を撫でる。そこで自分がほとんど裸の状態だったことを思い出した。ヴァルクの上着は腰あたりまでしかなく、下半身は申し訳程度に布が引っかかっているだけ。


「やっ...触られてないからっ...!」


 あまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にして抵抗すれば、やっと動きを止めた。

 ほっとしたのも束の間、近くでじっと見つめられ慌てて視線を外す。


「サクヤ」


 こちらを向いてくれ、と優しい声で呟かれ、おずおずと視線を戻す。ドクン、ドクンと自分の心臓の音がいやに大きく聞こえる。



「サクヤ、好きだ」



 ドクン、とさらに心臓が大きく跳ねた。


「あっ、ありがと....。俺も、好き、だよ。でも——」


「サクヤのはどういうだ?」


 早鐘を打つ心臓をなんとか鎮めながら答えると、途中で遮られた。


「え.....?」


「俺は、サクヤと離れたくない。できることならずっと一緒に居たい。もっと色んな顔が見たい。——もっと、触れ合いたい」


 目を逸らさず、いや、正確には目を逸らせずにヴァルクを見つめる。

 ヴァルクは何を言ってる.....?

 まるで愛の告白のような言葉に、理解が追いつかない。


 だが、さらりと頬を撫でた手があまりにも優しく、ちゃんとそういう意味で、俺と同じ意味で好きだったんだと伝わってくる。それが嬉しくて、止まっていた涙が再びぽろぽろと零れ落ちた。


「サクヤの好きは、俺とは違うか....?」


 不安そうな顔で溢れた涙をぬぐってくれる。そんな顔をしてほしくなくて、必死に言葉を紡いだ。


「おっ、同じっ....!俺もっ、同じ意味でヴァルクが好きだっ.....!」


 するとヴァルクは初めて見るほど優しい顔で微笑んだ。

 良かった、とどこかほっとしたように呟いてまた唇を重ねる。それだけじゃ足りなくて、もっと深く繋がりたくて自ら舌を挿入させた。


 ヴァルクはびくりと身体を震わせたがそれも一瞬で、嫌がる様子はなく拙いながらもお互いに舌を絡め合う。時間も場所も忘れてキスに没頭していると、ヴァルクがそっと身体を離し、後ろに意識を向けた。


 そこでようやく俺もその気配に気づく。新たな敵かと身を強張らせるが、ロベルトたちだろう、とヴァルクが言った。少し前まで行動を共にしていたらしい。


 ヴァルクは常に警戒を怠っていなかったというのに、俺ときたらヴァルクが助けに来てくれたとわかった瞬間に警戒を解いていた。

 結局、ただ助けてもらうことしかできなかった自分が嫌になる。


 少し落ち込みながらヴァルクを見ると、俺がまだ不安がっていると思ったのか頭を撫で、大丈夫だと優しく笑いかけてくれた。


 くっ.....、イケメンすぎやしませんかっ....。

 しかもなんだかいつもより笑顔が輝いて見えるのは気のせいだろうか。直視できなくて視線を逸らすと、部屋が開放的になっていることに気がついた。


 ところどころ穴は開いていたが、一応四面あった壁の一面が無くなって外が丸見えになっている。しかも残っている三面も無事とは言い難く、天井に至っては全て無くなっている。よく崩れないなと思うほどボロボロだ。


 もしかしてあの時のすごい音って....。


「ヴァルク?ここの建物ってこんな開放的だったっけ....?」


「ん?ああ、少し加減を間違えて吹き飛んだ。サクヤに怪我がなくて良かった」


 廃屋同然とはいえ家を半壊させるほどの威力って....。あいつちゃんと生きてるのか.....?




 ヴァルクが言った通り、気配の正体はロベルトたちだった。団長さんまでいる。

 ロベルトは俺の姿を見つけるとすぐにかけ寄り、怪我がないことを確認してから強く抱きしめた。ほぼ下半身丸出しの状態で少し恥ずかしかったが、かなり心配させてしまったようなので大人しくしていると、ヴァルクがロベルトを引き剥がした。


 不服そうに舌打ちをしていたが、再び抱きしめられることはなく、俺の髪へ目を移すと今度は痛々しそうに顔を歪める。

 短くなった髪を撫で、何も言わなかったがもともとロベルトが伸ばせと言っていた髪だ。そんなにショックだったんだろうか。


 そんな顔をされるとちょっと申し訳ない気持ちになってくる。だって切られた時、俺喜んじゃったし。


「またすぐ伸びるよ」


 俺としてはこのまま短い状態を保とうと思っていたが、そんな顔をされるくらいなら伸ばした方がましだ。


「.....無事で良かった」


 泣きそうな声で囁かれた言葉に、こちらが泣きそうになる。


「うん。心配かけてごめん」



 俺たちが話している間に、ヴァルクから軽く状況を聞いた騎士団の方々が黒髪の男を捕縛してくれたようで、両手には魔力封じの手枷が嵌められていた。これがあればもう魔法は使えない。気絶しているだけでどうやら無事だったようだ。

 ハンスさんも保護してくれ、気絶したままだったので急いで街の病院へと連れて行ってもらった。


 指示を終えた団長さんがこちらに近づき、何も言わずに俺の肩に上着をかける。


「あっ...ありがとうございます....。けど汚れてしまいますのでっ.....」


 丈が長く、下半身も余裕で隠れるのでとてもありがたかったのだが、こんな高価な物を汚してしまったらと思うと気が引ける。しかも座っていたため、すでに埃だらけの床に裾がついてしまっている状態だ。すぐに立ち上がって埃を払ったが、そもそも俺自身が汚れているのであまり意味もない。

 脱いで返そうするが、片手で制された。


「その状態で戻る気か?」


「っ....」


 確かにこんな状態で出歩けば、変態だと確実に通報されるだろう。


「汚れても構わないから着ておけ」


「あ、ありがとうございます...」


 なんていい人なんだ....!

 極力汚さないように注意しながら袖を通す。団長さんはおれよりも背が高く、もちろん身体もがっしりしているため、かなりぶかぶかだ。着られている感がハンパない。これはこれで若干恥ずかしいが、半裸よりマシだろう。


 そんな俺の姿を見て、ヴァルクが不機嫌そうに顔をしかめた。


 いや、わかってますよ。似合ってないのは。俺だって着たくて着てるわけじゃないんだから!それともあれかな?俺が汚さないか心配してるとか?


 どっちにしろわかってるよ、と大きく頷いておいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る