第24話
「さて、次の調査ポイントは、
この泉の、南西に位置する、オークの大樹周辺です」
セレスティアの地図を頼りに、
私たちは、さらに森の奥へと進んでいく。
しばらく歩くと、
ひときわ大きな、古いオークの木の根元に、
星明かりのベリーが、群生している場所を見つけた。
泉の周りよりも、ずっと、たくさん実っている。
「すごい! これだけあれば、当分ジャムには困らないね!」
「素晴らしい……! ここの土壌データも採取しなけ……」
セレスティアが、そう言いかけた、その時だった。
ポコッ。
地面から、
何かが、生えてきた。
「……ん?」
それは、私の膝くらいの高さの、
ずんぐりむっくりとした、キノコ。
……いや、キノコに、手と足が生えている?
顔も、ある。
への字に曲がった口と、
すごく、不機嫌そうな、つぶらな瞳。
エララさんの言っていた、『きのこの子』だ。
私たちが見ている前で、
きのこの子は、地面から、次々と、
ポコッ、ポコッ、ポコッ、と生えてくる。
あっという間に、私たちは、
不機嫌そうな顔をした、数十体のきのこの子たちに、
完全に、包囲されていた。
そして、そのうちの一体が、
私たちに向かって、
ぷいっ、と、そっぽを向いた。
プシュゥゥゥゥ…………!
「わっ!?」
きのこの子の、カサの裏側から、
キラキラとした、ピンク色の胞子が、
煙のように、噴射された。
「ルナリア様、お下がりください! 毒性胞子の可能性があります!」
セレスティアが、即座に、
例のタクティカルゴーグルを装着し、
私の前に立ちはだかる。
そして、腰のポーチから、
純銀製のナイフとフォーク(また!?)を取り出した。
「メイド奥義【銀食器乱舞(シルバーウェア・ダンス)】! この不届き者どもめ!」
「待って待って待って! エララさん、泥を投げてくるって言ってただけだから! 戦闘態勢に入るの、早すぎるから!」
私が、暴走しそうなメイドさんを羽交い締めにして、
必死に止めている、その間に。
ピンクの胞子は、私たちの周りに、ふわり、と漂い……。
「……あれ?」
特に、体に異常はない。
毒じゃ、なかったのかな?
「ふふっ」
「へ?」
「あはははははははは!」
だめだ、笑いが、止まらない。
「ルナリア様!? ご無事ですか!?」
「だ、大丈夫……! あはは! なんか、おかしくて……!」
「これは……! 強制的な幸福感を誘発する、幻覚性胞子……! なんという、卑劣な!」
セレスティアは、憤慨している。
でも、私は、もう、ツボに入ってしまった。
不機嫌そうな顔のきのこの子たちが、
一斉に、ぷいってそっぽを向いてるのが、
おかしくて、おかしくて、たまらない。
「ふ、ふふ……! ご、ごめんなさい……! あははは!
私たちは……! あなたたちと、争う気は……ひっ……!
ないんです……! ぷっ、あははははは!」
笑いすぎて、お腹が痛い。
涙目になりながら、
私が、なんとか、交渉(?)を試みていると。
きのこの子たちは、
一斉に、こちらを、じとーっとした目で見つめてきた。
そして、
「「「…………ぷいっ」」」
プシュゥゥゥゥウウウウウウウ!!!!
今度は、さっきの、
10倍くらいの量の、
ピンクの胞子が、私たちに襲いかかってきた。
「あはははははははははははははははははははははは!!!!」
もう、ダメだ。
腹筋が、崩壊する。
私たちは、その場で、笑い転げるしかなかった。
◇
「はぁ……はぁ……。疲れた……」
数分後。
胞子の効果が切れた私は、
完全に、HP(主に腹筋の)を削り取られ、
地面に、へたり込んでいた。
きのこの子たちは、
そんな私たちを、
「ふん」とでも言いたげな顔で、
遠巻きに、見ている。
どうやら、彼らは、
このベリーの群生地を、守っているらしい。
自分たちの、縄張りだ、と。
「……どうしようか」
力ずくでは、ダメそうだ。
下手に攻撃すれば、また怒らせてしまう。
かといって、このまま引き下がるわけにも……。
私は、ふと、エララさんが持たせてくれた、
サンドイッチのバスケットが、
足元に転がっているのに、気がついた。
……そうだ。
交渉、してみよう。
私は、バスケットから、
サンドイッチを一つ、取り出した。
そして、きのこの子たちに、見えるように、
それを、ゆっくりと、地面に置いた。
きのこの子たちが、
不思議そうに、こちらを見ている。
私は、サンドイッチと、
バスケットを、交互に指差しながら、
ジェスチャーで、必死に訴えた。
「これを、あげるから!
ベリーを、少しだけ、分けてくれませんか!」
私の言葉が、通じたのかどうか。
きのこの子たちは、
お互いに、顔を見合わせ、
カサを、こそこそと、寄せ合っている。
キノコ会議だ。
やがて、
一体の、長老っぽい、
少しだけカサの大きいきのこの子が、
代表して、前に出てきた。
そして、
私が置いたサンドイッチに、
そろーり、そろーりと、近づくと、
くんくん、と、匂いを嗅いだ。
そして。
ぱくっ。
小さな口で、
サンドイッチの、端っこを、
一口、かじった。
「…………!」
きのこの子の、
つぶらな瞳が、
きゅぴーん! と、見開かれた。
その場で、ぴょんぴょん、と、
嬉しそうに、飛び跳ね始める。
どうやら、お気に召したらしい。
長老きのこが、
仲間たちに向かって、
「うまい! うまいぞ、これ!」とでも言うように、
ぶんぶんと、手(?)を振ると。
きのこの子たちは、
一斉に、サンドイッチに群がり、
あっという間に、平らげてしまった。
そして、満足そうに、
ぽんぽんと、お腹を叩くと、
今度は、ベリーの茂みの方へ、
よちよちと、歩いていった。
そして、一番、熟していて、
美味しそうなベリーだけを、
せっせと、摘み始めたのだ。
数分後。
私たちのバスケットは、
キラキラと輝く、星明かりのベリーで、
いっぱいになっていた。
きのこの子たちは、
バスケットを、私たちの前に、
ずい、と押し出すと、
また、一斉に、
「ふん」と、そっぽを向いて、
地面の中に、ポコポコと、帰っていった。
……ツンデレなのかな?
「……なんだか」
「はい」
「わらしべ長者みたいだね」
私たちは、
顔を見合わせて、
ふふっ、と、笑い合った。
こうして、私たちの、
はじめての現地調査は、
謎のきのこと、友好条約(?)を結ぶという、
予想外の形で、幕を閉じたのだった。
帰り道。
「あのサンドイッチの材料を分析し、きのこの子たちの嗜好に合わせた、携帯食料を開発すれば、今後の交渉が有利に……」
と、ぶつぶつ呟いている、
研究者モードのセレスティアの横で。
私は、今日の、
ドタバタだけど、
なんだか、すごく、楽しかった一日を、
反芻しながら、
満足のため息を、つくのだった。
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