第11話


 数分後、カーテンが再び揺れて、イオリが戻ってきた。


 彼は何事もなかったように笑みを浮かべ、俺の手を自然に取る。


「タクシー呼んだんで、行きましょっか」


 ぐっと立ち上がらされ、流れるままに歩き出す。


「ま、待て……お会計は」


「もう終わらせました。だから行きましょう、ね?」


 有無を言わせない声音に甘さが混じる。そのまま強引に手を引かれ、タクシーに乗せられる。


 タクシーに揺られているうちに、まぶたが重くなってきた。

 気を張っていたはずなのに、アルコールと疲れが一気に押し寄せてきて、気づけば、俺はイオリの肩に頭を預けていた。


 彼の体温と安定した呼吸音が心地よくて、つい瞼を閉じてしまう。


「……もうすぐ着くんで」


 耳元で低い声が囁いた。返事をしようとしたけれど、身体が重くて動かない。結局、そのまま意識を手放してしまう。


「シキ様、起きて」


 肩を軽く揺すられ、なんとか目を開けた時には、手を引かれてタクシーから降りていた。


 視界はまだ霞んでいて、気づけばエレベーターの中。数字が上へと刻まれていく音だけがやけに鮮明に耳に入る。


 到着を告げる電子音に、ようやく少し頭が冴えてきた。握られたままの手に視線を落とす。引かれるまま廊下を進んでいく。


 立ち止まったイオリはカードキーをかざしてロックを解除させている。扉が開いた瞬間、背中を押されて中に踏み込んでしまう。


 扉が閉まって鍵が自動で施錠されたその刹那、唇を塞がれた。


 軽く触れるだけの口づけ。けれどそれはすぐに深くなり、呼吸を奪われていく。


「……ん」


熱のこもった吐息が混じり合い、足元がふらつきそうになる。


 短く唇が離れた時、イオリが囁いた。


「シキ、」


拒む隙もなく顎を掬い上げられ、顔を上げさせられる。


「……舌、出して」


 ジッと見つめてくる視線に、逆らうこともできず、言われるがままに舌を差し出した。それにイオリは満足気に口角を上げる。


「いい子」


 すぐに重なる唇。熱い舌が絡みつき、吸い上げられる。


 ジュル、と水音が響き、背筋を痺れが走る。歯列をなぞる生温かい感覚。初めてのそれに、全身の力が抜けていった。


 腰に回された腕と後頭部に沿えられた掌からは「逃がさない」という強い意志が伝わってくる。


 苦しい。


 けれど、不思議と気持ちよさも混じっていた。舌を吸われるたび、ビリビリと電流のような快感が腰を走り抜け、声にならない息が漏れる。


 イオリの唇が離れると同時に、腰に回されていた腕も緩む。支えを失った身体は崩れ落ちそうになるも、すぐに支えなすように腕に力が込められる。


「おっと、危ない」


 まるで大切に扱うように抱き留められ、少しだけ安堵した――その矢先。


「俯かないで。こっち向いてください」


 促されるままに顔を上げると、イオリと目が合う。ただ従っただけのに、にこりと笑ったイオリの目が、ぞくりと背を這う。


「……その顔、いつもレイさんに見せてるんですか?」


 声のトーンが、ほんのわずかに低くなる。


 顔が近づき、次の瞬間また呼吸を奪われる。角度を変えながら、ちゅっちゅっと触れるだけのキスが落とされる。


 俺を支えている腕がゆっくりと緩んでいき、そのせいで玄関の廊下に徐々に座り込んでいってしまう。


 少しでもこの甘い痺れから逃れようと背を反らすも、気づいたときには、冷たい床に押し倒されていた。俺に跨るように覆い被さるイオリは不適な笑みを浮かべる。


 目の前に落ちる影と、至近距離の吐息に心臓が唸る。


「やめろ……」


 震える声が唇から零れた。 


「何が嫌なんですか?」


 低く笑う声。裾から忍び込む指が、熱を持った素肌をゆっくりとなぞる。冷たい指先が腹を這う感覚に、びくりと身体が跳ねる。


 そのまま白い体躯を徐々に晒されていく。パーカーを捲り上げられ、冷たい空気にさらされるたびに肌が粟立った。


 のぞいた脇腹に、熱い舌がぬるりと這わされる。こそばゆさと背筋を駆け上がるなんともいえない感覚が混ざり合い、喉から悲鳴のような嬌声が出てしまう。


「ここ、玄関ですよ?声、抑えないと。廊下通った人に気づかれちゃうかも」


 耳元に落ちる低い囁き。ぞくりと全身が羞恥で震える。慌てて手を口元に押し当て、必死に声を噛み殺した。喉の奥でくぐもる声。指が這うたびに息が乱れる。


 いつまで続くのだろうかと考えたとき、無意識に口元から手が離れてしまった。


 そのタイミングで、イオリの指先が胸元の小さな突起に触れる。


「んあ……ッ!」


 一際高い嬌声が跳ねる。自分の声にさえ驚き、胸の奥まで恥ずかしさがこみ上げた。


「へぇ……乳首、敏感なんですか?」


 楽しげに笑いながら、尖りには触れず、その周囲を円を描くようにゆっくりと撫でていく。じらすようなその動きに、呼吸が荒く乱れていった。


 触れそうで触れない、際どいところをなぞる指先に反抗するため、言葉を吐こうと口を開いた。


 けれど、喉からこぼれるのは嬌声だけ。


「……っ、あ……や、ぁ……」


 自分でも止められない声に、顔がかっと熱くなる。


 そんな俺を見下ろしながら、イオリは悪戯っぽく笑った。


「これ、気持ちいい?」


 指がゆっくりと胸を撫で回す。くすぐるようで、それでいて逃げられない快感が全身に広がる。


「ほら……シキ様、腰。揺れてますよ」


「え……?」


 その言葉で、自分の腰が彼の指先に反応するように小さく揺れていたことに気づいた。


 絶望的な羞恥に震えていると、イオリの指先がふっと軌道を変える。


「触って欲しいのは、ここかな」


 尖りを避けていた指が、ようやくそこへ近づく――かと思えば、また寸前で逸れて、くるくると周囲をなぞっていく。


「っ……や、め……っ」


 声は掠れ、むしろ期待を孕んだように震えていた。自分でも耳を塞ぎたくなる。


 イオリはそんな俺の反応を楽しむように、わざと触れそうで触れない距離で指を踊らせる。円を描くたび、胸の奥が甘く疼いてどうしようもない。


「……ほら、もう摘めちゃうね」


囁きながら、今度は親指と人差し指で軽く挟まれる。


「――っあぁ……ッ!」


 思わず跳ね上がった声に、自分で自分が信じられなかった。

 弾かれるように身体を捩らせても、指先はしっかりと敏感な先端を捉えて離さない。


 その刺激に、体の芯まで熱が伝わっていく。さらに、乳頭をカリカリと引っ掻くように弄られ声にならない声が、喉から勝手に漏れ出る。理性が止めようとしても、身体は正直に反応してしまう。


「……っ、ぁ、……ああっ……!」


 イオリはそんな俺を見下ろして、にやりと笑った。


「こっちはまだ触ってないのに……」


 わざとらしく指で反対側の乳輪をなぞりながら、囁き声が耳を打つ。


「可愛い……。ねぇ、シキ様……もっと触って欲しいですか?」


 熱を帯びた吐息がかかり、胸がきゅうと縮こまる。

 返事なんてしたくないのに、期待に反応する身体が悔しくてたまらなかった。


「……いらない」


 か細い拒絶が自分の唇から零れた。


 イオリの指がそこでぴたりと止まり、俺を見下ろす視線が絡みつく。


「気持ちいいでしょ?」


「……気持ちよくない」


 虚勢混じりの言葉を吐いた途端、イオリの喉から深いため息が漏れる。


「……はぁ。強情ですね」


その声音は、どこか甘やかで、同時に冷たく愉悦を含んでいた。


「でも……そんなところも、俺は好きですよ」


 次の瞬間、指が再び乳首を捉える。

 ひねられ、転がされ、爪の先でカリカリと引っ掻かれる。鋭い快感に喉の奥で声が詰まり、背が震える。


 弄ばれた乳首は、熱を帯びて赤く熟れた果実のように艶めいていた。

 必死に存在を主張するようにピンと立ち上がっているのが自分でもわかる。


「真っ赤になって、かわいい。もっと気持ちよくなりましょうね。」


イオリが低く笑い、湿った舌を這わせた。


「――っひぁ……!」


 舌先が擦れるたび、全身に熱が走り、堪えきれず声が漏れる。


「や、……っやめろ……っあ、ぁ……っ」


 乳首に顔を埋めるイオリの頭を、震える手で力いっぱい押し返した。


 これ以上は危ない、と脳内で警鐘が鳴る。快感に呑まれそうな自分が怖くて、喉が引きつるように叫ぶ。


「はな、……れろッ!」


 必死に力を込めるが、イオリの身体はびくともしない。その重みと熱に、身体の奥が怯えていた。


「や……やめろ……!お前なんかで…… 気持ちよく、なるわけ……っ」


 言葉が震え、語尾がにじむ。ガリッと鋭い痛みが乳首を貫いた。


「――っあ゛あッ!」


 背中が跳ね上がる。押し返していた手に、力が入らない。イオリがゆっくりと顔を上げた。


 舌で唇を濡らしながら、細めた目で見下ろしながら、静かに囁く。


「暴れないで下さいよ……力加減、間違えちゃってもいいんですか?」


「う、ぁ……」


 怯えた声が喉から漏れ、自分でも情けないと思った。だけど、どうしようもなかった。

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