第2話 無理って断って終わりだと思ったのに

 「ごめん! やっぱ無理!」


 反射的に叫んでいた。相手はクラスカースト上位に君臨するのはもうほぼ確定事項。定められた運命。そんな相手だ。

 だから、頭では「トゲがないように丁寧に断らなきゃ……」と分かっていたのに、というか丁寧に断らないと今後の高校生活が終焉してしまうのに。

 口から出たのはまるで火事場のバカ力みたいな即答だった。なにやってんだ! 私のバカっ!


 すると目の前の袖ヶ浦ひかりは、きょとんとした顔をした。

 ……いや、なんでそんな純粋無垢な小学生みたいな顔してんの。おかしいでしょ。


 「なんで?」

 「……いや、なんで? じゃないでしょ!?」

 「好きだから、付き合ってって言ったんだけれど。なんで断られているんだ?」

 「え!? なんでって断られていることに対してのなんでだったの?」

 「ぼくのことを嫌いな人がいるとは思わなくてつい……」


 袖ヶ浦は結構重めに受け止めていた。ショックを受けているというよりは、真面目に感心しているような感じ。


 「いやいや、こっちだって別に袖ヶ浦さんのこと嫌いとかじゃないけど。ていうか、寧ろカッコイイと思うし、顔はかなりタイプだから」

 「なのに、ぼくの告白は断った……と」

 「いやだって、私、袖ヶ浦さんのことなにもしらないし」

 「ふむ。つまり、佐倉さんはぼくの顔は好みだけれど、中身がわからないから付き合うのは怖い、とそういうことだね? ならば素直にそう言ってくれれば良かったのに」

 「なっ……いや、たしかにさっきの私の発言だとそうにも捉えられるけど……」

 「他になにか危惧すべき事項があるのかな? ぼくの顔はかなり整っている方で、清潔感もかなり気を使っているからね。臭くないし、ベタついていないし。佐倉さんの隣に立って恥ずかしくない人間なつもりだよ」


 彼……いいや、彼女はむふんとドヤ顔を見せる。

 でも言っていることはなにもおかしくない。

 自分で言っているのは一体どうなんだと思うところもあるが、事実として袖ヶ浦は圧倒的イケメンだ。清潔感があるのも言うまでもなく、そんな人が隣に並ぶのは……私が見劣りするって意味で恥ずかしいのはあるが、それは彼女が原因ではなくて私の自分磨きが足りていないのが原因。


 「佐倉さんが気にしている性格の部分はこれから付き合って、たしかめていけばいい」


 押したら行ける。そう思われているのだろうか。ダメ押ししてくる。

 でも、私が気にしているのはそこじゃない。


 「ぼくの愛が足りていないからとかかな? それなら愛を囁こう。今、放送室を占拠して、佐倉さんを愛していると全校生徒に伝えたってぼくは構わないんだよ?」


 顔を顰めたのを見た袖ヶ浦は一人で話を加速させていく。

  大事な愛をさらっと言い切られて、こっちが照れるんですけど!?

 お、落ち着け私。顔がいいだけの女に愛を囁かれてなにを動揺しているんだ。心よ、鎮まれ……っ!

 イケメンだけど、めっちゃイケメンだけど、相手は女だぞ。


 「いや……同性同士ってさ、普通ありえないじゃん」

 「普通ってなに?」


 小首を傾げる彼女は、本当に分からないみたいに問い返してきた。

 その表情があまりにも自然で、否定の言葉がのどに詰まる。


 「……で、でも……」

 「佐倉さんは、ぼくのことかっこいいと思ってくれてたんでしょ? 違うのかい?」

 「……っ」


 ぐさり。

 不意打ちの一言に、私は口を噤んだ。そりゃあ思ってる。初めて見たときから、目を奪われてた。

 でも、それは顔のいい奴がいるなっていうだけであって。好きになったわけじゃない。それが男だったのなら、付き合ってもいいかなって思えたけど。

 私は女で、袖ヶ浦も女。どっちも女性。なのに、それなのに、付き合うとかどう考えてもダメ……で。

 

 「可愛いとか、カッコいいとか思っているのならば、もうそれはぼくと付き合う理由として十分じゃないかな?」

 「十分じゃないから困ってるんですけど!?」

 「困ってる顔も可愛いよ」

 「は!? ここタイミングで……はあ、あのねぇ……!?」


 必死にツッコミを返すけど、押し込まれるたびに心臓がきゅっとなる。油断したら、ころっと落ちてしまいそう。

 ふざけてるのかと思いきや、ひかりの目は真剣で、笑っていない。

 だから余計に、私の方が逃げ腰になるしかない。


 「私は女で、袖ヶ浦さんも女。どっちも女性。同性なんだよ?」

 「うん、そうだね」

 「それで……それなのに付き合うのは大きな問題なんじゃないかな、って思うんだけど」

 「些細な問題だよ。最近は同性愛も一般化してきているからね。全く偏見がないかと言われれば決してそんなことはないだろうが」

 「……袖ヶ浦さんは、女の人が好きなの?」

 「どうだろうな」


 ふむ、と考え込む。


 「ぼくは元来、人を好きになってこなかったからね。自身が同性愛者だとか、異性愛者だとか、そんなことは考えたこともなかったよ」


 ニコッと微笑みながら、真っ直ぐに言葉を伝えてくる。

 そして、


 「一つ、間違いなく言えることがあるとすれば」

 「すれば?」

 「ぼくは佐倉さん。君のことを世界で一番愛しているってことさ」


 屈託がなく、迷いもなく、自信に溢れた袖ヶ浦の振る舞いを見て、


 「無理だよ! 私も袖ヶ浦さんも女の子なんだから! 付き合えないって! つ! き! あ! え! な! い!」


 叫んで、拒絶した。

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