デュラハンに転生しましたが、身体が消滅しました。今の私は陽気にしゃべる生首提灯です

雪車町地蔵@12月10日新刊発売!

第一章 首だけデュラハンに転生しまして

第一話 このたび首になりまして

 日本らしくもねぇ木々が、黒々と密集して繁茂しげっている。

 そこから差し込む木漏こもに触れた〝身体〟が、キラキラと粒子ひかりになって消滅した。

 残されたのは、私こと切井きりいゆうの首だけって始末しまつで。


 ……どうしてこんなことになりやしたか?


 前世ぜんせ……前世でいいんですかねぇ?

 とかく、覚えている限り生前最後の記憶は、グレーでアウトローな商売で、ヘマやらかして責任を取らされたこと。

 ドラム缶に首だけ出された状態でコンクリート詰め。

 そのまま日本海へちんされたとあっちゃ、胴体からだ頭部あたまが泣き別れってのも、百歩譲って理解はできる。

 ええ、わかりたかねぇですが、そうして転生した結果、私はデュラハンってもんになっちまったらしい。


 たいへん福利厚生の行き届いた知識の伝達プリンティング

 基礎知識のインプットがこの世界に来た時点で行われたらしく、漠然ばくぜんとだがそうなっちまったことだけは体感的に納得できていた。

 出会った覚えはないが、窓口としてカミサマなり天使サマなりがいたのなら、この部分だけは感謝してもいい。ええ、ホント、ここだけ。


 で、その知識によれば、デュラハンとはいわゆる首無し騎士のことだそうだ。

 死をふれ回る、悪い妖精の一種。

 盥一杯の血をぶちまけて、相手に死を告げる怪しいもの。


 ……よーし、ここまでは飲み込みましょうや。

 すでに入力されちまった知識だ、訂正する機会でも訪れねぇ限り指針とするほかねぇ。


 けどもよ、身体が消えてなくなるってぇのは、どういう寸法すんぽうでっ?


 おっと、前職のベランメエな部分が出ちまったが、愛嬌あいきょうってことにして。

 マァ、痛みとかはない。

 どっかで首の先が繋がってるんだろうなぁという感覚もある。


 が、頭ひとつで森の中に投げ出されているってのが、どうにもいただけない。


 森だ。

 完全に見知らぬ森林。

 枯れ葉が降り積もり、腐葉土ふようど特有の臭いが鼻をつくことから、管理された森ではないことだけはあたりがつく。


 マー、あたりがついたところでなんなんだよという話よな。

 なんせ、こっちは身動きが取れない。


 周囲に人気はないし。

 当然頭部だけで転がるなんて器用な真似は不可能ときた。

 オー、無い無いくしの、見事なみだ。


 いやさ、ジョーダンじゃあない。


 どうやら第二の人生セカンドライフ(妖生?)がはじまったらしいのに、ざんねんながら私の冒険はここでおわってしまったようだ、なんて戯言ざれごとを飲み込んでいられるもんかい。


「おーい、だれかー、だれかいませんかねー」


 子どもの頃に、曾爺ひいじいちゃんから聞いた話だが、山で遭難したときは動かず呼び声をあげながら助けを待つのがセオリーとのこと。

 元より動けねぇ上に、土地勘もねぇ私にゃ、これができる精一杯の生きる足掻あがきってなわけだ。


「おーい!」


 散々叫んでいると、奇妙な感覚が頭をよぎった。

 ウン、ヘッドしかないんで、そこは表現と言うことになるわけだが……。

 なんというか、めちゃくちゃ性能のいい骨伝導イヤホンを装着したみたいな感覚だ。

 同時に、森の中にそれまであっただろうと〝音〟が押し寄せてくる。


 こずえが触れあう音。

 風の抜ける音。

 動物たちの息づかい。

 押し殺したなにものかの気配。

 そして、れたズタぶくろを引きずるような音。


 それは、こちらへと向かってゆっくりとやってくる。

 おーいと、もう一度声を出したとき。

 木陰こかげから、それが現れた。


 プルプルと震える、半透明な物体。


「まさか――スライム?」


 幼い時分に遊んだ超大作ロールプレイングゲームに登場する、あの有名極まりない国民的モンスター。

 スライム が あらわれた !


 ワオ、こいつはちょっぴり感動だ。

 これで話しかけたら、『ぼく は わるい ぷるぷる じゃないよ』とかいって仲間になってくれたりするわけか?

 頭身のサイズは同じぐらいだし、いけるんじゃ……?


 ……ええい、ままよ!

 私は、思い切って声をかけてみることにした。


「やあ、すらきちの旦那だんな。私とお」


 お友達になって欲しいという言葉は、最後まで出ることはなかった。

 なぜならこちらが発話した段階で。


 スライムが、襲いかかってきたからだ。


 グワリと広がるゲル状の身体が、一息に私を包み込む。

 想像したのはバッカルコーン、つまりクリオネの捕食シーン。

 クソバカな思考の隙に、全身が飲み込まれる。


「ごぼっ!?」


 マジかよ、息ができねぇ。

 そもそもボディーがないんだから、肺臓はいぞう横隔膜おうかくまくも機能してないだろうに、いまさら呼吸困難なんてのはせねぇが、実際そうなっていやがるんだから仕方ない。


 そもそも、その理屈で言えば声が出せたのも変か――って、いてぇっ!


 開けたままにしていた目が激しく痛む。

 酸性の洗剤とアルカリ性の洗剤を混ぜて発生したガスが粘膜についたときぐらい痛い!


 悲鳴を上げようとするが、それもまたボコボコと泡になってスライムの中に溶けていく。

 ああ、死ぬ。

 ここで私のセカンドライフ、第二の首人生は終わってしまうらしい。

 思えば、恥の多い人生を送ってきましたなんて、脳が走馬灯を回しはじめた。

 その瞬間ときだった。


「あーもー! 助けるつもりとか無かったのにっ」


 なんとも苦労性な叫びが響くのと同時に後頭部へ衝撃が走り、急に頭が自由になる。

 スライムから蹴り出されたのだとさとったときには、ことは起きて終わっていた。


 蹴り上げられるスライム。

 けれどそこにダメージはなく、再び全身をくぱっと広げてこちらへ襲いかかろうとする。

 だが、成し遂げられない。

 届きはしない。

 私の前に立ちはだかった影が、腰に吊り下げていた巻物のようなものを広げたからだ。


「とっておきの火炎魔法の巻物スクロール、食らっときなさい!」


 ドカーン!

 巻物から放たれた爆炎ばくえんが、スライムを端微塵ぱみじんに消し飛ばした。

 そうして、事をした人物が、こちらへと振り返る。


「貸しひとつだかんね、美人の生首さん?」


 私を助けてくれたひと、それは。

 じつにモフい狐耳を生やした女性マブだった。

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