第10話 研究室からの脱出

 どうだ、吸血鬼ってプライド高そうだろ? そんな吸血鬼が地べたに這いつくばってるんだ。


 ……ちらっ。


「…………分かった、実験に協力してもらえるなら黙っててあげる。だけど貴方はこれからどうするつもりなの?」


「大丈夫、城に帰るから。人工血液を分けてもらう時は俺の方から出向くよ」


「あー、やっぱり知らないか……。とても言い辛い話しなんだけど、あの城は貴方の物ではなくなっているの。今ではレスターン州の所有物になっているわ。貴方のお城にあった物も確か博物館で展示されていたはずよね?」


 アオイに知らされた衝撃の事実にビンタを喰らわされた気分だ。


「えっ……俺が帰る場所は無い?」


 アオイが静かに頷いた。考えてみれば当たり前か。発見されてから50年経ってるんだ。博物館で俺の生活雑貨だった物が展示されてた時点で気づけよ! しかし知らない間に俺が失ってた物って意外と多いな。時間に財産だろ、体の水分と尊厳、それに住処。ヤバい、引っ込んでた涙がまた出て来そう……。


 って泣いてる場合じゃない、生き残る為これからどうするか考えないと。とは言え今の俺が頼れるのはアオイしか居ない。


「あの……少しの間だけで良いからアオイの家に置いて欲しい。俺、こう見えても家事全般出来るし、力持ちなんだ。絶対に役に立てるからお願いします」


「はいー?」


 アオイが胡散臭い人を見る目で俺を見る。自分でも胡散臭いって分かってるけど、ここで折れたら俺に待ってるのは、フィンリーに殺される未来だけだ。俺は誠意を込めて頭を下げた。


「俺をアオイの家に置いてください。お願いします」


「……分かった。だけど外は昼よ、貴方どうやってこの部屋から出るつもりなの?」


「それは心配いらない。アオイのバッグに入れてもらうから」


「はいー?」


 アオイが変態を見る目で俺を見る。ちょっとこわい……。あっ、でもそっかアオイは俺が変身出来る事なんて知らないもんな。そりゃ変な顔される訳だ。


「俺は蝙蝠に変身できるんだ。そうすればアオイのバッグに入れるだろ? ちょっと後ろを向いててくれ」


 変身する時は物理的に体が縮むから一瞬裸になる。見られたら恥ずかしいからな。久々の事が失敗続きで、上手く変身出来るか不安だったけど、体が縮む感覚がして視線が低くなったからどうにか変身は出来てそうだ。


 変な事になってたら嫌だからさっきの金属トレーに自分の姿を写してみた。1周回って見てみる。羽を広げて……閉じる。耳をぴこぴこ口をパクパクしてみる。うん、普通の小ちゃくて可愛い蝙蝠だ。……ちょっと痩せてるけど。


「ほら、これならアオイのバックに入れるだろ?」


 ……あ、そっか。蝙蝠になったら人間とは言葉が通じないんだった。そう気付いて元に戻ろうとすると、アオイが不思議そうな表情でキョロキョロしてた。


「今の何? 頭の中に声が響いたんだけど?」


 えっ、もしかして俺の声が聞こえてる? それなら──。


「俺だよ、ケリー伯爵……いや譲二だ」


 俺が口をパクパクさせながら翼を振るとアオイがこっちを覗き込んだ。


「へぇー、本当に蝙蝠になったんだ。意外と可愛い顔してるじゃない」


 気付いたらアオイにむんずと掴まれてた。頭を撫でてくれるのは嬉しいけど……ぐえっ……く、苦しい……。


「アオイ……力、加減して……潰れちゃう。それに俺は可愛いんじゃない、カッコいいんだ」


「どうだか、ヒョロヒョロしててお世辞にもカッコいいとは言えなかったけど?」


 ストレートに酷い! 確かに今はヒョロヒョロだけどさ。


「本当はイケメンなんだぞ。……たぶんだけど」


「生ミイラが? ふぅん」


 ……その反応、さては信じてないな?


「もうちょっと血を飲めばイケメンになるんだ。後で驚くなよ?」


「はいはい、イケメンなのね。そんなことよりこの服持っていくの?」


 アオイがさっきまで俺が座ってた椅子の上を指差した。


「いや、嵩張るし置いてく。あっ、でも赤い宝石が付いたブローチだけは取っておいて。家宝なんだ」


「分かった」


 アオイは顔を顰めながらも、俺のジャケットからブローチを取ると、2本の指で俺が着てた服を摘んで元々寝かされてた台に乗せた。几帳面な性格なのか綺麗に並べてる。まるで俺の抜け殻みたいだ……。


 なんだか申し訳ない、変なヒョロヒョロ男が着てた、しかも550年前の服を女の子に触らせてしまって……。俺は心の中で「ゴメン」と手を合わせながら、アオイのバッグによじ登る。


「ほら、これでしょ?」


「ありがとう、アオイ」


「じゃ、じゃあ出発するから、閉めるわよ」


 俺がブローチを受け取り礼を言うと、アオイは照れた様にバッグのチャックを閉めた。アオイって言葉はキツイけど何かと優しいよな。ツンデレだ。


 *


「家に着いたわ。カーテンも閉めたから出て来て大丈夫だと思う」


 俺はおずおずとバッグから出て部屋を見回した。ここはリビングか? 女の子の部屋をジロジロと見るのは失礼だと思うけど、日光が入っていないかの確認だ。決してやましい心でとかでは無いはず! よし、大丈夫そうだ。


 アオイの家はひとり暮らしにしては少し広い。ルームシェアだろう。その証拠にトーマスがつけてるコロンの匂いがする。すごく臭い。トーマスがアオイの元カレだとは知ってるけど、なんか複雑な気分だ。俺なんて咽せたときに背中を摩って貰ったんだからな!


「ねえ、元に戻ってくれない? 頭に声が響く感覚に慣れなくて疲れるんだけど……」


「え……無理」


「何で? まさか血が足りないからとか言うつもり?」


「違うよ」


 確かにまだ血は足りてない。でも……。俺が口ごもるとアオイがズイッと顔を寄せた。


「何で戻らないの?」


「俺すっぽんぽんなの……」


「なんだ……そんな事? もっと早く言ってよ、ちょっと待ってて」


 アオイがリビングを出てしばらくすると、男物の服を1式持って戻って来た。言われなくても分かる、トーマスの物だ。


「でも……着替えるより先にシャワーを浴びて欲しいかも」


「入る! 入りたいっ!!」


 シャワーなんて久しぶりに聞いた。その言葉の響きだけで今の俺は感動出来る。ありがとうアオイ、それに現代文明! 


 でも大きな不安要素がある。俺のラノベ知識によると水が苦手な吸血鬼が多かった。実際元祖ジョージは水が嫌いだった様だ。俺には綺麗好きな日本人の記憶があるから大丈夫だと願いたいし、大丈夫じゃないと困る。


 まあ、何事もやってみなきゃ分からないからな。俺は期待に胸を膨らませ、鼻歌混じりでアオイの後ろを飛びながらシャワールームへ向かった。

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