第5話 ダリブン大学到着

 お、トラックの揺れが止まってエンジン音も聞こえなくなった。いよいよダリブン大学到着か? くれぐれも生きてるってバレないように気を引き締めなくちゃ。


「“1、2の3”の3で持ち上げるからな、揺らさない様に慎重にいくぞ!」


「「「了解!」」」


「1、2の──3!」


 なんかデジャヴを感じる掛け声だけど、丁寧に扱ってもらえて素直に嬉しい。流石超VIP対応だな。善きに計らえ〜。俺が入った木箱は研究室へ運び込まれたようで早速荷解きされた。


「お荷物こちらでお間違いありませんね?」


「ええ、ありがとうございます」


「それではこちらに日付とサインをお願いします」


 俺の採寸をしたお兄さんと、知らないおっさんの声がする。声のトーン的にまあまあの年配だ。もしかしたらダリブン大学の教授かもしれない。


 そう言えば今って何月くらいなんだろう? ま、ここも空調がコントロールされてるみたいだから、特に気にする事もないか。


 それにしてもここは色々な音がする。人間の足音にエアコンや換気扇の音、よく分かんない機械音まで聞こえる。それからゴソゴソと何かを片付ける音も。あっ、俺を入れてた木箱とか梱包材か。


 配送業者のお兄さん達が片付けをしている間、手持ち無沙汰なのか学生と思しきヒソヒソ話しが聞こえた。甘ったるい男の声だ。ナンパか?


「放課後ディナーでもどうだい?」


「え〜? もちろんトムに誘って貰えるなら行きたいけどぉ……アオイさんは良いの?」


 おっ、女の方も意外に乗り気だな。


「アオイの事なら心配いらないよ。アイツ、可愛げが無いから別れたんだ」


「え〜、可哀想ぉ〜」


 男女の押し殺した様なクスクス笑いが聞こえる。聞いちゃいけない話を否応無しに聞かされて不愉快だ。


「へぇー、あれがミイラか」


「いやぁ〜ミイラって臭そうだし、しわしわで不気味なんですけど。こんなキモい物を研究するの?」


 くそっ、ケラケラ笑いやがって……。俺はたぶんイケメンなんだぞ! それを臭そうでシワシワで不気味でキモくて冴えないミイラだってぇ〜? 酷い、ちょっと的を得てるだけにグサッと来た!


 そんな笑い声を遮る様に配送業者のお兄さんの声がした。


「それではこれにて失礼します」


 お兄さん達の足音が遠ざかって行く。俺を運んでくれてありがとう。帰りもまたよろしくお願いしますよ〜。


 それからしばらくはパタパタと歩き回る足音が聞こえたが、鐘が鳴ると皆一斉に部屋を出て行った。もしかして昼休みか? 俺はその隙にそっと目を開ける。


 コンクリート打ちっぱなしの天井に太い配管が何本か通ってて、壁の上の方では換気扇が回ってる。いかにも研究室って感じだ。壁にかかった時計は10月3日、12時を指してた。やっぱり昼休みか。


 しかしこの研究室は居心地が良いな。明るいけど吸血鬼の俺に気を遣ってか、窓のブラインドはしっかり下されてるし、なにより加湿器があるのが良い。はあ〜潤う。とは言え依然としてカッサカサのミイラのままだけど。


 だけど大学にある、こんな立派な研究室でUMA的扱いの俺はどんな研究をされるんだろう?


 疑問に思ってたそのとき、研究室のドアが開く音がした。部屋へ入って来た人間のコロンの匂いがキツくて、思わず目をぎゅっと瞑りそうになる。部屋を出た時とミイラの表情が違ってたらホラーだからな。気を付けないと。


 だけどこの匂い午前中も嗅いだな。外国人って体臭を誤魔化すためにコロンを付けてるけどコイツのは特にキツイ。普通は研究室にここまでしっかりコロンを付けて来ないだろ。


「うおっ! 誰かいるのかと思ったけど……なーんだミイラか。何度見ても不気味だな」


 不気味で悪かったな、不気味で! 声からしてコロン男、さっきナンパしてたのはお前だな? こっちはお前の話、しっかり聞いてるんだぞ。


「ふーん、吸血鬼のミイラねぇ?」


 くっさ!! 近寄って来んな!



 プシュッ!



 プルタブを開ける音? って青臭っ!! うおおおっっ……なんだこの匂いは、もしかしてトマトジュースか? トマトってこんなに青臭かったか?


 しかも青臭さとコロンの甘ったるい匂いが合わさって吐き気がする。うっぷ……。


 だけど、どんなに臭くても俺は鼻を塞ぐ事も出来なければ動く事も出来ない。ただただ不快な匂いに耐えてると──。


「うおっ!」


 ドタっと躓くような音が聞こえた後──。



 パチャッ!



 イヤァァァ! ト、トマッ、トマトジュースが俺に掛かった! 青臭いよぉ!!


「あーやっちゃった。拭く物、拭く物……。ってミイラは何で拭いたら良いんだ? あっ、でもこのミイラの服、黒っぽいし目立たないからいっか」


 顔は!? ねえ顔は?? 気付いてくれ。あっ、あっ……口元のシワを伝ってトマトジュースが口に入っちゃう!


「いや、まずいまずい! これキモくっても州の文化財だった。どうしよう……あっ、そうか! アオイがいたっけな」


 うわあぁぁぁーーー!! 数滴の激臭を放つトマトジュースがどんどん口元に近付いてるのを感じる。何で俺、口を半開きにして寝てたんだよっっ!!!


 あっ、ああーっっ!!! 入っちゃう、入っちゃ──。



 ぴちょん。




 ガクッ…………。

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