第3話 回想

 このトラック凄い! 揺れはすごく少ないし、空調が効いてるのかとても快適で、トラックのエンジン音が聞こえなきゃ車に乗ってるって分かんないくらいだ。さすが州指定の文化財、超VIP対応だな!


 それに暗くて狭い棺桶みたいなこの感じが最高だ。程よい揺れとフィンリーから解放された安心感で何だか眠くなってくる。ダリブン大学に着くまでの間、ひと眠りといきますか。


 ……って、いやいや寝たらダメだ。俺、前回も『ちょっとひと眠り〜』とか言ってミイラになってんだから。よし、寝ないためにも俺の今までを振り返ってみよう──。


 俺は元々人間だった。吸血鬼に噛まれると吸血鬼になるとかよく聞くけど、俺はそうじゃない。ここと同じような世界で普通に暮らしてた。


 名前は山崎譲司ヤマザキジョウジ、日本人だ。今では誰もその名前で呼んでくれないけど。


 無気力な人間で大学在学中から特にやりたい事が見つからなかったから、個人で株のトレーダーになる事にした。何故なら高校の時に趣味で始めた株が大当たりしまくっていたからだ。


 でも株のトレーダーは孤独だ。学生時代はかなり無理して八方美人に振る舞ってたから、皆の中心的グループに居られたけど、1日中パソコンに齧り付いてたら交友関係もほとんど無くなった。


 何日もひとりで部屋に閉じこもってると、無性に寂しくなる時がある。そんな時は気分転換に散歩に出て外の空気を吸う事に決めてた。


 ある日、寂れた廃ビルの近くを歩いてたら、上から落ちて来た人にぶつかって、その拍子にコケて打ち所が悪かった俺は死んだ。…………はずだった。


 気付いたら陰気〜な暗い城の中で目覚めたんだよな……。その城もそうだけど、外へ出たら明らかに非現実的な光景が広がってたんだ。まるでかなり昔の外国の街並みの様だった。


 身ひとつだったからそこがどこか調べようも無かったけど、500年経った現在は元の世界と同じように感じる。吸血鬼とかの存在もUMA的な扱いだしな。よし、いつか動けるようになったら確認してみよう。人間時代の俺が居るかもしれない。


 この世界に来た時は夢を見てるのかと思った。明らかに元の俺とは別人の体だったから。城の中には鏡が見当たらないから確かめようが無かったけど、目線の高さや顔を触った感じ、着ている服で外国人男性だと分かった。


 何故そんな突拍子もない事を考えたのかと言えば、人間時代の俺はラノベを読むのが何よりの楽しみだったからだ。パソコンに齧り付いて株の情報ばかり見てると、現実逃避したくなる。だからその時は心が疲れた俺に神様がご褒美をくれてるのかと思ったくらいだ。


 それなら夢にまで見たラノベ世界を観光をしてみようって訳で、見物してみる事にしたんだけど全然夢から覚めないし、歩いてるうちに街が荒れてる事に気付いた。それに道行く人が俺を避けてる気もする。その時は『あまり楽しくない夢だな』くらいにしか思ってなかった。


 だけど俺の体に異変が起きている事に気付いた。耐え難い喉の渇きに襲われる様になったんだ。しかも昼間外に出ると調子が悪くなるし、何だが日に日に力が出なくなってった。飯を食っても食っても変わらない。


 そりゃそうだよ。俺、吸血鬼なんだもん。


 でもその時は自分が吸血鬼だなんて知らないから、夜でもやってる医者を探して今にも倒れそうになりながら、外をフラフラ歩いていた。そんな時に運悪くか運良くかは分からないけど女とすれ違ったんだ。


 その直後の事は断片的にしか覚えてない。極度の飢餓状態になった体が血を欲するあまり、すれ違った女を無意識のうちに襲ったんだと思う。催眠術をかけて路地裏に連れ込み、首筋に牙を立ててむしゃぶり付いた。


 それからどれくらいの時間その女の血を吸ってたのか分からないけど、女を失血死させる前にどうにか正気に戻れた。けどそれからが大変だったんだ。


 人間だった頃から臭い匂い、特に生臭さ系を生理的に受け付けない体質だった俺は激しく咽せて、えづいた。口の中に広がる不快な血の生臭さと鉄臭さに耐えられなくて、近くの井戸で何度も何度も口を濯いだけど、なかなか消える事はない。


 人を襲ったと言う信じがたいショックと、この訳が分からない最悪の状況に取り乱していると、俺の頭の中にこの体の元の持ち主、吸血鬼ジョージ ケリー伯爵の記憶が一気に流れ込んで来た。傲慢不遜、浅はかで狡猾な性格の彼は、今まで数え切れないほどの女を食い殺して来たらしい。


 元祖ジョージは山間にある教会群の近くの領主だった。もちろん自らの行いを悔いてるからではない。聖なる存在の側でも自分ならやって行けるし、そこにいれば吸血鬼だとは思われないだろうから、一石二鳥だと考えたんだ。


 元祖ジョージの思い上がりは止まる事無く、敬虔な修道女を城に連れ込み襲おうとした。だが修道女に触れた途端に魂だけが滅せられ、その抜け殻の体に俺の魂が入ってしまった様だ。


 やっぱりと言うべきか、元祖ジョージは城の使用人や領民に恐れられてるって言うか嫌われてたんだ。まあひとりには慣れてるから辛くはなかったぞ、うん。


 でも蝙蝠に変身する事が出来たから、生まれて初めて空を飛んだ。蝙蝠になると色んな事から解放されて自由に羽ばたいて行けるから楽しかったな。


 他の吸血鬼に『血って生臭いけど美味く感じるの?』と聞いた事がある。もちろんそんな間抜けな聞き方はしてないけど、返ってきた答えは有り得ないものを見る様な呆れた表情だけだった。その表情が怖かったからそれ以降は、そんな事考えてるっておくびにも出さない様振る舞った。


 俺は吸血鬼が持つ強い嗅覚のせいで血の匂いに更に耐えられなくなってるくらいなんだけどな……。これって吸血鬼ではやっぱり少数派なの?


 人間の生き血を吸ったせいか、昼間は出歩けなくなったし、鏡を見つけても映らなかった。吸血鬼の体って本当不便だ……。あと城に棺桶しか無くてビビったけど、勇気を出して入ってみると意外に寝心地が良い。これも体が吸血鬼だからなのか? そう考えると何かやだな……。


 それに吸血鬼の体ってすごい丈夫だ。力は俺が人間だった頃の何倍も出る。それに銀製の武器じゃないと傷つかない。心臓に杭を打ち込まれないと死なないから、高い所から落ちても全然平気だし風邪もひかない。食べ物だって普通に美味いと思えるし、何なら太らない。だけど、血液以外は身にならないから力が出なくなっていく。


 血なんて飲みたくないけど、極度の飢餓状態になると体が勝手に動いてしまい、血を吸い尽くして人間を殺してしまうかもしれない。だからそうなる前に血を吸ってみたけど、予想以上にきつかった。


 催眠をかけるところまでは良かったんだけど、心がモロ現代人な俺は意志がある状態で人間の首に噛み付いて、血を吸うなんて抵抗感が半端無い。でも人殺しにはなりたくないから、思い切って牙を立てた。


 ……牙が皮膚を突き破る感触があんなに不快だとは予想もしてなかった。生臭く鉄臭い強烈な匂いの生暖かい血が溢れ出し、否応なしに口の中へ流れ込んで来る。飲み込む事に激しい抵抗感を感じながらも、喉が勝手に飲み下す。俺の意思とは別に、体が血を欲しているのが分かった。


 心と体のせめぎ合いで、体が欲する量の半分くらいしか血を飲めなかったから、俺はいつも貧血気味だった。それなら少しでも血を啜る苦痛の時間を改善する事は出来ないか? 俺は色々考えた。


 男ならどうだろう? 男は女以上に生臭くって牙を立てただけでダメだった。


 子供や老人は? 子供は良心が痛んで試すに試せなかった。老人は生臭さは多少薄かったけど、血が薄くて身になりづらい。


 動物は? 生臭さは人間の女と同じくらいだけど、獣臭くって耐えられなかった。


 ラノベ知識を総動員して赤ワインや生肉も試してみたけどダメだった。生肉は生臭さと獣臭さでダメだし赤ワインは身にならない。結局半月に1回くらい心を殺して作業するように、街で女を襲ってはどうにか食い繋ぐ事にした。そんな生活を130年くらい続けてる中である日、ふと思い付いた。


 初めて人を襲ったあの日は、極度の飢餓状態で人間とすれ違ったからああなったんだ。寝てたらどうなんだろうって。寝てれば喉の渇きや脱力感も感じないで済むんじゃないかと。


 いやぁ、吸血鬼の体の丈夫さを舐めてた。ミイラになっても生きてるんだもんな。






【今回はややシリアスなお話でしたが、次回からは再び笑える系のお話に戻ります】

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