駄菓子屋と猫の足音
Tempp @ぷかぷか
第1話 駄菓子屋と猫の足音
慌てて駆け込んだ駄菓子屋でフエラムネを買った。
駄菓子屋なんて随分久しぶりだ。てっきりスーパーにおされてなくなったと思っていた。改めて見渡せば、湿った木の香りのする店内には梅仁丹やよっちゃんイカとか懐かしい品が並んでいて、値段を見て経営はなりたたないよなと思う。軒先から空を見上げれば雨は更に強く、弾丸のようにザンザンとビニールの庇を波立たせている。けれど遠くの空は明るそうだから、この夕立もじきに止むだろう。
「上がってきな」
声に振り向けば、仏頂面の老婆が進んだひざ丈ほどの段差の奥に、6畳ほどの和室と小さなちゃぶ台。どこか懐かしい背を追えば、タオルが差し出される。
「ありがとうございます」
あがったものか悩んでいれば、奥からにゃぁと声がする。
「10分てとこだね」
「そうですね、多分」
入り込むほどの時間じゃない。段差に腰掛ければ、黒猫が膝の上に登る。随分艶やかで、大事にされていそうだ。そして丁度良く小分けの猫の餌が売られているのが目に入り、やられたと思う。
「毎度」
サービスなのかついてきた小皿に餌をあければ、しゃくしゃくと姿勢よく食べる。それで綺麗に食べ終わって、軽く頭を下げた。その作法が妙に上品だと思っていれば猫はすくりと立ち上がって奥の座布団に体を丸める。湯のみと交換に皿が片づけられた。駄菓子屋の外からいつのまにか湿度が押し寄せ、それが目の前の茶の香りと混ざり合って白い湯気を立てている。なんだか久しぶりにのんびりした気分だ。
「仕事中かい?」
無遠慮な視線にスーツは不似合いな場所だと気づく。
「助かりました」
「客なら構いやしないさ」
それで会話は途切れた。薄暗い駄菓子屋のフレームはどこか黒い。やけに明るく白くけぶる外をぼんやり眺めていれば、その白い線は次第に細くなっていく。そうして背後にごそりと起き上がる気配を感じれば、猫はするりと段差を飛び降り表に向かうタイミングで雨とは異なる明るさが降り注ぐ。
「あいつはいつも雨が降る前にうちにやってきて、雨宿りの客に餌を買わせるんだ」
どこか呆れたような声が響く。そういえば、首輪はなかったな。
「上手な営業ですね。僕も行きます。ではお元気で」
尻尾の記憶を追いかけて外に出ればすでにその姿はなく、見上げた未だ灰色の雲の切れ目からたくさんの光の筋が降り注ぎ、全てを追いかけるように蝉がジィと気勢を上げた。遠くには入道雲がにょきと伸びあが。
今日も暑くなりそうだ。
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