マークシートの神様
クソプライベート
ラッキーマン
男は、ABCの次のアルファベットも知らない。しかし、TOEICで満点を取れる。
的川中(まとかわ あたる)の伝説は、会社の昇進試験で始まった。TOEIC600点が必須条件。英語アレルギーの的川は、二時間の試験中、ひたすら愛用の六角鉛筆を転がし、出た目に従ってマークシートを塗りつぶすという苦行に身を投じた。
「どうせ無理だし、均等に塗っとくか…」
結果が発表された日、オフィスがどよめいた。的川の名前の横に輝く「990」の三文字。もちろん満点だ。
「ま、的川くん!君、隠していたのかね!」「いや、あの、鉛筆が…」「謙遜するな!素晴らしい!」
こうして、最初の偶然は「謙虚な実力者」という美しい誤解にすり替わった。だが、地獄はここからだった。一度ついたイメージは剥がせない。会社は彼を「グローバル人材の星」と祭り上げ、海外事業部に異動させた。もちろん、会議の内容は一言もわからない。
「これはまずい」
焦った的川は、自分の実力が本物でないことを証明するため、自腹でもう一度TOEICを受けた。今度は前回と違うパターンで、徹底的にデタラメに塗った。結果は、またしても990点。
この一件で、彼は「天才」から「怪物」へと評価を変えた。噂は海を越え、ウォール・ストリート・ジャーナルが彼を特集した。「日本のサラリーマン、マークシートの法則性を完全解明か」。
彼はテレビ番組に引っ張りだこになった。生放送で問題を解かされ、司会者が尋ねる。
「的川さん、このPart5の問題、なぜBを選んだのですか?」
的川は冷や汗をだらだら流しながら、正直に答えるしかなかった。
「なんとなく…Bの形が、一番しっくりきた、というか…」
スタジオは静まり返り、次の瞬間、割れんばかりの拍手が巻き起こった。「無意識の領域!」「言語脳を超えた直感!」。専門家たちは彼の回答を神秘的なものとして絶賛し、彼の発言は「アタルの神託」と呼ばれ、自己啓発本になった。
満点を重ねること50回。彼はもはや個人ではなく、一種の社会現象だった。彼が試験日に食べたカツ丼は「合格メシ」として全国のスーパーに並び、彼が使った鉛筆は一本10万円で取引された。
だが、的川本人は限界だった。英語ができないというバレてはいけない秘密。偶然に支配される人生。彼は、この狂った運命から降りることを決意した。
51回目の試験会場。彼は固く誓っていた。
「今日は何もしない。白紙で出すんだ」
試験が始まり、彼は静かに目を閉じた。周囲の受験者がカリカリとペンを走らせる音だけが響く。この二時間が過ぎれば、全てが終わる。
しかし、試験終了5分前、事件は起きた。見回りをしていた試験監督が、的川の机の脚に躓き、盛大に転んだのだ。監督がとっさに掴んだのは的川の腕。その勢いで、的川の手が鉛筆を持ったまま、マークシートの上を凄まじい勢いで滑り、無数の黒い線をランダムに描きつけた。
「あ…」
そして後日、的川の元に51回目の結果通知が届く。
結果:990点。
彼は空を仰ぎ、乾いた笑いを漏らした。もう、逃れられない。諦めた彼は、自宅前に張り込む海外メディアの記者たちに向かって、必死に記憶した人生最初の英単語を、はっきりと告げた。
「ヘルプ・ミー」
その言葉は、51回連続満点の偉業を達成した男の新たな神託として、世界中に報道された。
マークシートの神様 クソプライベート @1232INMN
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