第29話 体育祭 漢
棒倒し。
普通の学校でも行われる競技である。
相手の棒を倒したら勝ちのシンプルイズベストの競技だ。
皆で自分たちの棒を守って、皆で相手の棒を攻める。
それが通常の棒倒しだが、ここはNSS。
能力を持つ人間が戦うとどうなるか。
それは。
【ドカーン】【ゴンガンドン】
【ドドドドド】
とまあ、破壊的な戦場となる。
選手への直接攻撃を不可としていてもだ。
棒への攻撃は良しとしているので。
棒倒しの場は物凄い音と共に土煙も舞い上がる戦場となる。
何が起こっているのかは、基本戦っている者同士にしか見えないほどだ。
「さてさて。あの人は凄い面白いですよ。アルト。気をつけて」
それでも春斗には、棒の前に立つ男が見えていた。
その男を知っている。
春斗は、アルトを心配した。
◇
一年一組対三年一組。
力の差は歴然となっているから、ハンデがある。
一年生十名に対して、三年生は五名。
人数半分のハンデがある。
「くそ。なんで一人で守ってるのに、強いんだ?」
アルトの視線の先にいるのは、棒の横に立つ男性。
仁王立ちで待ち構えている。
アルトは攻撃を任されていて、実質一対一となっていた。
「ほう。その紫の髪が特徴的な・・・そう。君が! あの・・・・」
男は止まった。
「そう・・・あの・・・・なんだっけ」
「え? な、なんですか?」
言いたい事を忘れていたらしい。
「まあいいや。それよりあなたは誰ですか?」
「俺は、愛華健太だ」
「じゃあ、俺は冬野アルトです。先輩」
アルトは、相手が自分の名前を言いたいんだと思って、相手の名前から聞いたら、こちらから紹介できるぞと思い質問した。
こんな場面でも気を遣う男なのだ。
「おお。そうだ。そうだ。アルトだ! S級のな!」
「いちおうですけど」
「ああ。そうだ。その実力。噂に聞いていたぞ!」
って名前を覚えてないけどね。
とはアルトは言わない。
「どうだ。この棒! 俺がここにいても、倒せそうか!」
「ええ。やってみます」
「そうか。そうか。ほんじゃあ来い!」
余計な事を言わずに、かかって来いと言えるのが、健太。
野太い声に大きな体で、相手を威圧するつもりがなくとも威圧している男性だ。
◇
「ん。さすが愛華だ。それも自分じゃなかったら、健太さんが調査員でしたね」
春斗は二人の戦いを遠巻きから見ていた。
「相変わらずの鉄壁。自分もこの力じゃなかったら苦労したはずですよ」
音解除が無ければ、健太を倒すことは難しい。
春斗が賞賛する人物は、愛華健太。
愛華家の嫡男だ。
分家ではあるが、次期当主である。
実は、アルトと香凛の二人を見る役目を与えられる可能性があった人物に春斗以外だと二人いた。
その内の一人が、二つ上の健太だった。
断念した理由は、彼の発言を聞いての通り。
忘れっぽい事と、豪胆な性格である事だ。
だから、あの二人を気に入ってしまえば、肩入れする恐れがあった。
なのでフラットに物事を考える事が出来る春斗に役回りが来たわけである。
もう一人は・・・ある意味で大丈夫なのだが・・・ある意味で宜しくないために、そちらは断念した。
その理由は、ここでは割愛しよう。
「さて。アルトが成長するに。健太さんはちょうどいいかもしれませんね。大苦戦するはずです」
健太の力を理解しているからこそ、ここで一皮むけるべきだと、春斗はアルトを信じていた。
◇
「はぁはぁ・・・なんでだ」
アルトの疑問は自分の雷が全く通用しない事にある。
棒を倒すために、横を殴るようにして、雷で殴打しているのに、肝心の棒がビクともしない。
むしろその手前で何かに弾かれている。遮られている感触がある。
「威力はかなりあるな・・・少年!」
あ。この人俺の名前を忘れたな。と思ったアルトだった。
「二枚目までも焼くとは、やるな!」
二枚目?
発言に何かヒントがあるかもと会話をすることにした。
「先輩。これ、何かの能力なんですか。この鉄壁具合は!」
「おう! 破ってみろ。少年!」
素直だ!?
アルトは聞き出すのに苦労すると思ったら簡単に言ったので拍子抜けした。
「これは・・・テレキネシスとかじゃないか」
雷が誘導された気配がない。
何かに当たってから弾け飛んでいる気がする。
アルトは試しに青電を仕掛けてみた。
青い雷が棒に当たる直前で弾かれる。
「ああ。全然意味がない。まったく効いてないな」
まるで春斗のようにアルトは至って冷静である。
自分の力が上手くいかずとも焦らない。
◇
夏休み。
三人での秘密特訓中。
春斗が課す修行の内。講義だけは、部屋で行なわれていた。
主に春斗の部屋でだ。
だから、三人は狭い部屋で密集しながら学習していた。
春斗が部屋の真ん中に立ち、アルトが椅子に座って、香凛がベッドに横になっている。
人口密度マックス状態での授業だ。
「春君! あたし、ベッド使うよ」
「いいですよ。でも、自分の匂いがあるかもしれません。気をつけてますが臭かったらごめんなさい」
「全然平気! むしろあったらいい!」
「ああ。そうですか。じゃあどうぞ」
お互い平気でこう言う事を言う。
香凛は春斗が好きだから受け入れて、春斗は基本香凛の発言を気にしないのだ。
不可思議な男女の会話だった。
「おいおい。女子をそこに置くのかよ」
なので、こういう時はアルトが頼りである。
唯一の常識人だ。
「え。だって本人が良いって」
「駄目だろ。そこは。男子の秘密が眠っているだろ」
「え? そうなんですか。ベッドって男子の秘密が眠っていたのか!!」
単純な春斗はアルトの言っている意味を理解していない。
「そうなの。アルト! どこに!!」
女性向け雑誌のパメやラナには、男子の秘密についての説明は書いていなかった。
「ああ。駄目だ。女の子がそこに眠ったら、それはもうな。あれがああなる。そしてそれがそうなる」
「「え。どれがどうなるの??」」
春斗と香凛が首を傾けた。
アルトの必死の説得があったが、結局二人が意味を理解していないために、三人の位置はこうなった。
そしてその間の授業は主に、ダンジョンについての解説や、その他にも心構えの問題もあった。
春斗は、今後二人が戦う相手がモンスターだけじゃない可能性を示唆していた。
「あなたたちはいずれS級となると思います。このまま順調に成長していけばですがね。でも自分の予想だとなれると思います」
自分と共にこのまま修練を重ねれば、君たちは絶対にS級だ。
春斗は内心ではこう思っても、確実性が無いことを確定的に言うのを嫌ったのだ。
「そうか」
「はい。それで、Sとなった場合。それらに付き纏う問題に対人があります」
「対人・・・既存のハンターギルドとの軋轢か?」
「はい。それもあると思いますが、それよりもまず永皇六家との問題が出てくると思います」
「ハルがいつも言っている上の事か」
「はい。政府上層部。六家です」
政府上層部といつも言うが、六家の政治体制の中で本当にトップだから上層部と言っている。
一井家 経済
二方家 警察
三羽家 医療
四葉家 法律
五味家 外交
六花家 防衛
こうして、それぞれの分野での責任を持っているのだ。
「アルトも香凛も。Sとなるとこれらと戦わないといけない場面が来ます」
「ハルもか」
「自分もですがね。自分の立場が複雑なので、自分は誰にも肩入れしません。青井に協力することはあり得ませんし。二方に入る事もありません。四葉もですね。ええ。半分、相場の血があっても四葉も無理でしょう」
四葉麗華を止めるとなったら、青井春斗がいかねばならない。
それに、この二人がタッグを組むなど、他の五家が許さないのだ。
「こういう複雑な関係ではないと思いますが。あなたたちも、六つの家のどこかとは繋がりを持つことになると思います。さすがにS級だったらそうなるかと」
「そうか・・・じゃ、どこがいい?」
「どこもお薦めしません」
「な。そうかよ。そんなにか」
「ええ。本来はどことも関わらないで生きて欲しいって思ってます。友人ですからね」
「・・・ハル・・・」
嬉しい言葉だけど、悲しい言葉でもあった。
春斗の辛い部分が垣間見えた気がしたのだ。
「でも出来たら二方が良いと思います。次郎さんなら悪いようにはしないと思います」
「次郎・・・先生のお兄さんだっけ」
「はい。二方次郎。今の日本の警察のトップです」
「そうか。なるほどな」
「とても真面目で、宗像さんよりも口数が少ないですけど、優しい人ですよ」
「へえ。そうなんだ」
「はい。それで六家で優しい人物はほぼいません。一井は分かりませんが、二方は比較的良心的。三羽は物腰が柔らかいだけで明子さんも厳しい人です。あと、四葉修司もです。五味は、義経さんじゃないので、きついです。頼朝さんですからね。六花旋も曲者です」
六家の人間全て曲者。
春斗はそう総称したが、アルト的には春斗よりも曲者を見た事がないので、どういった形なのか気になっていた。
「まあ、色々言いましたが、気をつけましょうってことでお願いします。頭の片隅にでも入れておいてください」
「ああ。わかった」
「それでは授業をしますか。ん? あれ? 香凛は?」
そう言えば二人で雑談をしていた。
春斗が香凛の方を見たら、春斗のベッドにうつ伏せになって倒れていた。
「あれ? 香凛。大丈夫ですか」
「むにゃむにゃむにゃ」
「寝てる!?」
せっかく忠告したのに、話を聞いてなかったのか。
春斗とアルトは香凛を見て呆れていた。
「春君の匂いがする・・・・いい匂い・・・・zzzzzz」
「え。自分って良い匂いなんですか。いや助かりましたねぇ。危ない危ない」
「おいおい。多分そういう意味で、こいつ言ってねえぞ。ハル・・・」
アルトだけは、香凛の寝言を理解していた。
◇
「ハルが教えてくれたことは・・・」
無駄な会話から思い出されてしまったが、あの時春斗が教えてくれたことはその続きの話だ。
「戦いをして、自分の技が上手くいかなかったとき。その時は、一旦下がれ。そして、考えろ。焦るよりも、不安になるよりも。それよりもまず考えろ。上手く出来ない要因から、考えるべきだ・・・それがハルの教えだったな」
そう精神的に不安定になる前に、その前に最初から思考を組み込む。
その思考をすることで、自分を不安にさせない。焦らせない。
こうするだけで、己のギフターズの力を落とすことが無くなる。
そうすれば、同じ威力の力で、再び検証することも可能となる。
何が上手くいって何が上手くいかないかを見つける事こそが、ギフターズの戦いにおける肝だ。
春斗の教えは、応用の効く教えだった。
「つまり。あの人が言っていた二枚目。それと俺の雷が弾かれる。こんなギフターズの技は・・たしか・・・」
春斗との勉強の中に、ギフターズの力についての勉強もあった。
内政系、戦闘系。様々な力を紹介された。
まだ見ぬ力もあるかもしれないが、今ある力だけでも覚えておいて損はないと、春斗は羅列してくれたのだ。
「攻撃を拒絶する力。PPだ。
アルトは、顔を上げた。自信満々な笑顔を絶やさない男の顔を見た。
「それも壁をいくつも張り巡らせているのなら、B以上の使い手だ。俺の雷も消しているんだ。間違いない。PPしかない!」
PP。
パイロキネシスやエレクトロキネシスのような遠隔攻撃や直接物理攻撃。それら全部を遮断する力を作る事が出来る能力で、見えない壁を構築することが出来る。
己、又は物に対して、断絶の壁を作って絶対防御を生み出す。
ただし、精神干渉系を遮ることが出来ないので、そちらには引っ掛かる恐れがある。
「あの人。あの棒を硬くしてんだな。このルール、生徒に攻撃しちゃいけないもんな」
棒倒しはあくまで棒だけに攻撃する。
人に攻撃してはいけない。
だから焦る事はしてはならないんだ。
力が弱くなってしまう焦る事だけはよろしくない。
「よし。時間があるなら、最大火力で!」
アルトは自身最高の力を右手に込めた。
「うおおおおお。これで勝負を」
「ほう。それが噂のか」
健太は、変化する雷を見て、力比べを楽しみにしていた。
自分の壁の腕試しだと思っている。
「余裕ありますね、先輩!」
「ないぞ。そいつを受けるのは初だからな」
「受ける・・・その言葉・・・やっぱり先輩はPPですね」
「お! 能力を教えてない奴が俺の能力を言い当てるとは・・・面白い。頑張れ」
「うっす」
気持ちのいい先輩だ。
今ある全力を試せそうだと、アルトの雷は赤から紫に変わっていった。
「いきます」
「来い少年!」
二人の勝負が始まった。
「紫電!」
青電よりも高速。赤電よりもパワーがある。
それが紫電。
発射と同時に出る音がほぼない。
どこで音が鳴るかと言うと着弾してから、アルトの手から音が鳴る。
不思議な雷。
それが紫電だ。
「PPの壁を貫け!」
雷が衝突して、アルトの右手から爆音が鳴った。
着弾の合図は受け止めた。
ならば、あとはもう雷がPPの壁を壊すまで。
「ぐっ。なるほど。これは強烈・・・3・・・4・・5・・・6か」
健太は雷に焼かれた壁を数えていた。
そして数えて数字が止まると、雷も消えた。
「なに。紫電が・・・それに棒が・・・」
アルトは倒しきれなかった。
無念そうな顔をするが、健太の方は満足気だ。
「六枚・・・この数を誇れ。少年! いや、アルトだったな!」
「俺の名前を覚えたんですか!」
「ああ。そうだアルト。俺は覚えたぞ。この六枚の壁を破ったのは、君で二人目だ」
「二人目?」
「ああ。名前は言えんが、あの怪物の本気モードとほぼ同じ力だぞ。誇れ!」
「怪物・・・本気モード・・そうか」
相手は春斗か。
アルトは言葉の裏の人物に気付いた。
「でもまだいきますよ。もう一発!」
「無駄だ。俺の十門はあの怪物のキャンセル技以外は通さない。それにだ・・後ろを見な」
「え・・・あ・・・そうですか。これは残念だ」
アルトは自陣を見た。
棒が見事に倒されていたのである。
九対四の戦いでだったら、流石にこちらでも守りきれるかもと思ったが、そこは三年生の意地があった。
意地でも負けてやらんと、三年生たちが一年生の棒を倒しきったのである。
「アルト。力を蓄えておけ。そしてまた戦おう!」
「はい。その時はお願いします」
「了解だ。いつでも待つ!」
『漢』愛華健太は、清々しいまでに愚直である。
いつでも挑戦を受け入れる気なのだ。
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