第36話 明けましたのはダンジョンで

 2122年1月1日甲府ダンジョン。


 「宗像さん。新年ですよ。ほら」


 春斗が腕時計型のデバイスのチャイムを宗像に聞かせた。


 「ん。おお。そうですね。休憩にしますか」

 「はい」


 宗像が休憩ポイントを作るために壁を探る。

 壁を叩いて地盤が弱そうな位置を見つけた。


 「春斗。ここですね。壊してください」

 「はい」


 マッハモードで壁を殴って、穴を作った。

 

 「ここで休憩です。お願いします」

 「はい」


 無音フィールドと不協和音を音壁の内側と外側に乗せる。

 壁の外と内で、全く違う環境を作るのだ。

 モンスターからするとここの壁の中に人がいるとは思えない。

 

 「それでは、鍋にでもしますか」

 「はい! 今年はなんのですか?」

 「それはですね。牛のすき焼きにでもしようかと思って、持ってきましたよ。これ」

 

 宗像が小さなカプセルを取り出した。

 

 「ダンジョンアイテムの一つ。最新の実験作です」

 「ん? それは?」

 「保冷カプセルってので、ここにこんな感じで・・・」


 カプセルのボタンを押して、ポイッと前に投げると、保冷ボックスが飛び出た。


 「こんな感じで一発で出てきます」

 「凄い!?」

 「ただしですね。使い捨てです」

 「使い捨て!? いくらです。宗像さん」

 「2000万」

 「に・・・実用性ないですね」


 さすがの春斗でも高いと思った。


 「ええ。ないです。これ、試作品ですもん」

 「はぁ。宗像さん、疑うようで悪いんですが、買ってはないんですよね?」

 「もちろんです。買っていたら、自分のお財布カラカラですよ」

 「そうですよね。でも宗像さんって怪しいですからね。カラカラになるまで使いそうです」

 「面目ない」


 親子は何気ない会話をした。

 その後テキパキと料理をする宗像。その宗像のサポートをする春斗。

 二人は料理が出来る人間なので、無言で連携して鍋を完成させていた。

 春斗が野菜を刻んで、宗像がその食材をもらって鍋に投入、調味料などを用意して、味付けを担当していた。 

 二人で鍋を完成させると。


 「食べましょう」

 「はい」

 「「いただきます!」」


 二人は無言で食べる。

 これが二人のスタイルだ。

 何かを話すわけでもなく、美味しいと言い合うわけでもない。

 ただ何も言わずに食べるだけ。

 それでも二人は、満足している。一緒にいられる時は一緒にいる。

 それがこの不思議な親子の日常だった。


 「「ごちそうさまでした」」


 と食事が終わると、会話が始まる。

 だから決して話したくないという話じゃないのだ。

 食事は食事、会話は会話。

 くっきりはっきりしている宗像家である。


 「春斗。学校はどうです」

 「どうです?」

 「楽しいですか」

 「はい、そうですね」

 「ん? 何か気になる事があります」

 「え。何もないですよ」


 春斗が驚いていると、宗像は続ける。


 「そうですか。顔が変ですね」

 「顔がですか」

 「ええ、なんだか寂しい顔になりましたね。一瞬で」


 宗像の観察では春斗の目の奥が変わった気がした。


 「いえいえ。楽しいですよ」

 「本当ですか? 父の勘が悪かったでしたかね」

 「宗像さんの勘って・・・あるんですか?」

 「あら。ずいぶんと生意気な口になりましたね。成長ですか」

 「いえ。これはただ思った事を言っただけで」


 正直に答えただけだ。

 春斗は、事実だけを述べるので嘘を言わない。


 「春斗。いいですか。楽しいことも。面白くない事も。どんな事も学校にはありますよ。ええ。自分も子供の頃は学校なんてね・・・・ええ、普通でしたね」

 「宗像さんが学生ってイメージがないですね」

 「いえいえ。自分にもありましたよ。青春ですね・・・」

 「宗像さんが? そうだ。母とは何で恋人に? そしてなぜ自分を・・・」


 春斗は、聞かなくてもいい事のついでに自分が聞きたかった事を聞いてみた。

 

 「ええ。そうですね。言ってませんでしたね・・・あれは」


 宗像の学生時代は不思議な漢として有名だった。



 ◇


 クラスの端の席にいたのが自分で、いつも窓を見て外の景色を見ていた。

 そこにいつも来るのが五味だ。

 小学生の頃から友達の自分らは、根っからの大親友で、高校生になってもずっと一緒だった。


 「おい。四郎」

 「なんですか五味」

 「もうちょい笑えよ。つまらなそうにするから、みんな逃げてくんだろ」

 「そうですか。自分のせい・・・というよりも。どちらかというと、五味の顔が怖いのでは?」


 当時、五味の顔が怖いからそばに人が来ないと思っていた。

 実際はそんな事はない。五味はバランスの取れた会話が出来て、男女ともに友達が多い。

 顔が怖くとも彼の言葉が少々きつくとも、雰囲気は柔らかい。


 「違うわ仏頂面・・・ん? あ!」

 「え? 何かありました?」


 ここに、いつもの人が現れる。


 「四郎さん。義経君! いつもいつも! 元気だね」

 「ええ。そうですね」「いや、あんたがな」


 秋子さんは、こんなどこにでもいる人間・・・じゃないですね。

 変わった自分にも優しい人で、太陽みたいな人でした。

 明るさが前面に出ていて、とにかく眩しい人でしたよ。

 

 ◇


 「こんな感じでね。普通の何でもない会話を三人でしていましたね。彼女は明るくて、自分も五味も押されっぱなしでした」

 「そうなんですね」


 話を聞くに、今と何も変わらない日々そうだと、春斗は思った。


 「ですが、彼女にギフターズの力の兆候がみられる辺りで・・・危険になっていきました。それで、自分が守ろうと動いた時にはもうね。目を付けられましたね。青井栄太に」

 「・・・・・」


 自分の実の父のせいで、宗像さんが苦しんだ。

 春斗は顔を伏せる。


 「ええ。でも安心を。君を産んだ彼女は、君を愛していましたよ。間違いない」

 「?」


 すぐに顔を上げた。

 

 「自分。言ってませんでしたが。秋子さんの最期の時ですがね。君が産まれる時に立ち会ってるんです。そして、自分は産まれたばかりの君を抱っこしてますよ。実はね」

 「え? そうだったんですか」


 この時の宗像は、施設から引きとったとしか、春斗に教えていなかった。


 「ええ。あれは、彼女が生命力の全てを・・・君にギフトを贈ったに違いない。これは間違いないと思います。春斗の力は、アキの力の全力だと。いえ、命を懸けた全力だと自分は思っています」

 「自分の力がですか」

 「ええ。神から人へじゃない。人から人へ。継承された唯一の人。それが君でしょう」

 「人から人へ・・・母から子へですか」

 「そう。この世で最も素晴らしい。無償の愛の結晶です。あなたは・・・だから特別なんです。強いからじゃなくて、この世の特別じゃなくて、母からの愛を受けたからって意味ですよ」

 「・・・そうですか」


 春斗は心が温かくなった気がした。母を知らないけれど、母を知る人からの伝聞でも、母の愛情をもらえた気がした。


 「だから、最後までね。諦めないでください。君の運命は、必ず厳しいものになる。これは確定だ」

 「はい」

 「立場。力。これらが複雑ですからね。だから工夫できる人間にしようとね・・・自分がダンジョンに連れて来たってわけです。ここでは様々な事が経験になりますからね。成長。成長!!」

 「・・・・・・」


 春斗が無言になって、目が冷たくなった。


 「ん? どうしました??」

 「あの。宗像さん」

 「はい?」

 「そこは、自分が好きなだけでは?」

 「あ。バレました」

 「当然ですね。宗像さんですもん」


 ダンジョンが大好きな男宗像四郎。

 そして自分もまた大好きだから、この人の気持ちが分かるのだ。


 「ハハハハ。それじゃあ、今日は調べながらいきましょう!」

 「いつも通りでは?」


 【今日は】がいらないんじゃないかな。

 春斗のごもっともな意見でこの日の進軍は決まった。

 ここまでの食事休憩は二時間ほど。

 新年の祝いにしては短いが、こちらのご家庭にとっては長い部類。

 一般家庭よりもかなり短い祝いの日であった。



 ◇


 1月3日


 進軍速度を緩めながら、慎重にダンジョン内を調査する二人。

 モンスターに。ダンジョン構造。

 これらを調べながら進むのは、今のDAIの仕事に近いものだ。


 「ここから先は、氷河ダンジョンになるんでしょうか?」

 「そうみたいですね。これはまた珍しい」


 甲府ダンジョンは、通常の洞窟型が21層までは続いていたのだが、22層から姿が一変した。

 壁周りが氷に覆われ始めている。


 「宗像さん。下がりますか? 二人でいくには、厳しい環境では?」

 「環境はそうですね。でも実力は・・・」


 見える範囲でのモンスターは。


 「まだ、A下位だ。これならば、自分らでも」


 春斗と宗像であれば、余裕の範囲内である。


 「進みます?」

 「いってみましょう。甲府ダンジョンを進む人が少ないみたいですからね」


 ここのダンジョン情報が少なかった。

 それはここに潜る人間の量が足りないのだろう。

 だから、宗像は自分たちの足で調査に入って、皆の手助けになろうとしたのだ。


 「わかりました」


 春斗はその宗像の気持ちが分かるので、素直に頷いた。


 ◇


 氷河ダンジョンと言っても、洞窟に氷がへばりついている形で、地面にも薄く氷が張られていたのが、23層まで。

 24層から、昔の地球にあった北極のような場所と化す。


 「氷のみ・・・下はまさか海に近い?」


 分厚い氷の下は、海のような場所かも知れない。

 水があるのかも。

 氷の上に立つ二人は、モンスターの強さよりも、環境の変化に戸惑っていた。


 「宗像さん。これは、一つ割ってみても」

 「いいでしょう。気をつけてください」

 「了解です」


 春斗は音の力で慎重に氷を割った。


 「ふん!」


 氷がピキピキと鳴った後に二つに別れる。

 

 「水ですね。これは・・・やはり氷河」


 氷河ダンジョンで確定だ。

 二人は、ここでダンジョン構造を決定した。


 ◇


 25層。

 完璧な氷の世界。

 ダンジョン的構造は消えた。

 上空がある。快晴の空があるのだ。


 「空?」

 「視野が広くなりますね。春斗」

 「はい。ダンジョンに空?」

 「疑似的でしょう。空間が広いだけで、上はあるかと」

 「そうですか。音を出して・・・」

 「やめましょう。洞窟ダンジョン以外で壁破壊は危険となりますよ。検証するにも、もう少し人が欲しい。自分と春斗だけでは環境変化に対応しきれない」

 「・・わかりました」


 もう少し探検メンバーがいれば、こういう時に様々な対応を取れるのに。

 言っている人も言われている当事者も、二人して悔しがっていた。


 「んんん。ここまでかな。26にも行かなくてもよさそうですね」

 「ええ、はい」

 「ん? 不満そうですが。でもここで無理は駄目ですよ。ここから先が、本格的になるでしょうから。変です。かなり歩いてもモンスターが来ていませんからね」


 だいぶ寒くなった環境。でも全面が氷になっているのに、まだそこまでは寒くない。氷点下10度もいっていないだろう。

 これほど氷があって、寒さがまだまだ。

 だったらこの先がもっと寒いと予想できる。


 「では春斗、あそこら辺までは、いってみますか。広めの視界が開けた場所で。ちょうどいいので」

 「はい」


 これが、運命の分かれ道の一つ。

 政府にDAIが出来るきっかけの事件である。


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