24.大きな一歩 ヴァルク視点
サクヤに出会ってから、ずっと彼のことを考えている。思い出さない日など一時もないほどに。
初めて言葉を交わし、初めて笑顔を見せ、初めて友達だと言ってくれた。
母が言っていた事は本当だったのだ。初めて、生きていて良かったと思えた。
サクヤの居ない世界など、もう考えられない。
魔熊に襲われていたのがサクヤだと分かった時は本当に肝が冷えた。
ずっと一緒に居て、守ってやりたい。離れたくない。もっと触れ合いたい。
その欲求は、子種を出し合った時から日に日に増しているように思う。
触ると恥ずかしそうに顔を赤らめる姿や、漏れる声をもっと聞きたい。
もう、あのように触れることはできないんだろうか。
サクヤは、好きな人同士でないと駄目だと言っていた。俺とサクヤの"好き"が違う、とも。
好きに種類などあるのか?
......いや、確かに食べ物の好きと家族の好きは違う気がする。そして、サクヤに対する"好き"も。何が違うかと聞かれれば上手くは言えないが。
今度詳しく聞いてみよう。今は目の前の事の方が重要だ。サクヤの作ってくれた機会を無駄にはできない。
気配を消しているようだが、なにせ大人数だ。違和感は隠しきれない。
サクヤは攻撃して来ないと言っていたが、もしかしたらサクヤが騙されている可能性もある。念の為結界を張っておこう。
サクヤのように人を信じられればいいのだが、彼以外の人をすぐに信用することは無理そうだ。会った事もない者ならなおさら。
警戒は解かないまま、先頭に見えた人物を観察する。
髪は赤みがかったオレンジ、目は青だ。おそらくこの人物が司令塔だろう。最悪の場合、こいつを倒せば指揮系統は崩壊する。そうなれば逃げるのは容易い。
「———君が、ヴァルクか?」
「..............そうだ」
まさか、名前を呼ばれるとは思わなかった。比較的友好だと見ていいのだろうか。
「大勢で押しかけてすまない。私がこの隊の指揮官を務めているアウレスだ。今日のことは、サクヤから聞いているか?」
「ああ。こちらに攻撃の意はない」
そう宣言すれば、ざわざわと騒ぎ始める。だが、アウレスと名乗った人物が軽く左手を上げればぴたりと止んだ。
「正直、私は君と会話が成り立つとは思えなかった」
「.........だろうな。この色を見れば皆、逃げるか攻撃してくるかのどちらかだった」
サクヤ以外は。
フードを取れば緊張感がぐっと増す。俺が攻撃すると思っているのだろう。後方の者はすぐにでも戦える体勢をとっている。
「"黒"はそれほど恐怖の対象なのだ。むしろサクヤの方が異常だろう」
「...............」
反射的に威圧しかけて止めた。
「サクヤを悪く言うつもりなら許さない」
軽く睨むだけにとどめると、なぜか笑みを浮かべた。
「すまない。言い方が悪かったな。そんなつもりはなかった。....少し質問をしてもいいだろうか」
「.....ああ」
「君はなぜこのダンジョンを拠点にした?」
「.......特に意味はない」
「スタンピードを狙っていたわけではないのか?」
「違う。そもそもそんな事が起こるとは知らなかった」
「そうか。だがその後、討伐をしてくれたそうじゃないか」
「......それがどうした」
「なぜだ?」
「なぜ?」
「サクヤが頼んだから仕方なくか?それとも他に理由が?」
「........確かにサクヤに頼まれたのもあるが、元々は俺のせいでもある。スタンピードが起こるのは本意ではなかった。だからその前に討伐したまでだ」
アウレスは話している間、ずっと胡散臭い笑みを浮かべながらも鋭い目つきでこちらを見据えていた。もちろん俺も目を逸らしたりはしない。
「......人を傷つけるつもりはないと?」
「ない」
きっぱり言い切ると、笑みを浮かべていた顔が一瞬だけ崩れた。それほど意外なことだったか。
たっぷりと間を置いてからアウレスが再び口を開いた。
「.......なら最後、の質問だ」
"最後"という言葉に後方の2人が動いた。その直後、風と火の複合魔法があらかじめ張っておいた結界にぶつかって弾ける。
火と風の相性はよく、上手く使えば火の威力を何倍にもできる。今の魔法も風でスピードと威力を増幅させていた。2人で行うにはタイミングが重要になるが、これは完璧だ。相当訓練したのだろう。
突然の攻撃にも特に驚きはない。むしろやはりか、と思ったくらいだ。
「........攻撃はしない、と聞いていたが?」
責めているわけではない。純粋な疑問だ。排除したいと思ったのならもっと立て続けに、それこそ全員で向かって来るはずだ。それなのに攻撃は先程の一回のみ。
「いやあ、すまない。少し試させてもらった」
全く悪いとは思っていない様子でそう言った。
「反撃してこないかどうか知りたかったんだ。会話が成り立つといっても、まだ手放しで信用できるわけではないからね」
気を悪くしたかい?と聞かれたが別に、と答えた。
「まだ信用できないのはこちらも同じだ。理解できる」
「..........なるほど。あとひとつだけいいか?」
「.....構わない」
「ここを拠点にして何か災害が起きたことはあるか?」
少し考えてから頭を振る。
「いや、ない」
「そうか、わかった。質問は以上だ。ダンジョンを確認しても?」
「もちろん」
「よし、半分はここに残って待機。ロベルトの指示に従え。残りは私とダンジョンに入ってもらう」
テキパキと指示を出し、アウレスは約半分を伴ってダンジョンへと入って行った。
それを見届けてから、この場で唯一の女性がどかっと地面に座る。
「......ミーア」
ロベルトが窘めるように名前を呼んだが、立つ気はないようだ。
「だって私ら必要なくない?黒の悪魔って言うからもっと凶暴かと思ったけどめちゃくちゃ普通だし」
「......気持ちはわかるが我慢しろ」
「私だけでも戻っちゃ駄目?」
「駄目に決まってるだろ」
「ちぇー。早くサクヤを部屋から出してあげたかったのに」
緊張感のかけらもないやり取りに場の雰囲気が和むが、最後の言葉に引っかかった。
部屋から出してあげたかった.....?まるで閉じ込められているような言い方に違和感を覚える。
「........サクヤは部屋で待っているわけではないのか?」
話しかけられると思っていなかったのか、少しだけ目が見開かれたが、ごく普通に返答してくれた。
「部屋で待ってるには待ってるんだけどね、ついて来るって言ってたサクヤをギルド長が無理矢理部屋に閉じ込めたの」
可哀想でしょ?と続けるミーアの言葉にロベルトをじろりと睨む。
無理矢理とは聞き捨てならない。
「しょうがねえだろ!そうでもしないと勝手について来ようとすんだよ」
「んー、でもこんな感じだったらついて来てもよかったんじゃ——」
ミーアの言葉を遮るように、未だ張っていた結界に再び魔法がぶつかった。
今回も2人が魔法を放ったようだが、協力はしていないのかばらばらだ。まだ先程の2人の方が威力があった。
「おい!なにやってる!そんな指示を出した覚えはないぞ!」
すぐにロベルトが魔法を放った2人へ詰め寄るが、聞く耳を持たず再度魔法を放つ。何度やってもこの程度の攻撃で結界は壊れないが。
命令を無視してまで俺を殺したいのか?....だが、それにしては殺気を感じない。
ロベルトたちが2人の男を取り押さえる様子を眺めながら違和感の正体を探す。静止する声も無視して執拗に俺だけを狙うのは明らかに異常だ。その眼からはなにも読み取れない。
まさか........。
「おい、その2人暗示をかけられていないか?」
「暗示だと!?」
驚くのも無理はない。精神魔法はかなり高度な魔法で、そう易々と使えるものではない。使えたとしても使用制限が厳しく、人に使うことは禁じられている。ちなみに俺は使えないし、見るのも初めてだ。
「チッ...一体誰が....」
「それより2人を止めるのが先だ」
術をかけられたまま長く放置すれば、心が壊れてしまう可能性もある。
「わかってる!」
解呪方法は三つある。一つは術者を倒すこと。もう一つは状態異常を回復させる薬を飲ませること。最後に暗示をかけられた人を気絶させることだ。
「解呪薬は!?」
「ありません!」
「気絶させるしかねえか.....っ」
術者がどこにいるかわからない今、気絶させるのが最も手っ取り早い。
苦々しい顔をしながらも、判断は早い。首に回した腕で締め上げれば、ジタバタと暴れていた2人も大人しくなった。
それからロベルトはこの事を報告するため、適当に選んだ2人をダンジョンへ送った。
しばらくして出てきたアウレスに、状況を細かく説明する。その表情は険しい。
説明を聞き終えたアウレスはこちらにちらりと視線を向けた。何も言ってはこなかったが、なんとなく言いたい事がわかってしまった。
「一応言っておくが、俺は精神魔法は使えない」
俺がそう言ったところで信じないだろうが、言わないよりはいいだろう。いつの間にか犯人にされては困る。
俺の言葉に少しだけ目を見開き、気まずそうに視線を外した。なぜそんな顔をされるのかわからないが、胡散臭い笑みよりはよっぽどいい。
「........そうか。ちなみに、精神魔法が使えそうな人に心当たりは?」
「ないな」
今まで人と関わってこなかったので、そんな奴知るはずもない。アウレスもわかっていたんだろう。深く追求することはなかった。
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