6.慰謝料請求させていただきます!

 翌日、ギルドへ顔を出すと、初めて来た時と同じように視線を集めた。


 なんなのこれ。慣例行事ですか?それとも決まりごと?


 ただ、今回はすぐに視線は散らず、頭のてっぺんから爪先まで、じっくりと見られているような気がする。しかもコソコソと話している者までいて、昨日とは明らかに様子が違う。


 なんだ?あ、もしかして俺の魅力に気づいちゃったとか?まあこんだけかっこよければ仕方ないよね!いいんだよ!俺に話しかけても!


「サクヤさん!」


 そんな考えの中、名前を呼んだのはローニャさんだ。ローニャさんは少し焦ったように俺の腕を掴んで、2階へと案内してくれた。


 部屋に入ると既に人が2人いて、1人はデカい態度で椅子に座り、もう1人は壁に背中を預け、腕を組んで立っている。椅子に座っているのはセロ、もう1人はギルド長だ。ゲームの方では何回も会っているがここでは初めて。ダークグリーンの髪に野生動物のような金色の瞳、色気が漂うイケおじだ。右目の少し上に斜めに入った傷が、その美貌を損なうどころか割り増しになってさえいる。


 生ギルド長との対面に、ふおお...!とテンションの上がる俺と機嫌が悪そうなセロ。真逆の反応が面白かったのか、ギルド長がふっと笑った。


「お前がサクヤか。なかなか肝が据わってそうだな」


「あっ、はい。サクヤです。よろしくお願いします」


 ぺこりとお辞儀をするとさらに笑みを深くする。


「ギルド長のロベルトだ。昨日の件だが、セロと少し意見が食い違っていてな。確認なんだが、通りすがりの奴に助けられたと言っていたな?」


 あー、そのことか。ということはセロはヴァルクに会った事を言ったんだな。


「ええ。嘘はついていませんよ。誰、とは言わなかっただけで」


「ははっ、別に黙っていた事を責めているわけじゃない。信じてもらえないとでも思ったんだろ?」


 こくりと頷く。


「その判断は正しい。誰も信じなかっただろうよ。....だが、本当にのか?」


「ありえねえだろ!黒の悪魔が人助けなんざ聞いたことがねえ!」


 少し間を置いて声を落としたギルド長の言葉に、俺が答えるより早くセロが叫んだ。


「セロ、お前は黙ってろ。俺は今サクヤに聞いてるんだ」


 ギロリとひと睨みでセロがぐっと押しだまる。


 やーい!怒られてやんのー!

 セロの苦い顔を見れただけでも、ここに来てよかったと思える。


「彼の意図はわかりませんが、少なくとも俺は助けられたと思ってます。俺はなにもされませんでしたし、マントまでかけてくれたので」


「何か会話は?」


「いえ。してません」


 そうか、と呟くとギルド長は暫く黙り込んだ。顎に手を添え、考えている姿だけでも随分と様になる。


「昨日、セロとは別の件で黒の悪魔を退けた者がいると噂になっているが....それもお前か?」


 えっ、そんなこと噂になってんの?


「あれは退けたっていうか....、なにもされなかっただけっていうか....」


「ふむ.....。まだ情報が足りない、か....。ちなみに、2人とも奴にはどのような印象を受けた?」


「とにかく殺気がえげつなかった。あいつはやべえぞ」


 先にセロが答えたが....殺気?そんなのあったか?そもそも殺気がどんなものかわからないからなんとも言えない。

 ギルド長が視線こちらにチラリと向け、"お前は?"と訴えてくる。

 でもどんな印象、と聞かれても正直よくわからない。


「......うーん、俺は別に殺気とか感じませんでしたけど....」


「見事に正反対だな」


「お前は俺の視線にも気づかなかったじゃねえか!」


 いや、知らんがな。こちとら今までのほほんと生きてたんだよ。急に殺気とか視線がどうだとか言われてもわからんわ!


「.....なるほど?ならこれはどうだ?」


 ぼそりと呟いたかと思えばギルド長がキッと睨んできた。

 え、なんで俺睨まれてんの?

 直後、セロが椅子をがたがた鳴らし、慌てたように立ち上がって剣の柄に手を添えている。

 おい、急にどうした。ご乱心か?


「おいっ、急に殺気を放つな!」


「え?」


「ははっ、本当にわからんらしいな」


 どうやらギルド長はただ睨んだだけじゃなく、殺気を放ったらしい。うん。全くわからん。

 なにがそんなにおかしいのか、未だくつくつと喉の奥で笑いながら俺に近づいてくる。


 正面に立たれると...なんだろう、少し威圧感があるな。俺よりも頭一つ、とまではいかないが、背が高い。俺も背を高くしたつもりだったのに。

 窓を背にしているため、ふっと影が落ちる。なんか面白くない、などと考えながら近づいて来たギルド長を見上げていると、唸りながら自分の顎に手を添えた。どうやらこれは考えるときの癖のようだ。


「これだけ警戒心がないのも心配になるな...」


 それは俺のことですか?と首を傾げると眉間の皺がさらに深くなる。


「む.....。確かにこれは泣かせたくなるのもわかる....」


 えっ!?急になに怖いこと言ってんの!?せっかくかっこいいと思ってたのにドン引きだよ!?

 じりじりと後ろに下がる俺に気づいたのか、謝りながら身を引いてくれた。


「悪い悪い。だが安心しろ。俺はあいつと違って無理矢理は好きじゃない。少しずつ許容範囲広げて、最終的にわけがわからなくなるまでぐちゃぐちゃにするのが好きだから」


 い、意味わかんねー!わかんないけど安心できないことはわかった!ぐちゃぐちゃにするって、顔の形わからなくなるくらい殴るつもり....?怖っ。ゲーム内ではいい人だと思ってたけど、とんだサイコパスだな....。ここにはまともな奴がいないのか...?もう関わらないようにしよう。うん。


「話が逸れたな。取り敢えず奴のことは保留で、もし次会っても油断するなよ。今回はたまたま機嫌が良かっただけかもしれん」


 ギルド長の言葉に、内心首を傾げる。うーん....。まだ二回しか会ってないけど...なんていうか"悪人"っていう感じがしないんだよな.....。


「.....あの、あの人って本当に危険なんでしょうか....?」


 俺には貴方たちの方がよっぽど危険人物に見えますが。


「はぁ?当たり前だろ。黒の悪魔だぞ?」


「髪と目が黒いだけだろ。なにか直接的な被害はあるんですか?」


 前半はセロに、後半はギルド長に言葉を投げる。


「.......報告では、被害が多数でている.....が、死者はでていないらしい。まだ見つかっていない可能性はあるがな」


「それなら....!」


「だが、決めつけるのはまだ早い。どちらの可能性も捨てきれないんだ、警戒するに越したことはない」


「う.....」


 正論なだけに咄嗟に言い返せず、でも、悪人だって決めてかかるのもよくないじゃん、と子供じみた言い訳を心の中で漏らす。


「まだ納得していないだろうが、一旦その話は置いて本題に入ろう。双方の話を聞いて、全面的にセロに非があったと認識した。ギルドに所属している者が問題を起こしたのは、指導しきれなかった自分にも多少責任がある。申し訳なかった」


 ギルド長の言葉に、セロも渋々といった感じで頭を下げた。まさか謝られるとは思わず、驚きすぎて声が出ない。しかもギルド長の雰囲気がガラッと変わり、急なギャップに不覚にもドキッとしてしまった。なるほど、これがギャップ萌えってやつか。


「それで、サクヤはセロに何を望む?」


「.....服の弁償と、慰謝料を」


「.....ふむ。ま、妥当だな。金額は希望額があれば聞くが、こちらで指定しても構わないか?」


 どの道適正価格がわからないし、貰えるならそれでいい。こくりと頷いた。


「よし、なら金は後日ギルドへ持ってこさせる。服は好きなものを買え。支払いはギルド宛に請求させればいい」


「わかりました」


「それと、俺からも一つ追加させてもらう」


 そう言ってセロの方へ向き直り、鋭い目つきで見据えた。


「今後また同じような事を起こせば、ギルドカードを没収させてもらう。もちろん、被害者がなんと言おうと、だ」


 ギルドカードは一度没収されると、その後一ヶ月は発行できなくなる。しかも再発行されてもまた最低ランクからのスタートとなるので、上位ランクの冒険者にとってはかなり重い罰だ。

 さすがにセロも今までの努力を無駄にはしないだろう。何ランクか知らんけど。


「わかったよ」


「サクヤも不満はないか?」


「はい。それでいいです」


 基本的にギルドに登録している者同士の揉め事は、こうやってギルド長が取り仕切って、双方に遺恨が残らないように話し合う。殺人の場合は騎士団に任せるようだが、それでも結構大変な仕事だ。


 満足のいく話し合いで、昨日と同じ薬草採取の依頼があればまた受けたいな~と、ルンルンしながら部屋を出ようとした時、ギルド長に呼び止められた。



「サクヤ」


「なんですか?」


「お前は今日から俺が気配を読む稽古をつけてやるから毎日通え」



「へ........?」



 なんか今、不穏な言葉を発しませんでした....?ギルド長のところに...?毎日通う....?冗談じゃない!


「いえっ、俺は大丈夫なんでっ!それじゃ——」


「なら冒険者になるのは諦めろ」


 逃げるが勝ち!と部屋を出たところで、思いがけない言葉が飛んできた。


「は!?」


 振り向くと、思ったより真剣な顔をしているギルド長と目が合い、ドクン、と心臓が跳ねる。なんでそんな事を言われなきゃいけないんだ、と文句を言おうと思ったのに、気を削がれた。


「....理由を教えてください」


「このままだとお前、近いうちに死ぬぞ」


「なっ!はっ...?」


 冗談には見えない顔と声色で怖い事を言われ、何を言われたのかすぐには理解できなかった。


「お前が思ってるほど、この国はいい奴ばかりじゃない。誰も彼も信用してたら今回より悲惨な事はいくらでも起きるぞ」


「べ、別に誰も彼も信用してるわけじゃ....」


 ない、とも言い切れないけど...。

 そもそもセロみたいなやつがいるとはわかってても、それを実行に移すとは、自分が被害者になることがあるとはあまり思っていなかった。

 でも、次から気をつければ.....


「どうやって気をつけるつもりだ?」


「!?」


 心読まれた!?


「気配も読めない、殺気もわからない、力もないのにどうやって自分の身を守る?」


 どうやら心を読まれたわけではないらしいが、核心をついた言葉に息が詰まる。

 危険な事をするつもりがなくても、今回のように相手が人であれば、力のない俺は抵抗のしようがない。だが、少なくとも気配がわかるようになれば、もっと早くに気づくことができていたら、逃げる時間も稼げたはず。


 セロからの慰謝料ですぐにお金が必要、というわけでもなくなったし、ゆっくり長期で働ける所を探してもいいだろう。それなら気配を読む訓練なんてしなくても済むし、ギルド長とこれ以上関わらずにも済む。


 ....だけど....、せっかくこんな非日常な世界に来たんだ。もっとスライムも、他の魔物だってテイムしてみたい。ダンジョンにだって行ってみたい。


 暫く考えてから、ギルド長の目を見て口を開いた。


「.....わかりました。よろしくお願いします」


 俺の言葉にニヤリと口角を上げるギルド長。その顔にぞくりと身体が震え、やっぱり早まったかもしれない、と思った時にはすでに肩をがっしりと掴まれていた。


 かくして、地獄のような訓練の日々が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る