第2話 わたし……やくのみつぞー、できましゅ!

「ミミ太郎の売り飛ばし先が決まったぞ!」


 バーン!


 それは突然だった。

 ドアを開けながら、ビッグボスが部屋にやってきて言ったのだ。

 ビッグボスは金髪ギラギラの美形のお兄さん。

 サングラスにギラギラしたスーツを纏った、いかにもなアレのご職業。

 乙女ゲームならちょっとした攻略キャラになってそうなビジュアルだけど、残念かな私が転生したのはほのぼのクリエイトゲームで、しかも私はただの幼女。さすがにはんざいでしゅ。

 そしてビッグボスはサングラス越しに私を睨み下ろしてくる。


「ああ? 当然だろ、なんで売り飛ばされないと思ってんだよ」

「だ、だってわたし、ええと、まださんしゃいですし! さんしゃい!」


 想像より早い売り飛ばしだった。

 指を三本立てて訴え、私はママたちを振り返る。

 ママたちも当然反対してくれるよね!?


 でもママたちは煙草を吹かしながら平然とした顔をしている。


「しかたないよね。赤ちゃんじゃないから食肉行きじゃないよ、多分」

「えっ!?」

「あーしも売られたのは3歳だもん、よかったね、年季明けまでミミもがんばろー」

「えっ!? えっ!?」


 そうだ。ママたちは皆娼婦。人身売買されるのに慣れまくっているのだ! 治安!


「と言うわけだ、行くぞミミ太郎。これまで育ててやった経費400000リアも返せよ、利子付きで」

「ぴえーっ!!!!」


 くびねっこを掴まれて部屋から持ち出されそうになる私は、必死に、それはもう必死に訴えた。


「ビッグボスー! ぽ、ぽーしょんで儲ける気はありましぇんかー!!!!」

「あ?」


 ビッグボスが顔の高さまで私を持ち上げ、片眉をあげて私を睨む。

 怖い。意外と童顔な美形だけどちょう怖い。

 でもやるっきゃない……生きるために! いちかばちか! 運命を……掴めっ!


「私、ぽーしょんつくれましゅ。……おねがいしましゅ、作ってるところ、みてくだしゃい」


 ◇


 というわけで、私はビッグボスに土下座してお願いして一度だけチャンスをいただけることになった。


「おめー、そのポーズ猫が寝る時みたいで可愛いな、チャンスくらいやらあ」

「かみさまーっ!」

「おら、だから早くそのヤクの作り方ってのを教えろや」


 私はビッグボスとビッグボスのブラザーたちに見守られながら、ビッグボスのお屋敷の実験室につれていかれた。

 普段どんな実験をしているのか聞いてはいけない。

 ビッグボスは私のいうことをなんだかんだ信じてくれているのか、何もできないだろうと馬鹿にしているのかしらないけれど、お願いしたものを全部用意してくれていた。


「ビッグボス……これ、ただのガキの遊びなんじゃねえんですかい」

「しっ、ビッグボスがやらせるっつってんだ、変に口だしすんじゃねえ」


 ビッグボスが用意してくれたのは、テーブル代わりの木箱。煮沸消毒したガラス瓶。それに魔石クズいっぱいと、聖水だ。

 クズ魔石は魔石鉱で採掘の時に出てくる捨石のこと。

 たまに魔石鉱の河口でころころと丸い綺麗な色の石があるけれど、それもクズ魔石の一種だ。

 聖水は聖職者のスキルを持つ人が祈れば作れる水。

 聖職者スキルは別に聖職者じゃなくても持ってることがあるので、ビッグボスのブラザーの中にも聖職者スキル持ちはもちろんいる。

 聖水そのものは何か凄い効果は無い。お腹を壊さず、腐りにくく安全な水というだけだ。前世知識で私はわかる。これたぶん精製水ってやつに近い。


「ええと……クズ魔石を、色でわけて、そして五種類の色、それぞれで瓶をぎちぎちに満たします……」


 私は説明しながら、石を小さな手でざらざらと入れていく。


 ざらざら……ぽろぽろ……

 ざら……ぽろ……


「……おい、全部入れるまでに何時間かかる?」

「ぴえっ! い、いそぎましゅ」

「貸してみろ、これを入れりゃいいんだな?」

「は、はい」


 そしてビッグボスはブラザーたちを見やる。


「おら! ミミ太郎が困ってんだろーが! お前らも手伝え!」

「は、はいいい」


 そして皆で木箱の周りに固まって、ちまちま……ちまちま……と石を瓶に詰めていく。

 おかげさまでクズ魔石を詰め込んだ瓶は、自分で作る何倍も早く完成した。


「聖水をいれてくんだな? 俺がてつだってやらぁ」

「あ、ありがとうございましゅ」


 ビッグボス直々に手伝ってくれる。

 びくびくとしながら一緒に瓶に水を入れて、きらきらの瓶が完成した。


「そして……思いっきり振るんでしゅ! そして一晩たつと、ポーションができてるんでしゅ!」

「んな話きいたことねえぞ? なんだ、ままごとか?」


 先ほどまで優しかったビッグボスが、私の頭をぐわしっと掴む。私はぴええええと耳を寝かせながら身振り手振りで訴える。


「だっ、だいじょうぶでしゅっ! えっと……ママのおきゃくさんのおじしゃんが、なんか言ってました! ポーションができるって!」


 大丈夫なはず。

 ママと一緒に暮らすなかで、私は何度もママやお客さんにこっそりポーションを飲んで貰ってためしていたのだ。

 おかげでママたちは病気知らず、お客さんも色々お元気で、娼館の売り上げは上がっていたのだ。

 だから大丈夫。売り飛ばされないから、きっと。


 ◇


 翌日。

「おい!テルリオ! 出てこい!」

「ウス!」


 ビッグボスが部下のスキンヘッドの厳ついお兄さん、テルリオさんを呼ぶ。

 そして出てきたテルリオさんのお腹に――思いっきりナイフを突き立てた。


「ぎゃーっ!!」

「ぴえーっ!?」


 わけがわからない。

 噴水のように血しぶきを飛ばして倒れるテルリオさん。

 悲鳴を上げる私。

 綺麗な顔に返り血を浴びて、ビッグボスがにこやかに笑った。


「ほら、ポーションできてんだろ? 治せや」

「ひ、ひいい……」


 私は震えながらポーションをテルリオさんに吞ませる。というか口の中に押し込んで無理矢理吞んで貰う。

 石をみちみちに入れた瓶なので、ポーションの総量は見た目より少ない。

 一滴残らず吞んで貰えば治るはず。

 ママがお客様に刺された時も、こーやって傷を治せたから。きっと大丈夫。

 あとは奇跡に祈るしかない。かみさまーっ!


「ぐびげぼげぼげぼ」

「ひいい! のんでーっ! 治ってーっ!」


 ぴゅーっと噴き出す血。口から押し込むポーション。

 ごくごくとなんとか吞んで貰って数秒。急に、吹き出す噴水の勢いが減った。


「お……」


 ビッグボスが身を乗り出す。

 次第に、血が収まっていく。ビッグボスが口笛を吹いた。


「ひゅーっ! やるじゃねえかミミ太郎! すげえな、こりゃあマジモンのヤクだぜ!」

「ひ……」


 ビッグボスが私を抱き上げて無邪気な笑顔で頬ずりする。

 ビッグボスも血まみれ、私も血まみれ。そこに倒れたまま気を失ったテルリオさんも血まみれ。


 壮絶な現場にドン引きするブラザーたちがぱらぱらと拍手を始め、盛大な拍手喝采となる。

 私に頬ずりしながら、ビッグボスがウインクした。


「これからどんどんヤクをつくろうぜ♡ ミミ太郎♡」

「ひいい……ははは」


 そして私はその日からヤクの密造幼女となった。

 齢3歳にして、私はビッグボスのお気に入りになったのだ。

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