第6話
翌朝、アラームの音で目を覚ます。
無理矢理起こされた頭はまだぼんやりしているが、鳴り続けるアラームを止めるために枕元を探り、スマホを手に取る。
画面をタップしてアラームを止めたあと、ふと通知欄に目をやると、いくつかのメッセージが届いていた。
新着メッセージは2通。
一通目は、深夜に依織から届いていた。
『来週空いてる日ありますか?』
二通目は、姉ちゃんから。
『今日何時ぐらいに家着きそう?この前のやつ届けに行く~』
眠気が残ったままの頭で、「返信しなきゃな……」とつぶやきながら、のそのそとベッドから這い出る。洗面所へ向かい、蛇口のレバーを上げて顔を洗う。冷たい水が、少しだけ意識を引き戻してくれた。
歯ブラシを咥えながら、スマホをもう一度手に取る。
まずは姉ちゃんに返すか。
『たぶん19時前後かな。店出る時にまた連絡する』
それから依織のメッセージに目をやる。
来週の予定……今埋まってるとしたら、木曜日の飲みぐらいだ。夜なら木曜以外は空いてるし、なんなら休みである金曜日も丸一日空いてる。
いや、でも木曜に飲むなら、金曜の昼は厳しいかもしれないなぁ。
とりあえず、夜の予定だけでいいかなと、歯ブラシをくわえたまま片手で返信する。
『夜は木曜日以外なら空いてる』
送信ボタンを押した直後、すぐに“既読”がつく。数秒後、まるで待っていたかのような早さで返信が届いた。
『じゃあ金曜の夜に、例の天ぷらの店行きましょ!』
画面を見たまま、ふっと小さく笑う。
『楽しみにしてる』
歯磨きを終え、洗面所の鏡に映る自分の寝癖を指でつまんで直す。スマホを洗面台の端に置いたまま、再び通知が光る。
画面を覗くと、今度は姉ちゃんからの返信だった。
『おけ!うちもそれぐらいにやること終わるはずだから!』
俺はそれに、適当なお気に入りのスタンプを一つ返して、スマホの画面を消した。
まだ髪は跳ねたままだったけど、時間をかけて直すほどのやる気もない。結局、軽く撫でつけただけで妥協する。
寝間着のTシャツを脱ぎ、クローゼットの扉を引く。その中から適当に目についた服を引っ張り出して着替える。
そうだ、姉が来るならあの服も返さなくてはと、あの日借りた服を見えるところにまとめておく。あの姉のことなので、部屋に上がり込んでくることは間違いない。
「この前、掃除しといて正解だったな」
そうぼやいて、カバンに必要なものを放り込む。イヤホンを耳に突っ込んで、最後にスマホを手に取った。
玄関のドアを開けると、ひんやりした秋の空気が一気に入り込んでくる。
「行ってきます」
誰にともなく投げたその声は、静かな玄関に溶けて消えた。がちゃりと閉めた鍵の音だけが、変わらない朝を確かに刻んだ。
いつも通りの業務内容だが、昼はそこそこ忙しくて、途中まで依織が来ていたことに気づけなかった。
「今日は来てくれてるよ」
先輩のアサヒさんに呼び止められ、小声でそんなことを知らされる。ホールを見渡してようやく、奥のテーブルで紅茶を前に、静かに座っている依織の姿に気づく。ふと目が合った瞬間、彼はハッとしたように表情を緩めて、遠慮がちに手を振ってきた。
「健気だねぇ、行ってあげなよ。ちょうど盛り付け終わったみたいだし」
アサヒさんはそう言って、厨房から渡されたプレートを俺に手渡してくる。シフォンケーキとカットフルーツ、ホイップが添えられた定番のデザートだ。丁寧に仕上げられたそれを、慎重に受け取った。
「わかりました。行ってきますね」
プレートを片手に依織のもとへ向かう。テーブルに近づくにつれて、依織の顔がぱぁっと明るくなる。
さっきまで少し所在なげに紅茶のカップを弄っていた手が止まり、俺の姿を捉えると、遠慮がちにけれど嬉しそうに目を細めた。
「お待たせいたしました」
テーブルにデザートプレートを置くと、依織は俺の顔を見て微笑んで、そっと礼を言う。
「シキ様、ありがとうございます。でも、あの……わざわざ提供、代わってくださってましたよね?すみません、お仕事の邪魔し——」
「お気になさらず」
徐々に尻すぼみになっていくその声に、思わず被せるように口を開いた。
「私は、ご主人様とお話しできて嬉しいですよ。もちろん、ご主人様も同じお気持ちですよね?」
「うっ……お、おなじきもちです」
依織の耳まで一気に赤く染まっていくのが、目に見えてわかる。 わかりやすすぎて、思わず笑いそうになったのを、どうにか堪える。
「それはよかった。では、ごゆっくりティータイムをお過ごしくださいね」
言いながら軽くお辞儀をして、その場を離れる。
それからの時間は、いつも通りだった。皿を下げ、注文を通し、接客して、料理を運ぶ。気づけば、慌ただしさの中に身を預けていた。
依織が帰ったのは、夕方少し前。俺は手が離せなくて、見送りは別のキャストに任せる形になった。
けれど、すれ違いざまにふと顔を上げた彼が、俺の方を見て笑った。
「また来ますね」
そのひと言が、いつも通りのはずなのに、なぜか心に残った。
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