東国の勇者の場合8

「貴様、なぜ立ち上がった。」

剣を首元に押し付けた少年がトーンの低く落ち着いた声でゆっくりと言った。トーンは低めではあるが声の質自体は少し高めだ。

眼球を動かし、視線を変えてどんな人物か確認した。年は自分と十七歳同じくらいだろう。背丈は自分より少し小さいくらいだった。

 次にどこから現れたのかという疑問がわいたがそれは一瞬にして解決した。部屋の両端に等間隔で腰に剣を携えた人間が一列づつ並んでいた。そしてその中に明らかに不自然に空いた空間が存在した。自分から見て左側の等間隔に並んでいれば3人目のところだ。おそらくその空間にもともといた人物が一瞬でこちらへ来たのだろう。

 部屋の端から自分の位置までは目測で20メートル弱はある。それを一瞬で移動してくるとは一体どんな技法を使ったのだろうか。すごい気になる。

 だが、今考えるべきはそこではない。部屋の端には全部で12人それだけの人間がいた。その事実に部屋に入ってから一切気づかなかった。そっちの方がよっぽど考えるべき事象だ。

 理由としては、考えられるのは二つある。一つは単純に自分の力不足、ということだ。視野が狭くなり、王しか単純に見えていなかった。それだけ冷静でなく、目の前の王に気圧されてしまったということだろう。

 もう一つは、単純に目の前の国王の威厳がすさまじくこの部屋とも相まって存在するだけで威圧感を与えているのだろうということだ。そしてこの部屋では王以外の事が考えられなくなってしまったか。

前者か後者あるいはその両方か、どちらにせよこの王がこの国の王たる所以の一端を見た気がした。

しかし、ありがたいことにその考えと今にも殺されそうであるという現実が自分を冷静にしてくれた。

「いや、特に大きな理由はありませんよ。ただ、強いてあげるとするならば、私の覚悟を伝えるためのちょっとした演出といったところでしょうか。」

そう言いながら両手を上げ降伏の意思を示す。これがこの世界でも通じるかどうかわからないが、この後の展開を考えればやっておいて損はないだろう。

自分の考えが正しければおそらくこの少年が自分を切り捨てて殺すことはまずないのだから。

「そうか、それは理解した。だが貴様から放たれるその殺気と敵意、それは陛下に向けるには到底受け入れられるものではないが。」

なるほど、敵意か。確かに自分の心情を無理やり表すとその言葉が妥当だろう。国王の威圧感になんとか対抗しようとした結果である。それを勘違いされてしまったのならしょうがない。だがその程度の事で殺されてしまったら、この少年の前では外交は無理だな。

 冷静な態度と口調の割にはやっている行動が直情的で感情的である。自分の知る範囲では一番厄介な存在とs認識している。さて、どう言いくるめたものか。

「アルス、やめなさい。」

またしても部屋の端にいた、剣士が1人こちらへと近づいてきた。身長は自分よりも高く190はあるかもしれない。また声や雰囲気から落ち着いた年上の男性といったところか。だがこちらへ来るときの仮面のような笑顔がまた不気味であった。

そして先ほどの少年剣士と違うのは、彼はゆっくりとそして、堂々と歩いてきたのだ。だが不思議なことが一つ、そこに足音はなかった。

「しかし、イグニス隊長‼」

「いつも言っているだろう、君のその直情的な言動は仲間を危険にさらしてしまうと。」

ほう、隊長だったのか。少年剣士も何も言い返せずに、動きを止めたまま立ち尽くしている。

 隊長の言葉に気圧されてしまったのだろう。優しく穏やかな口調と同時に恐怖を与えるような威圧。隊をまとめるものとして身につけたものだろう。

 少年剣士はうつむき剣を下した。

「すまなかった。」

その少年剣士の自分に向けられた謝罪の言葉には、隠しきれない悔しさがにじみ出ていた。

 隊長はというと体を国王の方に向け深々と頭を下げた。

「申し訳ありません、陛下。部下がこのような場で大変失礼な振る舞いを。」

その言葉には先ほどの威圧感はない。ただあるのは畏敬の念だけだろう。それまでに先ほどの口調とは違うものだった。

「まぁ、よい。気にするな。彼もこの国の事を思ってのことだ。今回の件少しは大目に見てやりなさい。」

国王は笑顔でそう言った。まさに、予期せずしていいものが見れたという顔だった。

「はっ、あり難きお言葉、感謝します。」

「では下がってよいイグニス。」

「かしこまりました。」

そして、隊長は元居た場所にに戻っていった

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