従運の星

@shunmaru

第1話 君だけが望んだ崩壊にさせないために

この少年は村での生活に退屈していない。

理由は単純だ。


「...お、おい。今日はなんか予定あるのか?」


太陽が沈みかけた午後4時。

カーヤ・ターガオは、照れながら話しかけた。


相手はイリーナ・アルヨン。

高い鼻に青く光る瞳、

そして美しい白髪、

そんな整った容姿から、

この村では『村の女神様』

と呼ばれる少女だ。


カーヤはイリーナに恋をしていた。


ーーだがカーヤは知らない。

この日、自分自身がこの村を滅ぼすことになることを


1211年。

カーヤ及びイリーナが住むイセギ村は、人口は約1000人、面積は0.25㎢で

5メートルの塀に囲まれた小さな村だった。

その理由はただ一つ

『村から出てはいけないからだ』


理由は誰も知らない。

ただ、800年前にこの村を作った占い師がそう決めたからだ。


「村から出れば、災いが起きる」


誰もがそう信じていた。

ーーー

イリーナは答えた。


「特にないけど。どうして?」


「そ、そうか。それなら今日

一緒に夕飯の買い出しにでも行かないか?」


「いいの?今日は私が買い出しのはずでしょ?」


「ほ、ほら、あれだよ。あれ!」


カーヤは顔を真っ赤にして焦りながら思考を巡らせた。


そして少し早口気味で言った。


「そう!あれだ!明日になったらいつも行ってる店が定休日だろ?だから2日分の買い出しが必要だから重たくて持てないだろ?」


イリーナは笑いを抑えながら言った。

「なんで焦ってるのよ。」


カーヤはイリーナの眩しい笑顔を直視できず目を逸らした。


「べ、別にいいだろ。なんでも。じゃあ十七時から買い出しに行くからな。」

(なんだか馬鹿にされた気がする)

(でも、今日のイリーナはいつもより元気がなさそうだった)

(笑ってくれて、よかった)


イリーナの顔からは笑顔が消え遠くを見つめながら呟いた。


「.....十七時.....か」


カーヤは首を傾げた。


「どうしたんだよ?」


イリーナの顔はまだ曇っている。


「...ごめん、なんでもない。」


そう言いながらイリーナはその場から立ち上がり身支度をし始めた。


カーヤは慌てて話しかけた


「おい、どっか行くのか?」


イリーナは冷静になり答えた。


「うん、少し散歩に。」


カーヤは机の上にある手袋をつかんだ。

「そっか、気をつけろよ。今日は冷えるからこれもつけてけ。」


イリーナは受け取りながらこう言った。


「カーヤ、顔をよく見せて」


カーヤの顔は一気に赤くなった。

イリーナはカーヤの顔を見つめた。

「な、なんだよ。」


イリーナはまた笑顔になった。


「カーヤ、本当にありがとうね。」


イリーナは小さく、本当に小さく呟いた。


「……ごめんなさい」


カーヤは気づかなかった。



カーヤは照れ隠しをするように手で口を隠した。


「今日のあいつはどうしちゃったんだよ」


カーヤは地面を見た。


そこには、小さな水のシミがあった。


(……雨、降ってたっけ?)


カーヤは首を傾げた。

空は晴れている。


でも、考えるのをやめた。

イリーナの笑顔を思い出すと、それだけで嬉しかった。


カーヤは自分の部屋に戻った。

ーーー

カーヤは時計を見た。

午後4時半。


約束の時間まで、あと30分。


でも、イリーナはまだ帰ってこない。


(散歩って言ってたけど、もう30分も経ってる)


カーヤは不安になった。


「なあ、母さん。イリーナは

まだ帰ってきてないのか?」


カーヤの母は洗い物を片手に答えた。


「知らないわよ。どこかに出かけたの?」


カーヤは少し不安な顔をした。


「ああ、少し前に散歩しに行ったんだが、様子を見にいってくるよ。」


「そうしてらっしゃい」


カーヤは扉を開け、外に出ると近くの塀のそばにイリーナの姿はあった。


カーヤは安堵すると同時にため息が出た。


「よかった。何事もなくて。」

(...にしてもなんであそこにいるんだよ。)


イリーナは誰にも聞こえないような小さな声で呟いた


「.....そろそろかな。」


カーヤはイリーナに声をかける。


「イリーナ、何してるんだよ。もうすぐ十七時になるけどこのまま店に向かうか?」


イリーナは小さく震えて何も答えない。


「.....どうしたんだ?疲れているなら一回家に帰れよ。俺一人でも行くからさ。」


カーヤはイリーナの肩に手を置き顔を覗き込んだ。


「おい、ほんとに...ハッ!」


カーヤは驚いた。

イリーナの瞳には涙が光っていた。


「.....さっき意地悪されて、いつも持っているお守りを塀の向こうに投げられたの。」


表情にはださなかったが、

カーヤは今までで1番の怒りを覚えた。

(いたずらしたのは村の子供達かもしれない)

(だが、俺にとってはお守りが村の外へ出たことよりもイリーナを泣かせたことの方が許せない!)


カーヤは冷静を装った。


「それは可哀想だな.....俺が取ってきてやる」


カーヤは1年間イリーナと暮らしているが泣いているのを見るのはこれでたったの2回目だ。


カーヤはずっと何かが胸に引っかかっている。


イリーナはいつもはもう少し明るい。

お守りを投げられたから今は暗いのは当然だ。


でもなんだろう。

ーーこの違和感は。


イリーナは冷静に答えた。


「五メートルの塀を登れるの?」


カーヤは我に返った。


(今気づいたがこれを俺が登れるわけがない)

だが、もう後戻りはできなかった。


「まかせろ!」


カーヤは勢いよく挑むも、すぐに息が切れる。


爪が石を掴み、足を上げても、高さは容赦ない。

手を滑らせ膝を打つ。


少ししてイリーナが言った。


「カーヤ、色々質問してもいい?」


カーヤは首を傾げた。


「それ今じゃないとダメなのか?」


「.....うん、ダメなの」


カーヤは少し沈黙した後、頷いた。


「好きな色は?」


「赤だ」


「好きな食べ物は?」


「オムライスだ」


「好きな季節は?」


「.....冬.....かな。」


質問は続いた。


カーヤは塀を登りながら、不思議に思った。


(なんでこんなこと聞くんだ?)


でも、イリーナの声は優しかった。

だから、カーヤは答え続けた。


そして、最後の質問。


「将来は何になりたいの?」


カーヤは即答した。


「そりゃ商人だよ。」


「どうして?」


「この村での生活も悪くはないけど、いつかは外に行ってみたいんだよ。だから商人になったら役所から許可が出れば他の村とかと貿易するために外に出れるだろ?」


イリーナは目を大きく開けた。


「今、まさに出ようとしてるじゃない。」


(あぁ、そうか。もし出れたら、掟を破ることになるのか)

(少し……罪悪感だな)


その瞬間だった。


カーヤの手足に、熱が走った。


「あれ?」


さっきまでの疲労が嘘のように消える。

指先に力が満ちる。

足が軽い。


「どうして……急に力が?」


カーヤは戸惑いながらも、塀を登り始めた。


驚くほど簡単だった。


石を掴む手に力がある。

足を上げるのが軽い。


あっという間に、塀の上に立っていた。


「登れた……?」


カーヤは自分の手を見つめた。


イリーナは小さく呟いた。


「……そっか。うまくいったんだ」


その声は、カーヤには届かなかった。


「.....これが外の景色か。」


塀の向こうには草原が広がっていた。

風が吹いて草が揺れている。

カーヤは感じた。

『外の世界はこんなに広いんだ』と。

カーヤは今まで村の外を見れなかったわけじゃない。ただ、実際に村の外に行って見る景色は今までとは確かに違っていた。


とても感動した。


カーヤは本来の目的を思い出した。


「そうだ、お守りをとりにきたんだ。」


カーヤは周りを見渡しと高い丘の上にあるのを見つけた。


「...しかしこんな遠くまで、投げたのは子供じゃないかもな。」


拾い上げようとしたその瞬間ーー


「うわーーーー!!」


叫び声が聞こえた。


「なんだ?何が起こった?村の人の叫び声か?」


カーヤは村の方に視線を送る。


水のように揺らめく身体

燃え盛る

土の纏った巨躯


三つの属性を帯びた謎の生物たちが村に入っていくのが見えた。

そして、村の外側の塀のそばに人影も見えた。


「なんだあれは?生物?いや、違うあれはーーー」


カーヤは走り出した。お守りをポケットにしまい、塀を登る。さっと同じように力が満ちている。


「やめろーーーー!!!」


ーーー


村に戻った時、生物たちの姿はもうなかった。


しかし、村は無残に破壊されていた。


家々は瓦礫と化し、塀には炎と水の痕跡が残る。

倒れ伏す人々。

折れた手。

閉じられた瞳。


「イリーナ……!」


俺は叫んだ。

瓦礫を掘り返す。

倒れた人々の顔を確認する。


違う。

違う。

違う――


「イリーナ、どこだ!?」


声が枯れるまで叫んだ。

でも、彼女は見つからなかった。


「頼む……無事でいてくれ!」


家に駆け戻る。

扉は壊れ、室内は散乱していた。

――そして

母さんが、倒れていた。

父さんも。

弟も。

みんな血を流して動いていなかった。


「.......あ」


俺は喉から声にならない声が漏れた。


これは、夢だ。

夢に決まっている。

だってそうじゃなきゃ、

でも、体が震えている。膝が、笑っている。


「俺の.....せいだ。

掟を破ったから。

本当に“災い”が起きて、化け物たちが……!」


「俺が.......村を出たから......!」


カーヤは母の手を握った。

とても冷たかった。

涙が溢れて、止まらなかった。


「ごめん……なさい……」


バタン――。


カーヤは罪の意識に耐えきれずその場に倒れてしまった。


ーー


イセギ村崩壊から三十分後

イセギ村からそう遠くないもう一つの村ですでにもう一つの物語が動き始めていた。


第二話へ続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る