第6話 GMコール
「ああ、クソ!」
純白の後ろ姿が闇で見えなくなると倉之助は水泳帽をむしり取って短髪の頭をガシガシとかいた。
「コーチ……」
不安を隠せない愛音に倉之助は深呼吸して答えた。
「……今は京太郎殿を優先しよう」
「ま、純白ちゃん……大丈夫でしょうか?」
「騎士殿も心配でござるが、お二人も放置はできんでござる」
「そ、それもそうですね……」
「大丈夫、騎士殿は運動神経がいいので簡単にはやられないでござるよ。それにおいどんの策が失敗したら助けがいるのは事実でござる」
倉之助は不安そうにする愛音を元気づけるように言うと水飲み場に移動。水が使えることを確認すると水泳帽を丹念に洗い、ギュッと絞ると京太郎の腕をキツく縛り上げて間接圧迫止血を試みる。
他にダメージがないか探しながら倉之助は問う。
「愛音殿、おいどんたちとわかれてから何があったんでござるか?」
「その……更衣室に行ったらロッカーがさっきの怪物に変わって……あ、慌てて逃げたら外まで怪物が追ってきて……それを見た先輩が、わ、わたしを助けようとして……」
「――京太郎殿は漢でござるな。愛音殿にはケガや異常はないでござるか?」
「はい……。しいて言えば……転んで打ったお尻が痛いぐらいです……」
とりあえず愛音は無事であったことに倉之助はホッとする。
「ケガがないのは何より。今後すべてのドアは安全が確認できるまで開けないでくだされ」
「は、はい!」
「良い返事でござる」
純白のイノシシぶりに頭が痛くなったが、愛音の素直な返事に表情が僅かに緩んだ。
「さて、と。京太郎殿をプールサイドまで移動させるでござるよ」
「あの……ほんとに動かすんですか? 純白ちゃんがお医者さんを連れてくるまで動かさないほうが……」
「騎士殿にも言ったがモンスターが現れたらどちらにしろ移動でござるよ。それに敵が水で溶けるならプールの側の方が安全でござる」
目に見える外傷は腕だけだが自販機に叩きつけられたのなら背骨や内臓もダメージを受けている可能性がある。下手に動かせば後遺症が残りかねないがモンスターに襲われれば死だ。
「んじゃ、移動するでござるよ。愛音殿はペットボトルを回収してくだされ」
「わ、わかりましたッ!」」
大魔神は眠った赤子を起こさないイメージで京太郎を優しく抱えあげる。
京太郎は長身の細マッチョ。
一般人が抱きかかえるには少々辛いが、巨漢の倉之助からすれば子供と変わらない。
倉之助は京太郎に衝撃が伝わらないように慎重に移動。途中、愛音にビート板を取ってもらって入り口から一番遠いプールサイドに陣取る。換気用の窓しかない袋小路だが敵が侵入してきたらすぐに分かる。仮に横湧きしたら自分が時間を稼いで二人はプールに避難すればいい。
愛音が持ってきたビート板を枕にして京太郎を横たえると、気絶していた京太郎は目を覚ました。
「ゴホッゴホッ……ここ、は……?」
京太郎の顔は青白く、不安げな視線を倉之助に向けている。
愛音は口元をおさえるが倉之助はいつものえびす顔とサムズアップで応えた。
「ここはいつものサブプールでござるよ。モンスターは倒したから安心するでござる」
「……ああ……そうだった……怪物が…………愛音ちゃんは……?」
「京太郎殿のおかげで無傷でござる」
「あ、ありがとうございます……」
普段の愛音なら怯えて避けたり無視するのだが今回ばかりは素直に応じた。命の恩人を無下に扱うのは気がとがめたのだろう。
それに気をよくした京太郎はだらしない笑みを浮かべる。
「今の……愛音ちゃんの姿を見れただけでも……助けた甲斐が――ゴホッゴホッ!」
「笹沼先輩!?」
プールサイドに血の玉が飛散し、愛音は悲鳴のような声を上げた。
今すぐ助けがほしいところだが助けを呼びに行った純白はまだ帰ってこない。
ここ『しろくまスポーツセンター』はメイン、サブ、子供用、飛び込みの四種のプールに加えてフィットネスジムも存在するそれなりに大きなスポーツセンターだ。監視AIの導入によって人員は減っているが、巡回の監視員や通報に対処する管理員は存在するので事件から数分たった今でも人が来ないのは通常ありえない。倉之助は自らの予想が悪い意味で当たったことを確信する。
(……強引に止めるべきだったか?)
建物の構造が変化し、見たこともない怪物が現れた。
この奇妙な事態がこの建物の中だけなのか、世界規模で起こっているのかはわからないがかなり危険な状況だ。純白は無駄足を踏んだだけでなく二次被害に会っている可能性もある。
とはいえ今は眼の前の京太郎を優先だ。悪い予想は思考の片隅に追いやると立ち上がった。
「愛音殿は京太郎殿の介抱をお願いするでござる」
「……コーチはどうするんですか?」
「神頼みでござる」
倉之助はそう言うと、天に向かって叫んだ。
「ジーエムコォゥル! ゲームマスター! 見ているんでござろう? お願いがあるんで出てきてほしいでござる!」
雨乞いをするシャーマンのごとく、あるいは許しを請う殉教者のごとくひざまずいた。
唐突に点に祈り始めた倉之助を傍から見ていた愛音はびっくりするが、京太郎の肩に手を添えながら、倉之助と同じ虚空を見上げた。
しかしなにも起こらない。
絶望すら感じた愛音だったが奇妙な変化が現れた。
空中が波紋のように歪んで、コロンと猫サイズのなにかが飛び込み台の上に転がり出た。
「よっと、呼んだかい?」
そう言ってフワリと浮かんだのは風船のような腹を抱えたタツノオトシゴだった。
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