第4話 エンカウント


 扉を開けた先は小さな休憩所。

 右側には男女の更衣室の扉が並び、反対側には自動販売機、トイレ、水飲み場が存在している。

 京太郎は自動販売機の前に血まみれで倒れ、尻餅をついた愛音は見知らぬ大男に迫られていた。


 その大男は明らかに異質だった。

 衣服の類は一切身に着けておらず大魔神とタメをはる巨体をしているが、最大の違いは肌だ。


 まるで岩。


 しかし獣のような唸り声と、揺れ動く姿がただの岩ではないことを主張している。

 あまりに異質な状況に倉之助は困惑する。


(……つまりコイツが『ゲーム』の敵、ってことか?)


 だとすれば、どこを攻撃すればいい?

 素手で殴れば逆にダメージを受ける。ドリルやハンマーでもなければダメージを与えられそうにない。


「ヒッ……っ!」

 倉之助が思考している間に、大男が新たなアクションをおこした。

 大男が四つん這いになって愛音に覆いかぶさったのだ。

 彼女の安全を考えれば、いま動くしかない。


(――やるしかねぇ)


 意を決した倉之助は忍び足で大男の背後に近寄る。太鼓腹が縦にゆっさゆっさと揺れてかなり目立つが大男はこちらに気付かない。

 大男は目が悪いのか愛音に異様に顔を近づけ、愛音は顔を背けてミイラのように直立不動の姿勢で震える。


 倉之助は気づかれないうちに愛音の足首をつかんで引っ張った。


 この廊下は通称スリップエリア。

 プールの外に更衣室やトイレを設置したせいで滴り落ちた水で滑りやすくなっている危険地帯。そして床には愛音と京太郎に付着していた水滴と京太郎が買ったであろうミネラルウォーターで濡れていた。

 結果、つるんと床を滑った愛音は大男の股の間から窮地を脱した。


「コーチッ!」


 滑った拍子に水泳キャップが外れた愛音は腰にまで届く美しい白髪を振り乱しながら倉之助に抱きついた。目から涙が溢れ、大魔神の太鼓腹にめり込むほど強く抱きつく。

「ケガは?」

「え、あ、ありません、けど……先輩が……」

「京太郎殿はおいどんに任せるでござる。愛音殿は騎士殿と隠れているでござるよ」

「え……で、でも……」

「――さぁ行って」

「わ、わ、わかりました」


 コアラのようにしがみついて離れない愛音を優しく剥がして、さらに背中を軽く押して移動を促す。不安と恐怖で大魔神から離れたくない愛音だったが、倒れ伏した京太郎を見て手を離して純白の元へ向かう。


 愛音を笑顔で見届けた倉之助は、振り返ると大男を睨みつけた。

 大男はやはり目が悪いらしく愛音が消えたことに気づかず新たなアクションを起こす。


 ずろり、と敵の股間から白い触手が這い出てくる。


 先がスポイトのようにとがっておりイルカのペニスに似ているが睾丸は見当たらないので体内に収納されているかペニスではないのだろう。

 触手で愛音の居た位置を探るが見つからず、より広範囲を探すために伸ばしたところで倉之助のビッグフットが直撃した。 


「フゴォォォォォォォォォォォォオオオ!?」


 白ナマコを蹴り上げられた大男は腰をピンッと跳ね上げ『への字』の体勢で固まる。

 手加減はしない。

 仮に目の前の大男が風変わりな人間だったとしても性器らしきものが不能になるだけで死ぬわけではない。むしろ、逆上して襲ってくる可能性を考えればできるだけダメージを与えておく必要がある。何より愛音と京太郎にした仕打ちが許せなかった。


(完全にぶっ潰すッ!!)


 倉之助は万感の思いを込めてサッカーボールキックを食らわせた。

「うぉらぁ!」

「フゴォォォォォォォォォォォォッッッ!!!!」

 悶絶して脱力しかけていた大男は再び絶叫を上げてピンッと『への字』に硬直。

 しかしそれも束の間。体を支えていた手足がつるんと滑り、下半身は膝で踏ん張ったが頭を無様に打ち付けた。


 突き出された大男の足の裏を見て大魔神は顔をしかめる。


「……溶けてる?」

 見た目はゴツゴツとした岩。当然足裏もゴツゴツとした岩でスパイクの役割を果たしていたはずだが、それが見る影もないほどツルツルとしていた。そして廊下の水は黒く濁っている。


「ちょっと大魔神! そいつなんなのよ!」


 振り返ると純白と愛音が壁に隠れながらこちらを見ていた。

 そして純白の声で振り返ったのは倉之助だけではない。

 大男は突っ伏した状態からぬるりと振り返る。


 その横顔は溶岩石でできたゴリラ。

 地底人がいるとしたらこんな感じなのかもしれない。


「…………死ねぃッ!」

「フゴォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!?」

 倉之助が再び白いナマコをけり上げると、とうとう膝も耐えきれずに腰を床に打ち付けた。


「フゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!?」


 大男は今まで以上の絶叫を上げる。

 なにせ自らの岩肌でデリケートな部分をすりおろしているのだ。推定体重五百キロを超えるだけあってダメージも相当大きいようだ。


 大男は立とうとするが手足に力がはいらず生まれたての小鹿のようにプルプルと震えて起き上がれずにいる。それなのに体を無理に起こそうとするものだからバランスを崩して再び転倒。ナマコを強打、すりおろす、の無限ループ。


 大男が無様をさらしているうちに大魔神はミネラルウォーターのペットボトルを手に取る。横倒しになっていたので半分以上なくなっているが一口か二口分は残っている。それを大男の頭にかけてみた。


「フゴォォォォォォォォォォォォォ――――――…………」

 

 すると大男の岩のような頭がどろりと溶ける。

 大男の動きと絶叫は徐々に小さくなり、やがて体の端からボロボロと崩れて空気に溶けるように消える。あとに残されたのはドス黒い水たまりと直径1センチの珠だけだった。


「これは……?」


 銅色に輝く真珠のような宝石。それが黒い液体を吸ったように黒く濁っている。

 明らかに体に悪そうな汚水を避けて珠にチョン、っと触ってみるが体に異常はない。意を決して珠をつまむと、珠から帯状のウィンドウが現れた。


〈未鑑定のマガイの宝珠〉


「…………確かに『ゲーム』でござるな」

 倉之助は呆れてため息をつくと、水着のポケットにしまった。



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