第1話 異世界転移の初日
Side A:レイナルト=フォン=グランシュタイン
一口食すや、魂が震えた。
甘辛き肉、柔らかき米……これはまさしく、戦神をたたえる聖なる供物!
「……この肉、まさか火竜の血肉か!?」
我が思わずそう叫ぶと、隣の席の男が箸を落とした。
奇妙な紐を首に巻いておる――あれは隷属の証か。
気づけば、我の器は空であった。
うむ、まだ足りぬ。
「もう一杯、馳走になろう!」
「ヨロコンデ!」
彼らは歓喜の民か。
呼びかけるたびに喜びを叫ぶとは、見事な統制である。
食欲の赴くまま丼を平らげ、我は告げた。
「そこの侍女、馳走になった。
我が魂は救済されたぞ。」
「お会計、八百円になります。」
娘の持つ魔導具に数字が浮かび上がる。
……む、もしやこれは対価を示す神託か。
「金貨を持っている。これで十分だろう。」
「あの……お客様、このお金は使えませんよ。」
娘が笑顔で――しかし、それは作り笑いであった。
「カードをお持ちですか?」
「うむ、カードであるな。」
我は懐から金属の札(カードキー)を取り出した。
「……こちら、ホテルのカードキーですね。
大丈夫です、ホテルに連絡しておきます。」
「ふむ、供物を授けし後に帳簿をつける……。
なるほど、この世界の祭儀はよくできているな。」
我は大いに感心し、宿へ戻った。
ホテルの大広間では、支配人と名乗る男が我を待っていた。
「グランシュタイン様、先ほど『椰子の家』から連絡がございました。」
「うむ、すっかり馳走になった。」
「お代は当ホテルで立て替えております。」
「なんと、それは申し訳ないことをした。」
「それでもし……よろしければ、両替商をご紹介いたしますが。」
「両替商……貨幣を操る大魔導師か!
さすがこの世界、叡智に満ちておる。」
支配人はしばらく困った顔をしていたが、翌朝会う約束を取りつけた。
――それにしても、この世界はなんと平和か。
武器を手に歩く者は誰ひとりおらぬ。
子どもでさえ、無防備に笑っている。
「やはり神は、我を救いの地へ導かれたのだな。」
……その頃、異世界では、ひとりの女がバスローブ姿で目を覚ましていた。
Side B:池田祥子
「おはようございます、お嬢様。
朝食の支度が整いました。」
……ん? 誰? お嬢様って?
ぼんやりしている私をよそに、メイドさんたちは手際よく私を着替えさせていく。
レースのドレス、ふわふわの袖。
――かわいい。でもちょっとクラシック。
「おお、ショーコ。今日はちゃんと起きれたのかい?」
……子ども扱いか?
いや、今の私は「お嬢様」なのだ。
「ええ、お父様。いつまでも子どもじゃありませんもの。」
「……おじい様、ではないのか?」
あっ、やば。
「もう、おじいさまったら。
若々しいお姿で見違えてしまいましたわ。」
「ははは、またおべっかを言ってわしを喜ばせおって。
賢い子じゃ。」
――セーフ! 危なかった。
「ところで、お父様とお母様はどちらに?」
「お前の祖父グランシュタイン公がな、忽然と姿を消したんじゃ。
母はその件で魔導の塔へ、父は商業ギルドで多忙でな。」
「……それは大変でございますね。」
(って、それ完全に私のせいでしょ!?
おじいさま、今ごろ牛丼食べてるんじゃないの!?)
私は自室に戻り、転移者お約束のステータスを確認してみた。
「ステータス・オープン!」
――空中に浮かぶ半透明の文字。
名前:ショーコ=フォン=ラインハルト(貴族の一人娘)
アルカナディス王国貴族
火炎の魔導塔の主の孫
(※ホテルから転移した女)
装備:お嬢様の服/古代王の金貨
*イベント履歴
・リケジョブームに乗れなかった女
・財産を失った女
・世界を跳躍した女〈NEW〉
……履歴に容赦がない。誰よ、これ書いたの。
まぁいい。世界跳躍って、飛び越えちゃってるし。
「新しいスキルを獲得しました。」
脳内に機械音声のような声が響く。
……鑑定? 商売人には便利そう。
でもこの私、いったい何歳なの?
周りの反応、完全に子どもじゃん。
中身はアラサー女子だけどね。あー、胃薬ほしい。
手の中の古代王の金貨が、光を反射してきらめいた。
……これ、本物だったのね。
オークション詐欺じゃなかったのか。あの古物商、大丈夫?
「失礼します、お嬢様。ご主人様がお呼びでございます。」
朝、私を起こしてくれたメイドさんが頭を下げる。
――やばい、異世界チート感すごい。背筋が勝手に伸びた。
「ありがとう。それで、どちらに?」
「はい、書斎にてお待ちです。」
私はおじいさまの書斎に向かった。
「ショーコや、まだグランシュタイン公の行方は知れぬ。
魔導士には我々が理解できぬ世界があるのだろう。」
……やっぱり完全に入れ替わってる。
おじいさま(=レイナルト)、ほんとに無事かな……?
「そうですわね。
おじいさまに事情があるのでしょう。
無事でありますように。」
「母もしばらく戻れぬそうだ。残念だな。」
「そう……ですね。」
(いやいや残念どころか、私が原因なんですけど!?
どうやって戻るのよコレ……)
古代王の金貨を握りしめ、ため息をついた。
「……神様、責任取ってよね。
クーリングオフ、効かないの?」
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