第25話 ばいとたいけんでしゅ

 シトラスさんは、その日からねこねこカフェで働くことになった。

 最初は困惑気味だったクリフォードさんだけど、人手が欲しいんでしゅ!という私の主張には折れるしかなく。魔術は禁止という条件で、臨時バイトとして入ってもらえることになった。


「自分は魔術つかいまくりなのにずるいでしゅ」

「ただでさえ美少年で話題をかっさらってるのに、これ以上目立ってどうするんです」

「みー」

「魔術なしくらい平気ですよ」


 とうのシトラスさんはクリフォードさんの条件に快く応じた。


「魔術なしでどれだけできるのか、先生にお見せするいいチャンスです。よろしくね、ミルシェットちゃん」


 そんなわけで。

 さっぱりとした腕まくりのシャツに私とお揃いのエプロン姿で(私のエプロンを用意したときにセット販売だったらしい)、シトラスさんはテキパキと主にホールを手伝ってくれた。


「いらっしゃいませ、こちら本日の特別フルーツポンチのメニューです」

「こちらへどうぞ。足下段差がありますので、お気をつけください」


 爽やかな笑顔でてきぱきと働く彼のエプロンを結んだ細い腰を眺め、老若男女がほお……と感嘆する。


「かわいい……」

「ミルシェットちゃんも可愛いし、オーナーも笑顔が胡散臭いけど美形だし、それに雪のような美少年? 尊すぎる……」


 見た目にうっとりとする手のお客さんも多いものの、店自体は田舎の隠れ家カフェなので、そう混雑することも無く、いつもの常連さんが大半だ。

 私はフルーツポンチをセットしながら、前世の世界を思う。

 

――こんな店があったら、一瞬にして隠れ家映えスイーツにバズって凄いことになりそう……

――そしてシトラスさん推しの人とかクリフォードさん推しの人とかガンガン動画とって……

――最終的に、私が児童の労働搾取ってめちゃくちゃ叩かれて、炎上して、閉店しそう……

――あ、ネコミミだから猫アレルギー対策とか……衛生対策とかも……怒られそー……


 しかしここは異世界!『魔女のポーション工房』の世界!

 5ちゃいの幼女がおみみとしっぽをふりふりしながらぱたぱた働いていても、ときどき休憩がてら常連さんにフルーツポンチご馳走してもらってお昼寝しても、問題なし!やったね!


 そうこうしていると、お昼過ぎの少し落ち着いた時間。

 裏口からひょこりラメル商会の姉弟が顔をだした。


「ちわーっす、名乗り口上以下略のラメル商会でーっす」

「ミルシェットちゃん!!! 吸わせてもらいに来たよ!!!!」

「納品後にお願いしましゅう」


 二人は手際よくさささっと足りない材料を置いてくれる。

 スレディバルの町外れにあるので、生活必需品の購入もほとんど二人にお任せしていた。


「そういえばこのふりふりエプロンも、ラメル商会の商品でちたね」

「そうだよっ! あたしがっ!! 大好きなっ!! 子供服ブランドのねっ!! 可愛いだろっ! このフリル! ピンタックの繊細さ! 機能性も重視して、手洗いでささっと皺なく乾く! はたらくげんきな可愛い子向けの商品だよ!! 今日も可愛いねえっ!」

「姉さん姉さん、荷物の上げ下ろしの呼吸に合わせて変態ちっくな商品紹介やめて」


 納品作業が全部終わったところで、ファルカさんはお手々を洗って私をぎゅーっとハグする。

 生き返る……と呟く姉に、イーグルさんがドン引きしている。


「かわいい……くだものの匂いが移っててかわいいねえ……かわいい……ふかふか……尊い……」

「フルーツポンチ、テイクアウトするでしゅか?」

「おっ、いただこうかな!」


 そのとき。

 裏口のほうにシトラスさんがひょっこり顔を出した。


「ミルシェットちゃん、手伝うことある?」

「あ………………………………」


 私をハグしていたファルカさんの動きが、ぴたりととまる。


「あ…………」


 バターン!!!!!


「ふぁ、ファルカさーーん!!!!」


 顔耳首、露出した肌という肌を真っ赤に染め、ファルカさんは胸に指を組んでぶっ倒れている。


「天"使"綿"雪"儚"げ"シ"ョ"タ"美"少"年"フ"リ"ル"エ"プ"ロ"ン"ハ"ー"フ"パ"ン"ツ"…"…""""""""""""」

「既婚かつ新婚のおねーさんの気絶理由として最悪でしゅ!」

「姉さん!!!もー!!!恥ずかしいっすよー!!!」


 ぷるぷる震える手で、ファルカさんが私を引き寄せる。


「み"、ミルシェットちゃん、人工呼吸を……もとい、猫工呼吸を……」

「猫吸いですね、どーぞどーぞ」

「っっっすすうううううううううううう」

「ったく、アントニーさんもいるし、美少年なら俺もここにもいるじゃないっすかー」


 姉の惨状をイーグルさんが呆れた顔で見下ろす。


「あんたはかわいい顔してるけど……身内はッ身内ッ! アントニーは最愛♡♡♡♡♡ いいかい、美しいかわちいものに興奮する思いと、ダーリンへの愛は別物なんだよ、どちらもあたしのエネルギーなんだ♡♡♡♡」

「自分は倫理観ありますって顔で言ってるけど、どこにも倫理観ねーっすからね、姉さん」


 私はおそるおそるシトラスを振り返った。

 意外にもシトラスは平然とした顔をしていた。


「驚かないんでしゅね、スレディバルきっての可愛いハンターの奇行に」

「まあ、僕の見た目で気が狂う人、嫌というほど見てきたんで」


 闇オークション経験者はやはり違う。

 私は素直に尊敬した。


◇◇◇


 そんなこんなで一日を終えた後。

 クリフォードさんはシトラスさんに封筒を手渡した。


「お給料です。本日は助かりましたよ」

「いいんですか」

「もちろんです。あなたは立派に働いてくれたのですから」

「そんな……今まで宮廷で先生のお世話をしていたときと同じようなことしかしてないのに、お金をいただくなんて」

「ごほごほごほ」


 以前が異常だったのでは?家政夫代でも出すべきだったのでは?

 と私が内心で思っているのをごまかすように、クリフォードさんは大げさにむせる。

 そして改めて、キリッとした先生らしい顔を見せた。


「今日一日中、しっかりあなたの働きを見ましたよ。あなたは魔法を使わずとも立派に立ち回れるようになったのですね。……潜入調査なども、得意でしょう」

「はい。宮廷の駒として、僕は良い働きをしていると思います。……でも、それだけです」


 シトラスさんは足下に目を落とす。

 ぎゅっと、拳を握りしめる。


「……先生。僕はやっぱり先生と縁を切りたくありません。戻ってくるのは難しくても、たまに……先生と会うことだけ、許していただけませんか」

「なりません。私と繋がっていることは、これからはあなたの出世の邪魔となります」


 クリフォードさんは穏やかに、けれどきっぱりと告げる。


「立派な地位と実力を手に入れたあなたには、私という立場が不安定な自営業未婚中年男性との縁は足かせになります。今の私では、あなたの人生の後ろ盾足り得ない。責任がとれません。あなたの才能を潰すのは、私の本意ではない」

「……先生は大丈夫なんですか? 先生は本当に、一人で女の子を子育てできるんですか?」

「あなたに心配される通り、私は生活が下手くそです。けれどあなたに頼るわけにはいきません。娘を持つという決断をした以上、スレディバルのみなさんに頼りながら、私一人で育てていきますよ」

「……ミルシェットちゃんにだいぶん頼っているようですけど、そんなこと言えるんです?」

「げほげほ」


 かっこつけが決まらなかったクリフォードさんがむせる。

 シトラスさんはためいきをつくと、彼はエプロンを脱いで丁寧に畳んだ。


「では、また明日」


 テントに戻ろうとするシトラスさんに、私は声をかける。


「あのっ、よかったらおうちにはいりましぇんか?」

「いいよ。……これでいいんだ」


 そういって少し淋しそうに微笑むと、シトラスさんは再びテントに戻っていった。


 結局、シトラスさんはそれからしばらく働き続けた。

 最初は川で水浴びするというもんだから大慌てで止めて、お風呂といった水回り関係はうちに頼ってくれるようになったけど、彼は頑固にテント生活を続けながらバイトを続けた。

 あまりに可哀想になって、私はクリフォードさんに言った。 


「クリフォードさん、あまり突っぱねると可哀想でしゅよ。たまにお手紙のやりとりくらい、だめなんでしゅか?」

「……あの子の為です。巻き込むわけにはいかないでしょう、、彼に」

「あ」


 そうだ。私も密造ポーションの猫なのだった。

 未来ある少年の足を引っ張る立場なのには間違いない。

 私がハッとした顔をすると、クリフォードさんは苦笑いした。


「有休が終わった頃には、強引にでも帰らせましょう。……私も淋しいですがしかたありません」

「みー」


 そんなある日、事件は起きたのだった。

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