東国の勇者の場合2

『勇者様』


少し衝撃の走るその言葉に疑問符が浮んだ。周りを見渡してみても当たり前だが特に自分以外の人間は見当たらない。自分と声の主であるおそらくメイドであろう女性、この2人だけが存在するのみである。

このことから想像できるのは、勇者様というのは自分ということになる。正直、信じ難い結論ではある。

「私はここでお世話係をしております『リニア』ともうします。勇者様の世界ではメイドと表現できるものかと。」

メイドがベッドの近くにあった小さな机に持っているものを置きながら自己紹介を始めた。やはり、自分が勇者で間違いがないようだった。予想が当たって嬉しい反面、何が起こるのかと不安になってくる。それに何だか色々と引っかかる発言が多い。

「どうやら、まだ戸惑われているようでございますね。お顔に緊張感がございます。」

メイドはゆっくりと近づきながら自分に対する観察結果を言った。美しい作り笑いで言い放ったその言葉には、トゲは無いが同時に温かみも全くない、まるでこちらを品定めしているかのような言葉だった。

「戸惑うと言うか、あまりに唐突なことが起こりすぎて何が何だかよく分かってないんですよね。」

「そう言うのを『戸惑う』と言うのですよ。」

「へぇ…そうなんですね・・・」

あまりにも早い返しに少し怖気付いてしまう。このメイドはレスバが強いのかもしれない。

「しかし、戸惑うにしてはあまりにも冷静ですね。」

メイドの顔が近づいてくる。

「そ、そうですか・・・」

自分もそれに合わせて体を後ろにのけぞらせてしまう。

「ええ、こういった場合大抵の方々は、状況を理解するのに精一杯という形で会話を行うことすら困難だったりしますので。」

「へ、へぇそうなんですね・・・」

適当な返事をしてみたが、このメイドのいう通りかもしれない。振り返ってみると、自分でも驚くくらい起きてからやけに冷静である。メイドが現れて少し焦ったことは事実だが、そこまで取り乱していたわけでもない。自分でもかなり不思議なのだが、自分の中にこ状況の何かしらの確信を持っているかのような感覚がある。

「ですが、急なことです。『戸惑う』そう言った事が起こってしまうのも無理はないでしょう。」

メイドが急に踵を返し、ベッドの方に近づいた。その時にメイドの左手が自然と移動を促した。それに釣られて自分はメイドについてゆく。

「少しお水でも飲んで、落ち着きましょう。」

メイドは立ち止まると水差しからグラスへ水を注ぎ、グラスを自分へ差し出した。

「ありがとうございます・・・」

受け取る動作が何故かぎこちなくなる。

プラシーボ効果だろうか、本当に少し気持ちが落ち着いたような気がする。メイドが来て焦っていた気持ちが失くなり、今目の前のメイドに集中できるような落ち着きである。なんとも不思議な感覚だ。

だからこそだろうか、さっきのメイドのいっていた内容が気になり始めてきた。勇者というふうに自分を形容したこともそうだが、一番はまるで自分が異世界に迷い込んだかのような口調である。しかも、そのことをメイドは知っていたかのような口ぶりだ。さらには自分がそれを理解している前提で話している。

一体自分はどん状況に置かれて何をさせらるのだろうか。とりあえず迎えられた部屋を見る限り、それなりに良い待遇ではあるようだ。

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